第96話 「そっちは、噂の魔人だな」
明日、肉屋の仕込み部屋の修理ができると伝えるために、ヒルダに頼んで荷馬車に乗せてもらった。
アルノーは、大きな肉包丁を綺麗な布で拭きつつ笑顔で答えた。
「思ったより早いな。明日、仕込みが終わったら頼む。少しゆっくり来てくれればいいぞ」
「わかりました。明日中に終わらないようなら、また明後日もお願いします」
傷んだ板の取り換えと、漆喰の塗り直しだけのはずだが、実際に作業し始めないと魔力の消費量がわからない。
修理するのは仕込み部屋と地下室をつなぐ通気口だ。
建物の躯体とは別の構造になっているので、そこまで大きな修理になる可能性は少ない。
しかし、絶対とは言えない。
アルノーが快諾してくれたので、カイは準備のために家に帰ることにした。
通りを南へ向かおうとしたところで、ゼラフィーネがやってきた。
そういえば、この数日彼女を見かけた記憶がない。
「こんにちは、ゼラフィーネさん」
「あ!カイ。何日かぶり」
にかっと笑ったゼラフィーネは、手に籠を持っていた。
買い物に行くところらしい。
「今日は、セリスと一緒にツーレツト町に行ってきたんよ。例のエルフの魔道具を送る手続きをしにと、ついでにちょっと輸出入しとる店を見てきたんだわ」
「ツーレツト町には、郵送も請け負う商会がありますもんね。輸出入しているお店では、何か見つかりましたか?」
カイは行ったことがないが、普通に一般向けの販売もしていると聞いたことがある。
「ふっふっふ。なかなか有意義な話が聞けたし、約束も取り付けたんだわ。ほんで、それとは別に、セリスに頼んでここの領主様につないでもらっとるんよ。ちょっと面白いことになりそう」
にやり、と笑ったゼラフィーネは、背中の黒い羽をはたりと動かした。
「それは良かったです。なら、ゼラフィーネさんは当面滞在できる感じですか?」
「うん。特に期限もない依頼だもんで、休暇ついでにゆっくりしようと思っとるんよ。セリスもええって言ってくれたから、家賃も折半することになったし」
カイは思わず首をかしげた。
「期限がないって、『いつまでに』みたいな約束がなかったってことですか?」
「そういうこと。移動は片道一ヶ月くらいっていんのはわかっとるけど、その先の調査日程なんかは丸投げしてきたんよ。だもんで、あーしの好きにしてええってことね。ちゃあんと契約書にして、サインももらったし」
随分と適当な依頼だ。
冒険者ギルドに来る依頼には、内容によってきちんと期限が設けられている。
薬草採取のような、常時ある仕事の場合も、その紙の依頼はいつまで、と言った風にきちんと整えられているのだ。
「よくそれでごねませんでしたね」
依頼に慣れていないと、そういうことになるのだろうか。
「いや、あーしもわざと回りくどく『なるべく色々調べてまとめたら戻ってきて報告』みたいに書いたんよ。それ読んだあっちが勝手に、二ヶ月ちょっとで戻ってくると思っとるだけ。そんで、あーしも特に訂正せんかっただけ」
にひひ、と笑ったゼラフィーネは、確信犯だった。
多分、文句を言われても契約書を出して黙らせるのだろう。
商人には商人のルールがある。
そして商人ギルドは、契約書を何より重視すると聞く。
商人ギルドは大陸規模の組織なので、たとえ老舗の工房だろうと文句をつけることなどできはしない。
ゼラフィーネは、権力の威をうまく借りてくる予定らしい。
そこへ、見知った人たちがやってきた。
「お、カイじゃないか。そっちは、噂の魔人だな」
ひょい、と手を挙げて声をかけてきたのはライナーだ。
「こんにちは。こちらは、魔道具商人のゼラフィーネさんです。ゼラフィーネさん、彼らが上級冒険者パーティの『バンガード』の皆さんです」
きっとまだ彼らは直接会話していないのだろうと思ったカイは、間に立って紹介した。
「こっちも噂は聞いとるよ。王都周辺で活躍しとった凄腕パーティが辺境伯領に移ったって。村に永住するみたいな話も聞いとるけど?」
にこっと笑ったゼラフィーネは、バンガードの五人を順番に見た。
いつものメンバーに加えて、ライナーの妻であるグレータが一緒だ。
「永住はわからへんけど、ここはええとこやね。半日くらいなら子ども預かるくらい大丈夫って言うてくれるし、うちの子も楽しそうやし」
グレータがニコニコの笑顔で答えた。
「グレータ、はっちゃけてたもんねぇ。ウチ、邪魔になりそうだから一回も魔法使えなかったし」
「うふふ、久しぶり過ぎて加減がわからへんかってん」
グレータとフィーネが語り合う後ろで、エーミールとアウレリアは苦笑していた。
どうやら、グレータはかなり大暴れしたらしい。
カイがバンガードの五人の名前も伝えようかと口を開きかけたところで、ゼラフィーネが大声をあげた。
「あっ!それ、ゴーレム部位だね。ちょっと古い型だけど、技術力がしっかりしとる工房の作だわ。ちょっと見てもええ?」
そして、あっという間にアウレリアの前まで移動した。
「あ、ああ。別に構わない」
背の高いアウレリアの前に立つと、ゼラフィーネが小柄なのがよく分かる。
ゼラフィーネは魔人だが、大型犬に小型犬が寄って行っているように見えてきた。
「ほな、あたしはエトガー迎えに行くわ。またね、ゼラちゃん」
「おれも一緒に行く。また顔を忘れられたらたまらないからな」
ライナーは、久々にあった愛息子に忘れられて大泣きされたらしかった。
その言葉を聞いて、エーミールとフィーネもうなずいた。
「俺は夕飯担当だから帰る」
「ウチも帰るね」
「ああ、また後で」
「はーい」
アウレリアが軽く手を挙げると、四人はそれぞれに解散していった。
「お手数かけてごめんなさいね。でも気になって気になって。それ、もう二十年は前のでしょう?なのに、現役で、それも上級冒険者のゴーレム部位として動いとるなんて」
「王都の工房では、さすがにそろそろ買い替えを考えろと言われているな」
アウレリアは、左腕をゼラフィーネの方に差し出していた。
「ちょっとスキルで見せてもらってもええ?」
「もちろん、どうぞ」
快諾したアウレリアに、ゼラフィーネは嬉しそうな笑顔を向けた。
「『魔道具鑑定』……。あ、やっぱりあの工房のだね。ん?あれ、このパーツは新品?」
ゼラフィーネは、中空を見ながら眉根を寄せた。
多分、スキルで映像か何かが見えているのだろう。
「この部品って単品で直せるんだっけ。すごっ。あーしの知っとる工房じゃ、ここまでできんよ。次もこの工房で直してもらえるなら、あと十年は快適に使えると思うよ」
それを聞いたカイは、思わず目を丸くした。
「そんなにか?あと二、三年が良いところだと思っていた」
感心したようにうなずいたアウレリアは、ちらりとカイを見て微笑んだ。
「いやほんとに。すっごいわ。あ、でも足の方は、もう少ししたら内部のパーツがだめになりそうだね。頼めるんなら、同じ工房で修理してもらった方がええと思う。っていうか、どこの工房か教えてもらったりできる……?」
上目遣いに見上げるゼラフィーネに、アウレリアはにっこりと笑った。
「ああ、カイだ」
「え゛ぇっ?!」
あまりに甲高いゼラフィーネの声に、カイは思わず両目をぎゅっと瞑った。





