第91話 「なかなか見ませんよ、こういう構造の家は」
「これだ」
見せられたのは、壁の低い位置にある通気口のようなものだ。
二つ並んだそれには両方とも蓋があり、いまはどちらも開けられている。
「まずは、スキルで見ますね」
「ああ、頼む」
アルノーがうなずき、アルマは興味津々の表情でこちらを見ていた。
「『故障品再生』」
ダクトの入口に向けてスキルを発動すると、一瞬だけ入口の構造がアップで表示され、そこから一気にズームアウトした。
「えっ、すごい。十メートルも地下まで掘ってあるんですね」
ダクトは、斜め下に向かって何度か折れ曲がりながら地下室へとつながっていた。
地下室自体は、地下十メートルのところにあるらしい。
「ああ。それくらい掘ると温度が一定になるんだそうだ。井戸を掘るつもりが水脈のないところにあたったらしい」
「なるほど。だから埋め直した跡があるんですね」
カイの視界には、地下への階段のほかに、埋め直した部分も見えていた。
細く深く掘られた部分は、地下室への通路とは別にあって、しっかりと埋めた跡が表示されている。
「見えてるなら話が早いな。まあ、爺さんが自分の親父さんから聞いた話らしいがな。で、生肉の保存にちょうどいいから、ここに家を建てたんだと」
カイは、うなずきながら立体映像を確認していった。
地下へ下りる階段の方は、何度か修理したらしい形跡がある。
一方、今回見てほしいと言われたダクトは、修理したことがないようだ。
「空気が通る部分は、全面漆喰で塗ってありますね。だから百年を超えても保てているんでしょう」
ダクトは石で構造を作り、内側に木材がはめ込まれている。
木材にもきちんと処理が施され、隙間なく漆喰で塗り固められているなど、かなり頑丈に作られているようだ。
「それくらいになるか。上の家は一度建て直したが、地下の構造はそのまま使っているからな」
自慢げに腕を組んだアルノーは、白いウサギ耳をピクリと揺らした。
アルマも、父の後ろで口角を引き上げている。
二本並んだダクトは、それぞれが独立している。
片方から空気を送ると、逆側から出てくる仕組みらしい。
風魔法を使えば、比較的簡単に空気を入れ換えられるだろう。
「この空気口や地下施設もすごいですが、仕込み部屋もかなり工夫されていますよね」
ダクトの入り口は壁に固定されているが、その壁が二重になっている。
窓やドアも二重にして断熱し、室温を保っているのだろう。
断熱材こそ特にないが、それだけでもかなり違う。
「そうらしいな。この部屋だけはこういう風に作れって、代々伝わってるんだ。詳しくは知らないが、建築系のスキル持ちがいたんだろうな」
アルノーは、部屋を見回した。
見た目こそシンプルな木造で素朴な雰囲気だが、かなり高度な技術が使われている。
こういうところが、スキルや魔法のすごいところだ。
「なかなか見ませんよ、こういう構造の家は。それで、修理の方向なんですが、構造そのものは大きな問題はなさそうです。内部の漆喰が、一部欠けたり剥がれかけたりしているので、こちらは直した方が良いでしょう」
百年近く経っているので、さすがに劣化しているようだ。
場所によっては、漆喰が剥がれて板が見えているところもある。
「やっぱり、そうか。地下室に行ったら、たまに細かい粉があったり、木片が落ちていたりしたんだ」
うなずいたアルノーは、少し眉を寄せた。
「下手に横の方へ掘ると、地下水脈にあたる可能性もあります。普通に修理するのはいろいろと難しいでしょうね」
スキルでは、作り方はわからない。
ただ、構造を見る限りは、ダクトが隣り合っているので二本分をまとめて掘ったのだと予想できる。
二本分の穴であれば、かろうじて一人なら入れるだろう。
普通の職人が修理するなら、ダクトを分けている木材を取り除きながら地下室まで下り、次にダクトを二本に分ける木材をはめ込み、都度漆喰を塗るような形だろうか。
かなりの手間である。
「だよな。だから、このまま騙し騙し使うしかないと思っていたんだ。仕込み部屋を地下室にするのも考えたがな」
「あそこまで水を持って下りるとか、絶対ありえない」
む、と口を尖らせ、アルマが首を横に振った。
確かに、水を持って十メートルの階段を何度も往復するのは大変だ。
「それは上り下りも大変ですが、排水も難しいですね。では、修理に必要な素材を確認します。商店になければ、少し取り寄せるのに時間がかかるかもしれません。ただ、一週間もお待たせすることはないと思います」
「ああ、かまわない。完全に壊れているわけじゃないからな」
アルノーがうなずいた後ろで、アルマも黒い狼耳をピクリと動かしていた。
修理の概要や見積もりを伝えて、肉屋を出たころには昼近くになっていた。
アルノーには少し時間がかかると言ったが、カイはあまり心配していなかった。
ツーレツト町は海に面していて、特に海岸沿いにある建物は漆喰で塗り固められているのだ。
材料も、町にならあるだろう。
だがまずは、商店にあるかどうかを確認したい。
商店にあれば早いし、そうでなくとも商店を通して手に入れたいところだ。
「こんにちは」
挨拶しながら店内に入ると、ヒルダがちょうど冒険者に接客しているところだった。
「助かった。ツーレツト町を出るときにパンを買い忘れてたから、今日の夜は干し肉を齧るだけになるところだったよ」
「どういたしまして!道中、お気をつけてくださいね」
余所行きの笑顔を冒険者に向けたヒルダは、一定の調子で尻尾を揺らしていた。
接客を終えたヒルダは、ぴょこんと耳を動かしてカイの隣まで来た。
「いらっしゃい!今日は何を探しに来たの?」
「漆喰の材料が欲しくて。多めに用意したいんだけど、今在庫があるかと、どれくらいあるのか聞きたいんだ」
カイが言うと、ヒルダは斜め上をちらりと見た。
「ほとんど使わないから、在庫は置いてないわ。消石灰と、麻か藁、それと糊かな。ツーレツトならまとめて扱ってるから、買い付けに行くよ」
「本当に?助かる。量は、そこの壁なら、うーん、全部塗っても余るくらいは欲しいかな。もっと多くてもかまわないよ。シャワー室の天井なんかは漆喰にすると傷みにくいし」
カイが悩みながら言うと、ヒルダは機嫌良さそうに尻尾をパタパタと左右に振った。
「任せて!多めでもいいの?場所がないなら、ここの倉庫に置いててもいいけど」
「ありがとう。うちの屋根裏が空いてるから、それなりに多くても大丈夫だよ。糊は材料によるけど、消石灰なんかは別に腐らないし」
「わかった。じゃあ、ちゃんと密封できる袋に入れてもらってくるね。いつまでにほしいの?」
うなずいたヒルダは、小さなメモに内容を書きつけていた。
メモを書いている間も、尻尾の動きは賑やかである。
「すごく急ぐってわけじゃないよ。でも、来週までに用意してもらえると助かるかな」
「それくらいね。なら、四日後にツーレツトに買い付けに行く予定があるから、そのときに一緒に仕入れてくるわ」
トン、とメモを叩いたヒルダは、にこりと笑った。
「助かるよ。あ、結構重いと思うんだけど、家に届けてもらってもいいかな?」
「もちろん。こっちの荷物を下ろしたら、そのまま持って行くわ。四日後って大丈夫?」
「うん。何も予定はないから、家にいるよ。ありがとう」
「どういたしまして!仕入れなら商店に任せてよね」
ヒルダは腰に手を当てて胸を張った。
最後まで、ヒルダは楽しそうに尻尾を左右に振っていた。
先ほどの冒険者との違いがあまりにわかりやすくて、カイは思わず頬を緩めた。





