第90話 「真っ黒こげのパンだったね」
数日後、カイは肉屋の依頼を詳しく聞くために、朝から村の大通りに向かっていた。
なるべく急ぎで、と昨日のうちに聞いたので、今日訪問することになったのだ。
朝は涼しいと感じられるようになってきて、とても過ごしやすい。
大通りが見えてきたところで、子どもたちが教会に向かってかけていくところに出会った。
「あ、修理屋だ!おはよう!」
「修理屋さんだー」
「お仕事?」
わちゃわちゃと寄ってきた子どもたちは、手にメモを持っている。
多分ノート代わりなのだろう。
「おはよう。みんな、今から教会かな?」
カイが聞くと、子どもたちはそれぞれにうなずいた。
「そうだよ」
「今日はお勉強の日なんだ」
「めんどくさいー」
「勉強きらい」
「計算はいいけど、語学はイヤだな。綴りが覚えられないもん」
それぞれに文句を言う中、オスカーだけはしゃべらず、少し困ったように微笑んでいた。
多分、おもしろいのにな、とでも考えているのだろう。
「めんどくさいよね。でも、今のうちに覚えてしまう方が楽だと思うよ。別に後からでも勉強はできるけど、仕事をしながら学ぶのはすごく大変だからね」
カイがフォローのつもりでそう言うと、ほとんどの子どもたちは嫌そうな顔になった。
「結局勉強なんだ」
「多すぎるよ」
「働くだけじゃないの?」
その感情に覚えのあるカイは、思わず苦笑した。
「知らないことを知って、できないことをできるようにするのが勉強だから。知らないって怖いからね」
「怖い?」
「誰かに聞けばいいだけじゃないの?」
「でも村のことならすごく知ってるよ!どこにどの虫がいるとか」
「食べられる木の実とかね」
「かくれんぼで最強の場所も!」
わやわやと言いつのる子どもたちは、本当に元気いっぱいだ。
「そうだね。でも、聞く時間がないこともあるんだよ。それから、木の実の位置とか隠れられる場所とか、知ってたら得だよね?同じように、他のことも知ってるだけで得になることがあるんだ」
「じゃあ、どれが得になるの?」
「語学?計算?」
子どもたちがおしゃべりに夢中になって歩きそうにないので、カイは教会に向かって足を進めた。
周りの子たちも、一緒についてくる。
「どっちも、だよ。買い物をするときにちゃんとお小遣いの範囲に収まるように買い物ができるし、文字を読めれば『ご自由にどうぞ』って書かれた箱に入った果物を貰って帰れるかも」
歩く先に、少し古ぼけているが綺麗に掃除されている教会が見えてきた。
「あっ!ずっと前に、ヒルダおねえちゃんがやってたよ。パンを焼くのに失敗してこげちゃったって」
「真っ黒こげのパンだったね」
「中は美味しかったけど、外は硬くて苦かったよ」
いつも美味しいパンを焼いているヒルダだが、以前は失敗することもあったようだ。
カイは頬を緩めた。
「箱とかに、書いてあったんじゃない?中身は食べられますとか」
「うん、ヒルダおねえちゃんがそう言ってた!」
「これ売ってるのって聞いたら、『書いてあるでしょ、中身は食べられるから欲しければ無料でどうぞって。恥ずかしいから聞かないで』って言ってた」
ヒルダにとっては、あまり知られたくないだろうことが、子どもたちの無邪気に晒されていく。
子どもたちがヒルダの秘密をさらに暴露する前に、教会に到着した。
「ほら、行っておいで。司祭先生が待ってるよ」
「はーい!」
「おはよう、せんせい!」
「司祭先生、おはようございます」
「おはよう!」
子どもたちは、賑やかに教会へ駆け込んでいった。
子どもたちを送り届けてから、カイは改めて肉屋に向かった。
「おはようございます。修理屋のカイです」
裏口から声をかけると、白いウサギ耳を揺らして主人が出てきた。
「カイ、来たか。まあ、入ってくれ」
「お邪魔します」
裏口の扉を入ると、二畳もないくらいの小部屋になっていて、さらに扉があった。
二重扉から仕込み部屋らしいところへ入ると、ひんやりした空気に包まれた。
魔道具なのかスキルなのかはわからないが、肉を傷めないための温度管理かもしれない。
夏が終わって涼しくなってきたとはいえ、まだまだ暑いのでホッとする。
扉を閉めると、主人は逆側の壁にある店への入り口に向かって叫んだ。
「マーヤ!カイが来たから、しばらく店番頼む!」
「はーい」
マーヤというのは、肉屋の女将だ。
黒っぽい狼獣人で、おっとりした雰囲気の女性である。
肉屋の主人は白いウサギ獣人で、アルノーという。
「アルノーさん、修理するのはどこですか?」
「ああ、それがな。この仕込み部屋のことなんだ」
アルノーは腰に手を当て、部屋をぐるりと見回した。
窓は、よく見れば二重になっている。
もしかすると、店側に出る扉も二重かもしれない。
一見しただけでは、何も問題はなさそうである。
ひんやりしているので、多分温度を下げる効果も働いている。
スキルで見るより、まずはアルノーの話を聞いた方がいいだろう。
カイが質問しようとしたとき、店舗と仕込み部屋の間にある扉が開かれた。
「お父さん、あたしも聞く」
ひょいっとこちらを覗いたのは、黒髪に黒い狼耳のある女の子だ。
長い髪を後ろで縛っていて、頬にはそばかすが見える。
カイは、彼女の顔だけ知っていて、話したことはない。
「アルマか。ここを修理してもらうだけだぞ?今日の肉はもう捌き終わったからな」
アルノーが、何も載っていない大きなテーブルを見た。
多分、あそこで肉を捌くのだろう。
「うちの店のことでしょ。聞いとく方がいいと思う」
娘にそう言われたアルノーは、少し逡巡してからカイを見た。
「すまんが、あいつがいてもいいか?邪魔はさせないから」
「邪魔なんかしない!」
アルマはムッとした表情で抗議したが、アルノーは軽くうなずいただけで流した。
「もちろん、ご一緒にどうぞ。僕自身、修理はできても肉屋さんのことはあまり知らないので、教えてもらえると助かります」
カイは、アルノーと、その向こうにいるアルマにも笑顔を向けた。
「助かる。何でも聞いてくれ」
アルノーがそう言ってうなずく後ろで、アルマは黙って小さくうなずいた。
アルノーとアルマが並んだところで、カイは改めて質問した。
「こちらは仕込み部屋なんですよね。在庫の保管は別のところですか?」
室内には大きなテーブルのほかに、棚があってさまざまな大きさの包丁や鋏、斧のようなものが見える。
大きな盥がいくつも立てかけてあるので、あれで血を流すのだろう。裏口の扉のそばには、排水溝があった。
「ああ。肉は地下だ。ほかの家よりも深く掘ってあって、温度が低くて一定なんだ。いま上にあるのは、店頭に出しているものだけだな」
アルノーは、仕込み部屋の床にある跳ね上げ扉を顎で示した。
店の入り口に近い方だ。
多分、地下のつくりはカイの家と似たようなものだろう。
「そうなんですね。この部屋の修理ということですが、どこが悪くなっているんでしょう」
カイが聞くと、アルノーは腕を組んだ。
「それがな、まだ壊れちゃいないんだが、そろそろ怪しいんだ。この部屋は涼しいだろ?その仕組みの部分がな」
なるほど、エアコン(仮)が壊れそうだということらしい。
「魔道具ですか?」
カイが聞くと、アルノーは苦笑いしながら首を横に振った。
「いやいや、村の肉屋風情が魔道具なんて使わねぇよ。生活魔法は使うんだが、あっちからこっちに……いや、見てもらった方が早いな。こっちだ」
説明しようとして諦めたアルノーは、腕を解いて手で方向を示した。
どうやら、地下に続く部分にその仕組みがあるらしい。





