第87話 「ゼラフィーネが手抜きドゥンパーティだと言っていた」
脱穀機は特に調整の必要もなく、あとは本格的に使い始めてから何かあれば相談を、ということになった。
カイにとっては、ヴィーグ村での初めての収穫期だ。
少しでも役に立てればいいと思う。
少し早く終わったので、カイはのんびりと散歩がてら歩き、商店に立ち寄った。
「こんにちは」
「あらカイくん、いらっしゃい。ヒルダー!カイくんが来たわよーっ!」
店番をしていたブリギッテは、茶色いウサギ耳をこちらに向けたまま二階へ上る階段に向かって叫んだ。
「買い物をしたら行きますから、休憩中なら無理に呼ばなくても大丈夫ですよ」
ちょうどお昼時だ、ヒルダは食事中かもしれない。
「いいのいいの。カイくんが来たのに黙っている方が、後からうるさいんだから」
ブリギッテは顔の前で手を振り、店番用の椅子に座った。
すぐに、階段を駆け下りる音が聞こえた。
「カイ!今日は仕事?」
その勢いのままやってきたヒルダは、頬に何かのソースをつけていた。
「うん、午前中にリーヌスさんのとこに行ってきたんだ。昼からはセリスさんに呼ばれてる」
言いながら、カイはハンカチを取り出してヒルダの頬を拭った。
「そう。ってか、何かついてるなら言って?!子どもじゃあるまいし、自分で拭けるから」
ヒルダは綺麗になった頬に手を当て、尻尾をピンと立てて頬をほんのり染めた。
カイは、ハタと気づいて自分の手を見た。
「ごめん、つい」
「もう!つい、でお世話しないで。わたしはそんなに気にしないけど、嫌がる人もいるんだからね」
腰に手を当てたヒルダは、口を尖らせた。
表情は柔らかいので、本当に嫌がってはいないようだ。
「そうだよね。ごめん、ヒルダ相手だと気が緩んじゃって」
カイは、眉じりを下げて笑った。
「もういいわよ、気をつければ大丈夫。それで、セリスさんのとこってことは、ゼラフィーネに会いに行くの?」
切り替えたらしいヒルダは、手を下ろして首をかしげた。
「ううん。二人からの依頼みたいで。多分、エルフの村から預かった魔道具のことだと思う」
カイはハンカチをポケットに入れた。
「昨日なんだか騒いでたものね。その前に買い物?」
「うん。小麦粉とお茶を。……ヒルダ、昨日のことはもう気にしてない?」
表情を見る限りはすっきりしているが、本人が笑顔だからといって納得しているかは別だ。
ヒルダはわかりやすいと思うが、無理をしていないかが気になる。
「昨日って、ゼラフィーネのこと?別に平気、謝ってもらったし。悪い人じゃなかったもの。まあ、最初からそんな気はしてたんだけど」
ヒルダは肩をすくめた。
「ヒルダのカン?」
「もちろん。向こうがイライラしてたから、それにつられちゃったのが本当のところだと思う。今は全然なんともないわ。むしろ、商人としてちょっと話してみたいくらい」
ぴこんと耳を動かしたヒルダは、にっこりと笑った。
どうやら、ちゃんと機嫌は直っているらしい。
「なら良かった。じゃあ、買い物したら行くよ。小麦粉とウムランツ茶、それから味見で貰ったグリューン茶も一缶お願いします」
カイは、小麦粉の袋を手に取りながら、ブリギッテに向かって言った。
お茶類は、店番をしている場所の後ろにある棚に並んでいるのだ。
「あらあら、グリューン茶も気に入った?」
ブリギッテは、椅子から立って棚に向き合った。
「はい。ウムランツ茶とは違って、爽やかな苦みがありますね。僕はこれも好きです」
カイはにっこりと笑った。
グリューン茶は、淹れると緑に見えるお茶だ。
味も見た目も、まんま緑茶である。
「カイは紅茶も飲むんでしょ?ほんとお茶道楽ねぇ」
呆れたように言うが、ヒルダはパタパタと尻尾を左右に振っている。
どうやら、ヒルダの見つけたお茶を、カイが気に入ったことが嬉しいらしい。
小麦粉とお茶を買ったカイは、それらを鞄に入れてから店を後にした。
セリスが借りている家は、商店からもほど近い場所にある。
のんびり歩いても数分だ。
カイは、玄関の扉をノックした。
「こんにちは。カイです」
少し待つと、セリスが扉を開けてくれた。
「いらっしゃい。ちょうどいいな、まずは食事にしよう。ゼラフィーネが手抜きドゥンパーティだと言っていた」
「ちょっと、セリスさん!手抜きは内緒にしとくとこだで!『お好みドゥンパーティ』って言えば、なんかちょっと豪華そうに聞こえるがね?」
キッチンの方から、ゼラフィーネの叫び声が響いた。
ダイニングへ行くと、テーブルの上には焼いたドゥンを何枚も重ねたものと、中に入れる具材が皿に盛られていた。
なるほど、手抜きだがパーティ仕様だ。
「手巻きドゥンパーティですね」
カイが鞄を下ろしながら言うと、セリスは納得したようにうなずいた。
「手巻きか。確かに自分で作りながら食べるからな。最初から自分の好みのものを選べるのは良い」
そこへ、両手に具材の入った皿を持ったゼラフィーネがやってきた。
この家は、コンパクトな作りながらもキッチンとダイニングはちゃんとわかれているのだ。
「ほんなら、好きな席に座って。具材はいろいろあるけど、ちゃんとバランスよく、肉も野菜も食べてちょうね」
夏に採れる野菜のほかに、肉を炒めたもの、魚のほぐし身、炒り卵、そして二種類のソース。
手抜きと言っていたが、カイからすれば充分に手の込んだ食事である。
並べるのを手伝い、席についた。
「じゃあ、いただこうか」
家主のセリスの合図で、食事会が始まった。
「そういえば、ヴェルクシュタトの方はどうするんだ?しばらくは誤魔化すんだろう?」
九割が野菜というなかなかに偏ったドゥン巻きを作りながら、セリスが聞いた。
対するゼラフィーネは、具材をまんべんなく並べた結果、一口では収まらなさそうなサイズのドゥン巻きを完成させていた。
「とりあえず、魔道具を修理する人と接触を図ったことと、セリスさんと知り合いになったことを報告するつもりなんだわ。名前出してもええ?」
「我は構わない。というか、そのへんを旅しているエルフなど我しかおらんからな。名前を出さずともわかるだろうて」
セリスは、しゃくり、と音を立ててドゥン巻きをかじった。
「ありがとう。あっちとしても、エルフの人と直接やり取りできるルートは、喉から手が出るほど欲しいだろうでね。それで第一報は誤魔化すわ。カイの名前もええ?」
少し肉多めのドゥン巻きをほおばっていたカイは、数回大きくうなずいた。
しっかり咀嚼して飲み込んでから、口を開いた。
「僕の名前も、多分冒険者ギルドの方で名前ごと管理していると思うので、調べたらすぐわかります。領主様の方経由でも、場合によっては聞けるかと」
「領主様?このへんって確か、ライヒシュタイン辺境伯だったっけ。うーん、ヴェルクシュタト町があるんはアルタウス子爵領だけど、王都方面以外のつながりはほとんどないと思うんだわ」
あちこちとつながりのある魔道具の商人だからか、ゼラフィーネは地理や貴族関係の知識が豊富なようだ。
「そういえば、辺境伯ならば我はつながりがあるぞ。一応、今の領主の手形をもらっておる」
「えっ」
「手形?」
カイとゼラフィーネは目を見開いた。
セリスはいたって普通の表情だ。
領主ですら特別扱いしているとは、さすがエルフといったところだろう。





