第85話 「ほぅ。魔人族の『鑑定士』とは珍しい」
「あれは、魔人族垂涎の、なのに禁忌と言われとるもんなんだで?!」
ゼラフィーネは叫んだ。
垂涎で禁忌とは、矛盾しているように感じる。
向こうで、ヒルダが耳をピンと立てた。
「魔道具スキルで解析しようにも弾かれて、なんにもできんらしいわ。ほいで、数十年後にまたエルフから『直せんか』って依頼が来て、魔人族が挫折を繰り返して数百年なんだわ。もはやエルフの村からの依頼は、とにかく丁重に断われって教えになっとるんだがや」
ゼラフィーネは、ふるふると震えながら言った。
「セリスさんに聞いた限りでは、あれは厳密には魔道具に分類されないのかもしれません」
魔道具系のスキルで作ったものを魔道具と定義しているなら、そこからは外れた道具である。
自動耕作機の設計者がエアハルトであることは、言っていいのかどうかわからないので黙っておいた。
「え?でも魔道具は魔道具だがね?宝石に魔法を込めとって、魔法で動かすんなら、それは魔道具のはずだわ」
「それが、魔道具製作のようなスキルを使わずに作ったそうなんです」
カイがそう言うと、ゼラフィーネは腕を組んで首をひねった。
「スキルなしで?道具はなんとかなるとしても、宝石に魔法を込めるんは、別のやり方を使ったってことなんかね?」
ゼラフィーネも、カイと同じようなところを疑問に思ったらしい。
「そう聞いています」
「ほんなら、『スキルで作った魔道具』じゃないってことだけは確かなんだわ。スキル以外で作った魔道具じゃあ、あーしらのスキルは認識できんのかもしれんね」
考えを整理するように言ったゼラフィーネは、最終的に納得してうなずいた。
「僕は、『魔道具』ではなくて、もっと範囲の広い『物品』が修理対象だから、スキルが弾かれないのかもしれません」
それに何度もうなずいたゼラフィーネが、すっきりした表情になった。
「なら当然、『魔道具修理師』じゃあなんにもできんし、『魔道具調整師』も手は出せん。スキルで認識しとる『魔道具』から外れたもんだから、ってことなんかね」
長年の謎が解けたらしいゼラフィーネは、楽しげに赤い髪を揺らした。
向こうで座るヒルダは、耳をピクリと入り口の方へ向けた。
「おおよそ合っているんじゃないでしょうか。それに、魔道具っぽいですがエルフの魔力にしか反応しませんし」
「それでゃあね!でもやっぱ気になるんだわぁ。あーしは『魔道具鑑定士』だもんで、一度でええから隅から隅まで見てみたいもんだわ」
ゼラフィーネが、ほう、と一つ息を吐いた。
そこに、涼やかな声が割り込んできた。
「ほぅ。魔人族の『鑑定士』とは珍しい。あの魔道具はまだ我の家にあるゆえ、見たいのであれば来てくれて構わんよ」
商店に入ってきたのは、セリスであった。
「セリスさん、いらっしゃい!」
「こんにちは、セリスさん」
ヒルダとカイが声をかけると、セリスはゆるりと微笑んでうなずいた。
「ああ。すまんな、店の外からも少し聞こえておったものでな」
セリスが店内へとゆっくり入ってきた。
「いえいえ!聞かれて困る話ではありませんから。ね、ゼラフィーネさん」
カイが横を向くと、ゼラフィーネは固まって目を見開いていた。
その気持ちはよくわかる。
セリスが目の前まで歩いてくるのを、ゼラフィーネは呼吸も忘れたかのように見入っていた。
「魔道具専門の鑑定士というのもまた珍しい。魔人族ならではのスキルといえるだろうな」
ゼラフィーネの前に立ち、セリスはうなずいた。
「ほ、ほんもんのエルフのお人ですか?!えーと、その、エルフの魔道具を見せてもらいたいんは山々なんですけども、魔人族ん中でも底辺なあーしが、直接見せてもらってええもんかどうか判断できんでございます!」
勢いよく立ち上がったゼラフィーネは、ピシリと姿勢を正して叫んだ。
混乱しているようだ。
「底辺、だなどと。魔道具専門の鑑定士ならば、かなり詳細に確認できるのであろう?相変わらず、魔人族は職人至上主義の階級制度が抜けないようだな」
セリスは、少し困ったように微笑んだ。
向こうでは、ヒルダが眉を寄せて首をかしげている。
ゼラフィーネは、背筋をピンと立てたまま視線だけをきょろきょろと動かした。
「あー、いえ、町の文化的にはかなり和らいどるんです!ただ、あーしの家が歴史にしがみついて古臭いまんまでして。そこで育ったもんで、なかなか価値観が抜けんのです。それに、手抜きを見抜く鑑定士は職人に嫌われるもんなんですわ」
そこまで聞いて、我慢できなくなったのだろう、ヒルダが口を開いた。
「なにそれ。正しい鑑定で正しい価値を出すだけなのに、それを悪く言うなんて。手抜きがバレたくないなら、手を抜かなきゃいいのよ」
「あーしの鑑定は、魔道具なら普通の鑑定士よりかなり細かいところまでわかるんだわ。子どものころは職人たちのそういう雰囲気もわからんかったもんで、スキルで見えたから聞いてまったんだで」
ゼラフィーネは、肩をすくめた。
「職人たち?もしかして、ゼラフィーネの家というのは」
セリスは、ゼラフィーネの家に思い当たるところがあるらしい。
「あの町で一番でっかい、職人を何十人も抱えとる工房です。魔人族は、分野は違っとっても魔道具の製作やら修理やらのスキルを持っとるもんで。違うスキルでも、結局は補助みたいな形で作る仕事に関わるんです。でも、あーしは商人になったもんだから、一門から弾かれまして」
ゼラフィーネが言うと、セリスはやっぱりというようにうなずいた。
納得できなかったのはヒルダである。
「え?そりゃあ作るのは職人だけど、商品を売るのに商人は必須でしょ。なのに、商人を下に見てるの?いくらなんでも勘違いし過ぎじゃない?」
ゼラフィーネは、力なく笑った。
「魔道具を扱う商人は、あーし以外はみんな獣人族なんだわ。師匠も獣人だったし。商人は、獣人族が多いんだってね。ほんで、体力じゃあ魔人族は獣人族に敵わん。だもんで、獣人族の人たちには強う出れんのよ」
「ゼラフィーネは魔人族だから、ってこと?余計悪いわ!」
ヒルダが耳と尻尾をピンと立てた。
一般的に、獣人族は筋力が高く、魔人族は魔道具が得意で、ヒト族は手先が器用だといわれている。
もちろん、個体差はあるのであくまで統計的な話だ。
そしてエルフは独自の文化を築いているので、比較対象にはならない。
「町の外に出とる時間が長いで、もうそこまで気にならんのよ。最近はあーしの家の工房も落ち目みたいだし、そこまで古臭くないほかの工房との取引が増えとるもんでね。今回この村へ行ってこいっていうのが、久しぶりの依頼だったくらいだわ」
ゼラフィーネが頭を左右に振り、赤い髪を揺らした。
「それで、僕のことを調べに来たんですか?」
カイが聞くと、ゼラフィーネはため息を吐いた。
「そう、修理できるんがどういう人かってね。商売敵になるようなら、魔道具修理はやめさせろって話なんだわ」
「そんなことをゼラフィーネにさせるあたり、気に入らないわ」
ヒルダが鼻を鳴らした。
ゼラフィーネはヒルダに向かってうなずいた。
「まともにやるつもりはなかったんよ。あーしは商人だで、適当に口先で誤魔化すつもりだったんだわ。けど、ちょっと難しいかもしれんね」
「ああ、カイが我の魔道具を修理できたからか」
セリスの言葉に、ゼラフィーネはうなずいた。
「商人の噂は早いでね。今から誤魔化すんは難しい。多分、あっちにももう話が行っとると思った方が良さそうだわ。……ちょっと引き延ばして、なんとか考えるつもり」
ヒルダは首をひねった。
「結局、ゼラフィーネはどっちの味方なの?」
ゼラフィーネは、腕を組んで胸を張った。
「あーしは、あえて言うなら『ええもんを作る人』の味方なんだわ。魔道具でも、魔道具修理でも、ええもんだったらええんよ」
それは、見方を変えると苦労性の中間管理職ではないだろうか。





