第84話 「もっと早う言うてちょうよ」
カイは、思わず角を凝視してしまった。
赤い角は十センチほどの長さで、先端に向かって緩くカーブを描いている。
魔人族の女性は、多分カイより少し年上だろうか。
小柄で、髪色は燃えるような赤、そして瞳は紫から赤へとグラデーションのかかった不思議な色味だ。
赤い色を持ち、さらに角や翼があるのは魔人の証だと言われている。
絶対ではないのだが、多分この女性は魔人だろう。
「ちょびっと聞きたいだけなんだで。教えてくれてもええがね」
ぷくり、と頬を膨らませた魔人族の女性は、ヒルダを見上げるようにして言った。
「だから、さっきも言いましたけど。わたしに聞かれてもスキルのことなんてよくわかりません。本人に聞いてください」
ヒルダは、つんと突き放すような態度だ。
耳があっちを向いているし、尻尾も不機嫌そうに揺れている。
「なんもかんも教えてほしいわけじゃないんだわ。ただ、あんたさんが知っとることを教えてくれりゃあええんだて」
こてん、と首をかしげる女性は可愛らしい雰囲気がある。
カイが名乗り出ようとしたものの、すぐにヒルダが口を開いてしまってタイミングを逃した。
「あなたが言ってたことと同じ程度にしか知らないんですってば。それに、友人の個人的なことなんですから知ってても教えませんよ」
「その言い方、やっぱり知っとるんでしょ。ちょっとぐらいええがね?」
女性が魔人族であることに気を取られていたが、ヒルダのイライラがどんどん積み重なっている。
カイは、今度こそ前に出た。
「僕がカイです。聞きたいことがおありでしたら、買い物の後で伺いますよ」
そう言うと、魔人族の女性は驚いたようにこちらを向き、カイを上から下まで見た。
ひょい、とカイの後ろに移動したヒルダは、顔だけ出すようにして言った。
「カイならここにいます。わたしじゃなくて、カイに直接聞いてください」
ヒルダの言葉を聞いていたのかどうか、魔人族の女性は手を腰に当ててこちらを向いた。
「あらぁ。この地味な……ごほん、真面目そうなあんたさんがカイだったの?もっと早う言うてちょうよ。ほんなら、聞きたいんだけど――」
そのまま話しだしそうな女性の言葉を、カイは途中で遮った。
「すみません、ここはお店の中なので。少し待っていただけますか?買い物だけしてしまいたいんです」
いつものヒルダなら気にしないだろうが、どうにも不機嫌なので店内で話すのは良くないように思う。
外で待ってもらうつもりでそう言ったカイに、しかしヒルダは店の中にあるベンチを指した。
「あっちのベンチ、使っていいわよ」
「いいの?お店の邪魔じゃない?」
カイが聞くと、ヒルダは首を横に振った。
「個人的な話なんだから、その辺の道端で話すのもどうかと思うわよ」
「ありがとう、ヒルダ。じゃあちょっと、店の端を借りるね」
「助かるわぁ。ようしてくれてありがとうね。ほんなら待っとるでね」
魔人族の女性は、前半はヒルダに、後半はカイに向かって言ってからベンチに向かった。
もう少しごねられるかと思ったので、少し拍子抜けである。
「それで、カイは何を買いに来たの?」
こちらを見たヒルダは、表情が和らいでいた。
「うん、今日のパンがまだあるかなと思って」
軽く店内を見ると、いつものところに数個だけパンが並んでいた。
「今日のは、母さんのパンよ。明日からはわたしが焼くから、また来てよね」
「そっか、今朝帰ってきたばかりだったね。疲れてない?」
パンを二つ手に取り、カイは財布代わりの巾着を取り出した。
「午前中はしっかり休んだし、今は平気」
そう言ったヒルダは、やっと少し微笑んだ。
尻尾も落ち着いて揺れている。
「良かった。でも無理はしないで。じゃあ、これで二個分」
「うん、確かに。わたしはあっちで店番してるから」
硬貨を受け取ったヒルダは、店番のときにいつも座っている椅子に腰を下ろした。
もちろん店内だから声は聞こえるだろうが、カイたちの話の邪魔はしないという意思表示のようだ。
こういう気の利かせ方をしてくれるのは、とてもありがたい。
パンを布で包んだカイは、ベンチのある奥へと移動した。
「お待たせしました。改めて、僕はカイです。この村で修理屋をしています」
カイは、魔人族の女性から人ひとり分のスペースを空けてベンチに座った。
三人掛けのベンチなので、両端に座れば程よく顔が見える。
「ご丁寧にどうもね。あーしはゼラフィーネ。見ての通りの魔人族でね、魔道具専門の商人をやっとるんだわ。王都であんたさんの噂を聞いて、この村まで来たんだて」
にぱっと笑ったゼラフィーネには、親しみやすそうな雰囲気がある。
なのに、ヒルダとは少し合わなかったらしい。
「僕の噂ですか?この村に住まわせてもらって、普通に修理屋をしているだけなんですけど」
カイが首をひねると、ゼラフィーネは少しこちらに近寄って、顔を横に振った。
「魔道具を直せるスキルが普通なわけないんだて。あんたが毎日やっとることが、みんなにとっても普通とは限らんのだわ」
少し呆れた表情のゼラフィーネは、肩をすくめた。
その向こうで、ヒルダが首を小さく縦に振るのが見えた。
「ああ、魔道具の修理はちょっと特殊かもしれません。ですが、魔道具は本当にごくたまに依頼がくるだけで、いつもは普通の道具をスキルで修理しているだけですよ」
魔道具のことはすっかり忘れていた。
そういえば、魔人族は魔道具に関わるスキルを持っていることが多いと聞いた覚えがある。
ゼラフィーネも、その関係でこの村までやって来たのだろうか。
「そう!その修理スキルのことを聞きたかったんだわ」
ゼラフィーネは、ポンと手を打った。
「僕のスキルは『故障品再生』です。壊れた物品を修理するのに便利なスキルですよ」
カイは、ゼラフィーネの聞きたいことの見当がつかず、自己紹介のときによくする説明をした。
しかしそれは、ゼラフィーネの聞きたいことではなかったようだ。
「修理屋さんしとるんやったね。ほんで、魔道具は、あんたのスキルからどう見えとるの?普通の道具となんか違っとるんかね?」
やはり、魔道具に関わる部分を聞きたいらしい。
カイは少し考えながら口を開いた。
「そうですね……部品が多くて、核になる宝石があって、あとその宝石に込められている魔法が動きを指示しているところは、魔道具特有です。でも、物として違うようには――」
「核の魔法がわかるんかね?!そしたら、魔法の込め方も?!」
前のめりになって大声を出したゼラフィーネに驚き、カイは思わず軽くのけぞった。
向こうで、ヒルダが目を瞬いている。
「いえ、込められた魔法の詳細はわかりません。核の魔法によって、魔道具がどういう動きをするのかがわかるだけです」
すると、ゼラフィーネは背中を壁につけてから首をひねった。
「ほんなら、作り方はわからんのかね?」
「そうですね、あくまで修理方法がわかるのと、修理の作業ができるだけなので」
それを聞いたゼラフィーネは、ひょいと片眉を上げた。
「修理できるだけ、ねぇ……。そりゃあ、もしかしたら宝石の魔法が壊れとっても直せるんじゃないかね?」
カイは、そう言われて首をひねった。
「宝石に込められた魔法が壊れるっていう状況が、ちょっとわからないです。一応、宝石自体にヒビが入っていたのは直せましたけど、魔法そのものは何も――」
「宝石の修理はできたんかね?!ほいで、そのあとはちゃんと動いたの?」
またゼラフィーネがこちらに迫ってきた。
勢いに押されて、カイは思わず上半身だけ後ろに引いた。
「はい、多分。実際に使ってみたわけではありませんが、セリスさんがこれで動くとおっしゃっていたので」
「使ってみとらんのに、なんで大丈夫だって言えるんかね?」
ゼラフィーネの疑問はもっともである。
隠すことでもないので、カイは素直に答えた。
「あの魔道具は、セリスさんの故郷から修理の依頼が来たものなので。セリスさんは、今この村に滞在されているエルフの方です」
「エルフ……?」
ゼラフィーネは、半分口を開けたままぴたりと止まった。
数秒固まって、それからわなわなと口を開き、大きく息を吸い込んだ。
「うそだがね?!エルフの魔道具を修理したって言っとるの?!」





