第83話「久しぶりーっ!」 「ぐふっ!久しぶりだね」
その日、カイはツーレツト町の役場を通して依頼を受けていた。
朝早めに家を出れば、歩いて行っても間に合う。
いつものドゥン巻きを準備して家を出たところで、街道の方から馬車の音がした。
「あれは……」
目を瞬かせたカイは、玄関の鍵を確認してから走った。
「ヤーコブさん!ヒルダ!」
思ったとおり、ヤーコブたちの馬車だった。
大きな箱馬車の上にも荷物を積んで括り付けてあり、かなりたくさん仕入れてきたことが見て取れる。
御者台にはヤーコブが座っており、カイに軽く手を振ってから、コンコンと車室の壁をノックした。
「どうしたの、父さん」
扉の小窓から顔を覗かせたのは、ヒルダである。
ヤーコブが手でカイの方を示すと、こちらを見たヒルダが目を丸くした。
「カイ!おはよう!ひさしぶり!!」
身を乗り出すようにして手を振るヒルダを見て、ヤーコブが馬車を止めた。
カイも手を振り返したのだが、ヒルダには物足りない挨拶だったようだ。
「危ないぞ」
「父さん、私はカイと歩いて帰るから!」
言いながら、ヒルダは小窓から体をひっこめた。
「わかった。すぐ戻るんだぞ。ブリギッテも待ってるんだからな」
「はーい!」
その声が聞こえたとたんに、ヒルダが馬車から飛び出してきた。
「扉は閉めたか?」
ヤーコブが聞くと、ヒルダは慌てて扉を閉めた。
「閉めた!毛布も畳んであるから!」
「じゃあ、先に帰っておくからな」
走り出したヒルダの背中に言ったヤーコブは、もう一度カイに手を振ってから手綱を振るった。
「久しぶりーっ!」
「ぐふっ!久しぶりだね」
ヒルダの全身タックルをなんとか一歩引くだけで受け止めきれたカイは、頬を緩めて彼女を見た。
髪が少し伸びたようだ。
それでも、いつもの元気なヒルダである。
「買い付けはどうだった?」
カイが聞くと、一歩下がったヒルダはパチリと両手を合わせた。
「それがね、結局王都まで行っていくつか取引して、色々仕入れてきたわ。帰りは帰りで、道々取引しながら戻ってきたの。そうそう、本当に偶然だったんだけど、すごく変わったお茶を見つけたの。また買いに来て。味見させてあげるから」
パタパタと尻尾を振りながら、ヒルダは楽しそうに言った。
カイは仕事だと言い、ヒルダをうながして肩を並べて歩き始めた。
「変わったお茶?どんな味なんだろ。楽しみだな」
「もちろん、ウムランツ茶もたっぷり仕入れてきたわよ」
ウムランツ茶とは、ウーロン茶に似たお茶だ。
カイが気に入っていると伝えたら、商店で仕入れてくれるようになった。
「ありがとう、ヒルダ。今の時期は、井戸で冷やしたらすごく美味しいんだよ」
「どういたしまして!それにしても、こっちに戻ってきたらやっぱりちょっと涼しいわ。王都の方は暑くって」
ヒルダは、手で顔を扇いだ。
「そうだね。北の方だからか涼しいと思う」
言ってから、カイは今さらながらのことに気が付いた。
どうやら、カイのいる大陸は、この星の北半球に位置しているらしい。
何の疑問も持っていなかったが、唐突に気づいて納得した。
季節もあるので、地軸が少し傾いているのだろう。
ここまで地球と似た環境だと、偶然なのかどうか疑いたくなる。
ぼんやりと考えていると、ヒルダがこちらを覗き込んだ。
「どうしたの?仕事のこと?」
「ん、ううん。ただちょっと、この村って住みやすい場所にあるなと思って。冬は少し寒そうだけど」
カイは、誤魔化すために前から考えていたことを口にした。
ヒルダは、特に疑うこともなくうなずいた。
「そっか、カイはまだ知らないもんね。でもまあ、冬は寒いものだから。たまに、海からの風が長く続いたら、雪がものすごく積もることもあるんだけどね」
「ものすごく?どれくらい積もるのかな」
あまりに酷いようなら、屋根の雪かきも考えないといけない。
ただ、魔法を使えるので屋根に上がらなくても雪を下ろせると思う。
「えっとね、これくらい!」
ぴょこん、と耳を震わせたヒルダは、両手で三十センチほどの高さを作って見せた。
「ああ、結構積もるんだね」
何メートルもはいかないようだが、それだけ積もれば日常生活が滞るだろう。
もっとも、冬は日照時間が少ない分だけ活動が縮小されるものなので、準備さえしてあれば何とか過ごせるはずだ。
「普段はほとんど降らないし、年に数回積もるかなぁって言う程度だよ。私もあんなに積もったのは一回しか見てないから」
肩をすくめたヒルダは、尻尾を揺らして空をあおいだ。
「そうなんだね。僕はちょっと西の方に旅をしたときに、背の高さよりも積もってる場所に行ったことがあるよ」
「えっ。そんなところがあるの?」
ヒルダは目を丸くした。
「うん。その町は雪にも慣れてて、冬だけ雪かきの仕事があったり、雪の中で作れる野菜を育ててたりしてたよ」
言いながら、カイは鞄を軽くかけ直した。
あの町は、ちょっと訪れるだけなら面白かったが、ずっと暮らすのは厳しいと思った。
何しろ、空がずっと曇っているのだ。
その町から移動して、久しぶりに青空を見たときにはほっとした。
「そんな野菜があるの?面白そう」
ヒルダは、少し違う部分に食いついた。
さすが商人の娘である。
「あんまり大量には作ってないけど大事な収入源だって聞いたから、冬になったら出回るんじゃないかな。『シュニーグルン』だったと思う。見た目は少し白っぽい葉野菜だよ」
カイにとっては、どう見ても白菜だった。
ただ、植生は違うらしく、雪が積もる中でしか育たないのだそうだ。
「そうなんだ、探してみるね。でも、そんな話をしてたら暑いのに耐えられなくなってきたわ。早く涼しくなってほしい」
「確かに。今日はちょっと暑くなりそうだもんね」
陽が昇って少ししか経っていないが、もうすでに暑い。
「夏は終わりかけのはずなのにー」
ぷくり、とヒルダは頬を膨らませた。
ヒルダを商店に送り届け、カイはツーレツト町に向かった。
依頼されたのは、町役場が管理している大きな倉庫の天井の修理だ。
素材を多めに用意してくれていたのもあって、昼過ぎには終わった。
見知った役人と少し話してから、カイは謝礼金を受け取って戻ることにした。
「五メートルはあったもんな。あれは確かに結構危険だ」
倉庫の天井はかなり高く、普通の修理では危険が大きいということでカイに依頼が来たのだった。
カイなら、倉庫の中で立つだけでスキルが届く。
それなりに割も良かったので、カイは満足して村へと戻ってきた。
夕方には少し早い時間だ。
今日は仕事をしたので、商店や肉屋でちょっとだけ良いものを買って帰ってもいいだろう。
機嫌よく村の中を歩けば、すぐに商店が見えた。
「こんにちは。まだ今日のパンありますか?」
「だからっ!……あぁ、なんだ、カイなの」
店に入った途端、機嫌の悪そうなヒルダがこちらを見た。
尻尾がピンと立っていて、耳が忙しなく動いている。
珍しいこともあるものだ。
「何かあったの?」
カイが何かしたわけではないと思うが、困っているなら何かできるかもしれない。
聞かれたヒルダは、一つ深呼吸をしてから耳と尻尾を下げた。
「ごめん。お客さんに向けていい態度じゃなかったわ」
「いいよ、僕は友人でもあるんだし」
カイがそう言うと、ヒルダは少し言い淀んでから口を開いた。
「ちょっとね。めんどくさいお客……いや、何も買わなかったからお客さんでもなかったわね。その人がとにかくしつこくって」
質の悪いナンパだろうか。
カイが思わず眉を寄せると、ヒルダはこちらを見た。
「なんか、カイのことを根掘り葉掘り聞こうとするのよ。そりゃね、修理屋として名前が知られてきたのはいいことだけど、修理の方法とか商売の方法じゃない?私から言うのもおかしいから、本人から聞いてって言ったのにそれでもしつこくて」
どうやら、ナンパではなかったようだ。
しかし元の原因がカイというのはいただけない。
「ごめんね、僕のことで何か迷惑がかかっちゃって」
カイが眉じりを下げると、ヒルダは首を横に振った。
「全然!カイは何も悪くないよ。普通に聞いて、普通に引けばいいだけなのにしつこかったあの人が良くなかっただけ」
どういう人だったのか、と聞こうとしたところで、誰かが店に入ってきた。
「やっぱり誰に聞いてもようわからん。だもんで、戻ってきたわ。ヒルダが一番よう知っとるって言われたがね」
可愛らしい声で紡がれるその言葉遣いにも気を取られたが、カイは思わずその人の頭上を見た。
「魔人族……?」
腕を組んだ小柄な女性の頭には、赤くて少し弧を描く角が鎮座していた。
タイトルや章立て設定が抜けていたので修整しました。





