第82話 「辺境伯、様?」
ヴィーグ村とエルフの村との間に、交易という形でつながりができた。
村からはセリスが教えてくれた珍しい薬草である星香草を送り、エルフの村からは薬を送ってもらえるようになったのだ。
カイへの魔道具の修理依頼も、たまにくると言われている。
村の事業として行うから、とデニスが音頭を取って、定期的に薬草を集める人員をピックアップしていると聞いていた。
そんな中、カイは突然デニスに呼ばれて村役場にやってきた。
執務室には、デニスとカイのほかに、薬草集めと管理に携わる予定の人たちがいた。
果樹園で働くキツネ獣人のヴィリーと、ワイン工房が忙しくないときに手伝う予定のファイト、そしてオスカーの兄のペーターだ。
ペーターは、ツーレツト町での就職を考えていたのをやめて、この仕事に携わるらしい。
そして、執務机の前に座るデニスの顔色は真っ白だった。
「揃ったな」
デニスが、ゆっくりと全員を見回した。
「どうしたんだ、デニス。俺たちはまあ、薬草のことだと思うんだが。カイもか?それに、顔色が悪いぞ」
ヴィリーが、いぶかしげに聞いた。
「ああ。落ち着いて聞いてくれ。……おれを通して、四人に話が来た。辺境伯様からだ」
「えっ」
「?!」
「辺境伯、様?」
「えぇ……?」
貴族が一村人に話を持ってくるなど、確かに異常事態だ。
四人がそれぞれ驚くと、デニスはそれを見てから一つ息を吐いた。
「知っていると思うんだが、この辺境伯領はエルフの村がある森には接していない。だから、今までエルフとの直接的な交易はなかったんだ。だが、我々はそのつながりを得た」
そこでデニスが言葉を切ったので、四人は息をのんだ。
誰かがごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。
「デニス、はっきり教えてくれ。まさか、辺境伯様が直接取引をしたいから、俺たちに手を引けって言ってきたのか?」
ヴィリーが言ったことは、ちらりとカイの脳裏にもよぎった。
だが、ここの領主様はかなり領民のことを考えてくれているし、そんな他人の功績を奪うようなことをするとは思いたくない。
嫌な予感に思わず眉を寄せると、デニスは首を横に振って両手のひらをこちらに向けた。
「いやいや、違うぞ。そうじゃないんだ。エルフの人たちに失礼のないようにしてくれっていうのがひとつ。もうひとつが大変で、実際に薬草や修理に携わる者たちの名前を改めて教えてほしいと言われたんだ」
「名前って、ぼくたちのですか?」
ペーターが思わずといった風に口を開いた。
ファイトも目を見開いている。
カイは首をひねった。
「そういうことって、よくあるんですか?」
「あるわけがないだろう?辺境伯様の屋敷なんかで直接雇われているならともかく、広い領地の中のいち村のただの村民だぞ」
「ですよね」
カイが納得すると、ヴィリーも大きくうなずいていた。
つまり、領主である辺境伯が直接名を聞いてきた、というのがとんでもないことで、デニスも顔色を変えていたようだ。
「ああ、でも母さんのことは知られていると思う」
デニスの言う『母さん』とは、イーリスのことだ。
「おばさんの?ああ、スキルか」
ヴィリーはすぐに納得した。
「イーリスおばさん、『名匠』だから」
ファイトもすぐに思い出したようだ。
ペーターもうなずいているので、村では知られたことらしい。
「つまり、俺たちはおばさんと同じくらいの扱いになるってことか」
「そういうことだ。連絡はおれがしておくから、自分たちの名前が辺境伯様に伝わるということだけ覚えておいてくれ。だからまあ、心して仕事にあたってくれよ」
デニスは、執務机の上に置いてあった豪華な封筒にそっと触れた。
多分、あれが辺境伯からの手紙だろう。
四人は、それぞれ神妙に首を縦に振った。
◆◇◆◇◆◇
「返事が来たか」
手紙を受け取ったコンスタンティン・ライヒシュタインは、大きな窓から領都を見下ろしながら言った。
辺境伯領の運営は、おおむねうまくいっている。
近隣の領地との関係も良好で、他国との取引も定期的に行われ、王城での評価も高い。
魔物の森は、当然であるが領地内にいくつもある。
冒険者も過ごしやすいように制度を整えたことで、領地内には質の高い冒険者が増えた。
ほかよりも生活のしやすい場を守ろうと考えるのだろう、冒険者内で自浄作用が働いていて、トラブルも少ない。
魔物の討伐はほとんどギルドに任せることができており、大きな被害が出ることもない。
もちろん、多少の問題はあるし、領主としての仕事はなくならない。
それでも、比較的穏やかに運営できていると言えるだろう。
そんな中で、気になる報告があったので村長に問い合わせた。
「ふむ、やはり例の修理屋か。しかし、エルフの魔道具まで修理したとは……」
ヴィーグ村の村長から受け取った手紙には、エルフの村と取引する薬草事業に関わる三人と、エルフの魔道具修理を引き受ける修理屋のことが書いてあった。
「薬草……星香草、な。これもあの近くにしかない」
一応、領都近くの森にもないかと冒険者に依頼して調べさせたが、一ヶ月近く探しても影も形も見つからなかった。
「エルフもしばらく居つく予定、と。魔物の森の魔物が目当てなら、まあこれは納得できる。ただ、エルフの『しばらく』が数十年になるなどよくある話だな」
ふう、と軽く息を吐いたコンスタンティンは、緩い癖のある金髪をなでつけた。
とにかく、悪い方に動かないよう、定期的な報告をするように伝えておけばいいだろう。
エルフは案外義理堅いので、下手に貴族が出張って取引を横取りすると、交流そのものが無くなる可能性もある。
コンスタンティンとしては、見守り一択である。
彼らが困ることがあれば、相談できるようにしておく程度に留める。
その方が、結果的には利益を生むだろう。
「確か、『針の名匠』もあそこにいたな。まったく、エルフが遠くの村と取引をするなど、前代未聞だぞ。それをまあ、『少々驚くことに』程度でまとめおってからに」
とても面倒だが、一応王城に報告した方が良い案件だ。
だが、うまく動けばさらに辺境伯領が強化される。
薬草事業を始める三人と修理屋のカイの名前を眺めてうなずいたコンスタンティンは、ぺらりと一枚目をめくった。
手紙の二枚目は、どうでも良さそうな村の日常の話だ。
こういうところから、情勢が見えてくることもあるので、案外バカにはできないのである。
「とはいえ、牧歌的な村ならこんなも――のっ?!」
コンスタンティンは、思わず手紙をぐしゃりと握った。
「村長の母親が『針の名匠』だ、これは知っている。だが、そのスキルで釣りがべらぼうに上手いだと?そのうえ、そのうえ、グリフォンを手懐けた?釣りで?グリフォンが?エルフもグリフォンと交流している?村長もグリフォンを見ただと?」
たっぷり二分は固まったコンスタンティンは、ゆっくりと手紙のしわを伸ばした。
「なんなんだ、一体。旨いワインを作るとは思っていたが、あの村には何かあるのか?父にはそんなこと、一切聞いていないが……」
この辺境伯領をライヒシュタインが治めるようになって、コンスタンティンでまだ二代目である。
貴族としては、建国以来続く貴族家の傍系でもあり、統治する側としての教えは脈々と受け継がれてきた。
その貴族としてのカンが、『あの村は普通ではない』と言っていた。
「だが、きっかけとなっているのは、この修理屋のカイだ。こいつか、村か。それとも両方か」
しばらく逡巡したコンスタンティンは、自分の考えに満足してうなずいた。
「よし、やはりあいつにこの村の様子を見させよう。グリフォンが近くにいて、危険がないかどうかも気になるしな」
依頼の手紙を書くべく、コンスタンティンは紙とペンを手に取った。
これにて、第三章完結です。
次は第四章に入ります。





