第73話 「それってもしかして、発明王エアハルトかしら?」
アウレリアは修繕が終わった皮鎧を試着してみると言ったので、カイたちはリビングに移動した。
「そういえば、オルゴールってあの箱を開けたままだと音が小さいのね。開けて動かしたら中身が見えて面白かったんだけど、音が違ってびっくりしたのよ」
ソファに腰かけたイーリスは、のんびりとそう言った。
オルゴールの箱には、音を反響させて拡大させる役割もある。
だから、外側の装飾は意外と重要らしい。
「調子は大丈夫そうですか?」
カイが聞くと、イーリスは嬉しそうに頬を緩めた。
「ええ、とっても良いわ。ときどき鳴らすんだけど、忘れていた昔のことをふと思い出すときもあるの。音って、案外記憶につながってるのね」
うなずくイーリスを見ながら、セリスが口を開いた。
「カイは、オルゴールまで直せるのか」
「はい、よっぽど特殊な材料が失くなったとかでなければ大丈夫です」
さすがに、材料がなければ直しようがない。
「そうか。……なら、これも直せるか?」
そう言いながら、セリスは腰のポーチから布でくるまれたものをそっと取り出した。
テーブルに置くとき、軽くことん、と音がしたので、中身は硬いものらしい。
「見てもいいでしょうか?」
「ああ。これもオルゴールなんだ」
それを聞いて、イーリスが興味深そうにテーブルの上を見た。
カイが慎重に布を解いていくと、イーリスのものよりも二回りほど大きな箱が出てきた。
木箱の形になっているが、蓋は上から置くだけのタイプだ。
木材はとても古く、昔は白っぽかったのだろうが、今はあめ色になっている。
角が少し丸く削れていて、何度も手に取ったことがうかがえた。
「『故障品再生』……。随分と古いものですね。ですが、とても丁寧に使われているし、何度も修理された跡があります」
スキルで見たところ、故障部分が複数あるようだった。
オルゴールの本体部分は、歯の部分がかなり大雑把な作りだ。
「全体的に部品は大きいけど、金属の加工技術がすごい」
シリンダーについた突起はあまり多くないので、イーリスのものよりも随分とシンプルな音階であることがうかがえる。
金属の取っ手は一度取り換えた跡があったし、底板に固定するネジも新しいものにした形跡がある。
取っ手を持って動かしてみようとしても、どこかにひっかかって止まってしまった。
「錆があるだけじゃなくて、中で何かの部品が歪んでいるか取れているかしていますね。つくりは少しシンプルですが、部品はとても丈夫です」
その金属もさすがに酸化が進んで傷んでいるが、カイのスキルならある程度緩和できるだろう。
「歯が一本欠けていますね。ただ、これなら鉄くずと炭で補修することができそうです」
カイがじっと空中を見ながら言うと、セリスはテーブルの上に置いたオルゴールをそっと指先で撫でた。
「そうか。直せそうなら、頼んでいいだろうか。これは、我の魂の片割れが試作して成功した第一号なのだよ」
それを聞いて、カイは思わずスキルをそのままにセリスを見た。
立体映像は、そのまま視界の中心にある。
「あら。もしかして、セリスさんの相方さんがオルゴールを発明したのかしら?」
「そうだ。彼はユニークな発想の持ち主でね。金属加工のスキルを使って様々なものを発明していたよ。確か、釣り針の《《かえし》》を最初に作ったのも片割れだ」
思い出すように、セリスは首をひねってプラチナ色の髪をさらりと揺らした。
尖った耳には、いくつかのピアスがつけられている。
「それってもしかして、発明王エアハルトかしら?」
イーリスは、頬に手を当てて聞いた。
カイも、どこかで聞いたことがある。
「おぉ、ハルトの名を知っているのか。確か、外ではそんな風に呼ばれていたな。複雑な機構の鍵なんかも作っていたよ」
セリスは、嬉しそうに目を細めて答えた。
「裁縫に使う糸通しも作ったって聞いたわ。若いときはそうでもなかったけど、今はとても重宝してるの。すごい人とつながりがあったのね」
感心したようにイーリスが言うと、セリスは肩をすくめてから口角を上げた。
なんとなく誇らしげだ。
カイは、古いオルゴールに目を落とした。
「そんなすごい人の作品なんですね。少しならくず鉄を持っているので、今修理してみても良いですか?」
なんとなく、職人魂がくすぐられてしまう。
すると、セリスはそっとオルゴールをカイの方へ押してうなずいた。
「頼む。なるべく、元通りにしてほしいのだが」
「わかりました。素材は多少入れ替えるかもしれませんが、元の形を維持するように気を付けます」
ローレの家のガラスのときにはうっかりしていたが、きちんとスキルを使うときに意識すれば、元の通りに修理することもできるのだ。
ポケットに入れっぱなしだったくず鉄と炭の欠片を取り出して、カイは修理を始めた。
その隣で、イーリスとセリスが会話を続けた。
「エアハルトってどういう人だったの?」
「外では発明王などと言われていたが、里ではただの変人であったよ。エルフの里は基本的に森の恵みを受け取るものだというのに、甘いものが食べたいだの辛いものが食べたいだのと言っては色々作っていた。特に、カレエとかいうものに執心していたな」
「カレー、ですか」
カイは、修理を続けながら思わず相槌を打った。
あまり一般的ではないが、王都にはカレーに似たシチューを出す店がいくつかあった。
「そうだ。言葉遣いも独特でな。我の知らぬ言葉をよく使っていた。マオだのユウシヤだのは誰かの名前のようで、彼らの物語らしいものをよく近所の子どもたちに聞かせていたな。あとは、テンセーティートだの、オレトゥエーだの、ジャロリ、ムソーなんていうのもよく聞いた」
カイは、思わず突っ込みそうになったのを飲み込んだ。
マオとユウシヤとは、魔王と勇者のことだろう。
記憶に間違いがなければ、この世界には魔法やスキルはあるが、魔王も勇者も存在しない。
「ティート?誰かの名前かしらね」
イーリスは、首をかしげて言った。
「さあ。我も質問してみたことはあるのだが、片割れはあまり説明が得意ではなくてな。テンセーティートというのが、彼の状況だというのは聞いた。よくわからなかったが、好きに生活できる幸せとかそういう意味なんだと思う」
セリスは、少し困ったように微笑んだ。
それはきっと、『転生チート』だ。
確かに、ヒト族とエルフのハーフとか、チートっぽい。
ほかは、『俺TUEEE』と、『無双』。
ジャロリというのはちょっとわからないが、エルフということはもしかして『ノジャロリ』だろうか。
エアハルトという人は、かなり知識が幅広く、ライトノベルやアニメにも詳しい人物だったらしい。
そこに、アウレリアがいつもの皮鎧を着て入ってきた。
「イーリス!装備しても動いてみても、修繕した部分が滑らかで違和感がない。すばらしいな。ありがとう!」
少し時間がかかっていると思ったら、どうやら一度外に出て動いていたらしい。
セリスに聞きたいことがたくさんあったが、修理の途中だし、アウレリアが来たことで話題も変わってしまった。
とりあえず、カイは目の前にある骨董品のオルゴールを修理することに集中した。
折れた爪を修理し、錆びを取り、摩耗している金属部分には鉄を追加して補修し、シリンダーの中で軸が折れているのをつなぎ直す。
そうして静かに修理を終えると、カイはスキルを切った。
「修理が終わりました。一度、音を聞いていただいてもいいですか?」
「おぉ、カイもなかなかすごいスキルを持っているのだな。わかった、動かしてみよう」
セリスは、オルゴールを受け取ってそっとテーブルに置き、ゆっくり取っ手を回し始めた。
「ほお、一音ずつ響く音楽なのか」
「ゆっくり動かすっていうのもなかなかいいわねぇ」
アウレリアとイーリスが楽し気に聞き入る横で、カイは固まった。
「その、音楽は」
「ああ、片割れが考えたものらしいよ。最近は聞かないが、オルゴールが広まり始めたときにはとても流行ったんだ」
セリスは、緑色の目を細めて音を奏でるオルゴールを見下ろした。
「……さくら」
それは、どう聞いても『さくら』だった。




