第74話 「何年でも気長に待とう」
ほんの少し音程が外れているが、間違いなく日本の小学校などで習う童謡の『さくら』だ。
エアハルトは、カイと同じ日本からの転生者だったのだろう。
セリスは、『さくら』を聞きながら嬉しそうに緑色の目を細めている。
その瞳がどこか遠くを探すような色をまとっていて、カイは今の彼女に不躾な質問をすることなどできそうにない。
代わりに、当たり障りないことしか言えなかった。
「綺麗な曲ですね」
「そうだろう。あの賑やかな片割れの、どこにこんな静かで美しいものがあったのか不思議でならなかったよ。そうそう、かなりゆっくり回さないと、片割れの思う音楽にならなかったんだ。回るところを工夫すればよさそうなものだが、それは違うと言ってね。何度も練習させられたものだよ」
曲の切れ目で取っ手を回す手を止めたセリスは、ほぅっと息を吐いた。
清廉な美しさをまとったセリスを見ながら、イーリスがゆっくりとうなずいた。
「直って良かったわねぇ」
「本当に。カイ、ありがとう」
想いをたたえた緑の瞳に見つめられて、カイは思わず背筋が伸びた。
「どういたしまして。思い出の品を復活させられるのも、修理屋のやりがいの一つですから」
「なるほど、やりがいか。私がほぼ無傷の素材を手に入れたときと似たような感じだな」
納得したアウレリアに、イーリスも同意した。
「そうね。報酬だけじゃなくて、そういう満足感も大事なのよね」
それを聞いて、セリスがカイを見た。
「ああ、報酬か。今回の修理費はどれくらいになる?」
「銀貨1枚です。欠けた金属部分は鋼で補修したので。ただ、本来の金属はもう少し色々と混ぜてあって、丈夫で錆びにくい素材ですね。もし同じにするのでしたら、足りない材料を集めてからになりそうです」
エアハルトは、オルゴールをステンレスで作っていた。
かなり長持ちしているのも、鉄や鋼ではなくステンレスだからだろう。
そして木材も、歪みも割れもなく丁寧に加工された広葉樹だ。
なんとなく、カイはエアハルトの前世に職人のようなものを感じた。
金属加工のスキルを使うにしても、オルゴールの構造を作ってしまうなんてよっぽどだ。
「わかった。じゃあこれを」
そう言って、セリスはカイの手に何かを握らせた。
「これは……?」
カイの手のひらには、紙に包まれたものが3つあった。
「すまないのだが、今は手持ちがなくてな。」
アウレリアがそれを覗き込んだ。
「ん?セリス、これはもしかして」
「ここの南の森は、我の故郷ほどではないが植物も薬草も豊富だ。久しぶりに煎じてみたのだよ」
感心したようなアウレリアと、どこか満足げなセリス。
しかし、カイには全く話がみえない。
「えっと、これは一体なんでしょうか?」
カイが首をかしげると、セリスがひとつ手に取って包み紙を開いた。
そこには、暗い緑色の粒が三つ入っていた。
「これは、滋養の薬だ。体調を崩したときに飲むといい」
言いながら、セリスは包み紙を器用に整えて閉じた。
「薬ですか?とてもありがたいのですが、僕には相場がよくわかりません」
薬はピンキリだ。
材料と作り手の両方がかみ合えばものすごく高価になるが、普通は判断できない。
商業ギルドの中にある薬専門の部署が鑑定して、初めて値段が決まるのだ。
カイが困って眉を下げると、アウレリアが助け舟を出した。
「セリスの薬は、王都ですごい値が付くやつだ。一つで銀貨二枚とかそれくらいだろう」
それを聞いたカイは、驚いて手の中の紙包みを二つ持ち、セリスに差し出した。
「さすがに、これはいただきすぎです。仕入れ値だとしても、三粒でお釣りが出るくらいだと思います」
「そうか?我にはよくわからないが、カイがそう言うならそうだな、欠けたところを元の素材と同じものにできないか?王都かどこかの工房では、わからないから修理できないと言われたんだ」
セリスは、緑の瞳でじっとカイを見ながらこてんと首をかしげた。
「元の素材ですか……。わかりました。ヒルダにも協力してもらって、素材を探します。少し時間がかかるかもしれませんが、お待ちいただけますか?」
ステンレスを作るための鍵はクロム鉱石である。
残念ながら、今世ではクロム鉱石に該当する素材のことを聞いたことはない。
しかし、エアハルトがステンレスを作れたのであれば、存在はしているはずだ。
「わかった、それで頼もう。我には時間だけはたっぷりある。何年でも気長に待とう」
「いえいえ、さすがに何年もはかかりませんよ」
カイが慌てて言うと、セリスはきょとんとしたあとでゆるりと微笑んだ。
「すまないな、これはエルフの常套句だ。いつでもかまわないというだけだよ」
なるほど、生きる時間が違うエルフならではの慣用句のようなものらしい。
カイもつられて笑顔になった。
「そうなんですね。素材を見つけられればすぐにでも修理できると思いますので、ちょっと商店の皆さん頼りにはなりますが」
カイではクロム鉱石を探せるかわからない。
スキルでわかる限りの特徴を話して、似たような鉱石を探してきてもらうことになるだろう。
「かまわない。ウォークトレントのことだけではなく、この村の近くの森は興味深いところが多いのだ。我としては、調査も兼ねて数年は滞在したいと考えている」
セリスは、軽くうなずいてそう言った。
「あら、普通の森だと思うけどねぇ。エルフの目で見たら、少し違うのかしら」
イーリスは、軽く頬に手を当てた。
カイから見ても、村の南の森はいたって普通の、あえて言うならば少し豊かな森だ。
植生は確かに北の方なので少し見慣れなかったが、それでも見たことのない植物など生えていないと思うし、動物だって予想外に多かったり少なかったりはしない。
カイがイーリスと一緒に首をひねっていると、セリスがアウレリアを見た。
「アウレリアから見ても、あそこは普通の森なのか?」
「む?南の森なら、普通だと思う。村でかなり丁寧に管理しているのだろうな、歩きやすいのは確かだ」
「なるほどな……。我から見ると、薬草の宝庫なのだが。特に、奥の方に少しだが星香草があるのは驚いた。あれはエルフの里でも垂涎ものの希少な薬草だ」
うむうむ、とうなずくセリスに、アウレリアとカイは首をひねった。
「星香草、ですか?僕は聞いたことがありません」
カイが言うと、アウレリアもうなずいた。
「私もほとんど知らないな。見つけたら知らせるようにという一覧に載っていた気はするが、参考になる絵がなくて文章で特徴を書いてあるだけだった。確か、先端が六つに分かれていて、アーホルンと似ているうえにすぐそばに生えるから、見分けをつけるのは難しいと」
腕を組んで眉を寄せるアウレリアを、カイは思わず見た。
アーホルンというのは、紅葉に似た掌状の葉っぱを持つ木だ。
カイはまだ見ていないが、南の森にもあると聞いた。
それだけ知っていたら、十分ではないだろうか。
「そうだな。アーホルンに似ているうえに、すぐそばというか巻き付いているからわかりにくい。しかも、葉に見える部分は花びらで、咲いてもひと晩で落ちてしまう」
どうやら、不思議な蔦植物らしい。
「そうなのか。ということは、夜に採取しないと手に入らないと」
アウレリアは、興味深そうに赤い目を細めた。
「新鮮なら、落ちたものでも構わない。ただ、それこそアーホルンの葉と見分けをつけるのは困難だろうな。ある程度見慣れているはずの我らですら、見逃すことの多い素材だ」
セリスがうなずきながら言った。
どうやら、ヴィーグ村の南の森は、知らなかっただけでちょっと特別な森だったらしい。
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