第71話 「じゃあ、カイはキッチンの守護者ね」
「こっちから見たらわかりますよね。森にいるグリフォンだと思います」
「えっ」
カイの言葉に、アウレリアは赤い目を見開いた。
その反応を見て、やはり驚くべきことなのだ、とカイは納得した。
「グリフォンの子どもたちが、イーリスさんの釣りにひかれてやってきたようで」
「えぇ?」
「叱ったり餌付けしたりして」
「えぇ……」
「グリフォン親子と友好関係を築いているっぽいです」
「……」
しばし沈黙したアウレリアは、ゆっくりと首を動かして笑顔のイーリスに向き直った。
イーリスは、心持ち目を見開いた。
「まぁ。あの子たちがグリフォンだったのね。でもあたしの言葉がわかるみたいなのよ、すごく賢いわ」
「そうか……。まあ、大昔は共存していたらしいし、この様子なら大丈夫じゃないか?」
何かを諦めたアウレリアは、吹っ切れた表情でこちらを見た。
「考えるのをやめましたね?」
「そうともいうが、無事なのは確かだからな。当面は、村の子どもたちがそちらに行かないようにだけ注意しておくくらいだろう」
そう、本当に友好関係を築いているようなのだ。
カイを含めたほかの村人でも同じように近しくなれるのかは不明だが、とりあえず自分にできることは多くない。
「後でデニスさんに伝えておきます。危険がなさそうだということも、もちろん。あと、イーリスさん。もしグリフォンたちが暴れるようなら、魚を投げつけてでも逃げてくださいね?」
「わかったわ。それにしても、最初は大きさにびっくりしたけど、怖さはなかったもんだからてっきり見たことのない森の動物だとばっかり」
イーリスは、おっとりと頬に手を当てた。
「人を襲うことはないようだから、まぁまず大丈夫だろう。だが、私も一度見ておきたいな」
「もふもふしてるし、目がキラキラしててとっても可愛いのよ。いつも午前中に釣りをしてるのよ。一緒に行ってみる?」
アウレリアに提案したイーリスは、嬉しそうに微笑んだ。
「そうだな……。皮鎧の修繕に支障はないか?」
「大丈夫よ。もともと、針仕事は午後にしかしないの。年をとってから、さすがに一日中細かいのを見るのは辛くってね」
どうやら、イーリスは見積もりの時点でそこまで見込んでいたらしい。
「そうか。なら、私もついて行こう。村から少し出る程度のところなら、別に鎧もいらないだろうからな」
「朝の八時くらいに家を出るわ。それくらいで大丈夫かしら?」
イーリスが聞くと、アウレリアはこくりとうなずいた。
「わかった。八時くらいにこの家まで来よう」
カイは、明日は食堂での仕事だ。
少し気になるが、イーリスはほぼ毎日釣りに行くようなので、その時間に合わせて釣り場を訪れる形でもいいだろう。
「気を付けて行ってきてください」
「ああ」
アウレリアが答えると、イーリスはにこにこと笑顔で首を縦に振った。
明けて次の日、カイは朝から食堂にいた。
「カイにお願いできて助かったわ。一応これでも特注でね、修理を頼むとなったら何ヶ月も待たないと難しそうだったのよ」
笑顔でそう言ったのは、食堂の女将であるマルティナだ。
マルティナの言う通り、家庭用のものとは土台から作りが違った。
少し前に、竈の修理を頼まれていたのである。
普通に直すなら、部品の修理というよりは、ほとんど一から作り直しになるのではないだろうか。
立体映像で見た限りでは、土台に負荷がかかってヒビが入っていた。
「大きい分だけ重いですからね。ヒビが広がってしまって、本体にも歪みが伝わって、ほんの少しですがその隙間から温度が逃げたんでしょうね」
依頼は、オーブンとして使っている竈の温度が一定以上に上がらなくなった、という内容だった。
表面的には何もなかったが、スキルで見ればすぐに分かった。
立体映像では、ヒビのところからうっすら空気が漏れるという表示があった。
「ちょうどお店を建てるときに、大きめのオーブンが王都の方で流行ってるって聞いてね。確かに、料理には便利なのよ」
「少し特殊といえば特殊なので、見合った手入れが必要ですね。でも、かなり頑丈に作られていますから、年に一回くらい手入れすればまだまだ使えますよ」
作り手の丁寧な仕事がよくわかる竈だ。
もしかすると、普段は家庭用の竈ばかり扱って、大きな竈はあまり作っていなかった職人かもしれない。
だから、重さまでは想定していなかったのだろう。
「それなら、また来年確認してもらえばいいかしらね」
「はい。ご依頼いただければ、喜んで見ますよ。食堂の美味しさを守らないと」
カイが冗談めかして言うと、マルティナはカラカラと笑った。
「あっははは!じゃあ、カイはキッチンの守護者ね。頼んだわよ」
「もちろんです」
素材は少し土がいるだけだったので、許可を得て庭の土から少しもらった。
多少成分が違っても、そのあたりは『故障品再生』スキルが勝手に選別してくれる。
ヒビの部分を補修して整え、熱が漏れないことを立体映像で確認したら終了だ。
一応、そのほかに故障がないかを確認してから、カイはスキルを切った。
「マルティナさん、終わりました」
振り向いて、野菜などを下ごしらえしているマルティナに声をかけた。
そして思わず息をのんだ。
「はいはい。もう終わったのね。やっぱりスキルがあるといいわねぇ」
マルティナは、野菜を空中に浮かせてするすると皮むきをしていた。
複数の野菜が一気に皮をむかれていく様は、まさに魔法である。
「すごい。そんな風に、一度にたくさん下ごしらえできるスキルなんてあるんですね」
カイがそう言うと、マルティナは浮かせていた野菜たちをテーブルの籠に戻しながら笑った。
「あたしのスキルは『皮むき職人』だよ。でも、こんな風に道具も使わずにできるって気づいたのは結婚してあたしが店を任されてからだね。昔は普通に包丁を使ったらほかの人よりずっと早いってだけだったから」
普通は、包丁を使わずに皮をむくなんて考えないだろう。
「スキルが変化したってことですか?」
カイは首をひねった。
似たようなことを、前に聞いたか考えたかした気がする。
「変化っていうか、できることが判明した感じよ。あのときは、ありがたいことに冒険者のお客さんが突然増えて、あんまりにも忙しくなってね」
「お一人だと、限界もありますよね」
カイがうなずくと、マルティナも首を縦に振った。
「そう。でも人を雇うほどでもなくてねぇ。慌ててたら野菜の籠を持ったまま足をひっかけて。落としたら、集めなきゃいけないじゃない?もういっそこのまま皮をむければいいのにって思ったら、ぺろんってむけたのよ」
マルティナは、拳を作ってから手を広げて見せた。
「ぺろん」
何となくその光景を想像して、カイは目を瞬いた。
「さすがに、一気に全部やっちゃったもんだから、あのときは魔力が底をついてやばかったわ」
「え、大丈夫だったんですか?」
スキルの暴走に近かったのだろう。
カイが問うと、マルティナは肩をすくめた。
「なんとかね。ちょうど旦那が休みだったから、火を点けたり食器を洗ったりするための生活魔法は頼んだの。下ごしらえしてそのままだと野菜が傷むし、さすがに焦ったわ」
「それなら良かったです」
魔力が空っぽになると体がだるくなるし、日常的な魔法が使えなくて不便だ。
多分、体力とか気力と似たような存在なのだとカイは理解している。
竈の修理箇所について説明してから、カイは金額を書いたメモを取り出した。
「今回の修理は銀貨四枚です。年一回の手入れは、多分銀貨一枚くらいになると思います」
「わかったわ。はい、銀貨四枚ね。本当にありがとう。しばらくできなかったメニュー、久しぶりに今日は作れそうだわ」
銀貨を渡しながら、マルティナが嬉しそうに笑った。
「それは楽しみです。今日のお昼ですか?」
「ええ、良かったら食べに来てちょうだい」
「ぜひ」
カイは、ランチを楽しみに食堂を出た。
そこにイーリスとアウレリア、そしてセリスが連れ立ってやってきた。




