第63話 おおむね計画通りである。
「ちょっとまだ混乱してるけど、カイに言われてちょっと見えてきた気がするよ。母さんに聞いて、あとは兄さんにも手紙を出してみる」
ファイトは、どこかすっきりとした表情でそう言った。
「僕は何もしていませんよ。お話を聞かせてもらっただけで」
「誰かにきちんと聞いてもらうっていうのも、大事なんだよ。いろいろはっきりしてきたし。まずは……」
ふと言葉を切ったファイトは、ちらりと階段の方へ目をやったと思ったら、声を少し張った。
「じゃあ、修理を進めてもらえるかな!さっき言ったとおりの修理で」
「えっと、はい。わかりました」
カイの視界の端で、階段のところからベルントの靴がはみ出していた。
意図を把握したカイは、静かに大きくうなずいた。
ファイトも苦笑してから、同じように首を縦に振った。
「じゃあ、材料を準備しますね。くず鉄なんかは商店に置いてあるので、取りに行ってきます」
「わかった。そういえば、この桶は作り直すんだよね。材料はどうするの?」
木部が柔らかくなっている絞り機に手を当てたファイトは、首をかしげた。
「あー、結構木材が必要なんですが……。こういう桶の木材って、木の種類も決まっていますよね?」
ウイスキーなんかだと、木材の香りも重視していたような記憶がある。
階段の入り口に、ベルントの手と、丸っこい耳のついた頭が見える。
聞かれたファイトはカイを見たままうなずいた。
「そうだね。うちの工房は、オークを使ってるんだ。南の森にはトウヒが多いから、あんまり村にはないかも」
トウヒは針葉樹で、北の方にあるヴィーグ村の周辺にも多い。
オークは広葉樹なので、あまり見かけない。
「うーん、村の倉庫にあったかどうか覚えていなくて。すみません、木材を売ってもらうついでに、役場に確認しに行ってきます」
柵の修理に使っていたのは、トウヒだった気がする。
村の倉庫に入ったことはあるが、ほかの木材があったかどうかまでは覚えていない。
「そっか。オークがないと修理も難しいね。でも、今年は白ブドウも赤ブドウも多めにできてるって話だから、直せないと困るな」
ファイトはへにょりと眉を下げ、ふっさりした尻尾もストンと落とした。
「そうですよね。もしなかったらどうしましょうか。とりあえずこのまま使いますか?」
カイがそう言うと、階段から一歩踏み出してくる足音がした。
「工房用に、オークの木材は確保してある。役場にいちいち聞く必要もない」
のっそりとやって来たのは、先ほどから覗き見をしていたベルントだった。
どうやら、カイとファイトの問答に我慢できなくなって出てきたらしい。
おおむね計画通りである。
「ベルントさん。それは、村の木材倉庫に置いてあるんですか?」
「そうだ。別に分けてあるから、見たらわかるはずだ」
腕を組んでうなずくベルントだが、頬が片方だけほんのり赤い。
壁につけていたからだろう。
「木材は確保してあるんだね。……父さん、ぼくは知らなかったよ」
ファイトは、途中で小さく息を吸い込んで言った。
「どうということはない、ただの記憶だ。お前ならすぐ覚えるだろう」
どこか投げやりに言うベルントに、ファイトは引き下がらずに言いつのった。
「そんなことないよ。絞り方のコツだって、聞いたけど結局わからなかったし」
ファイトが一歩前に出たら、ベルントは首を横に振った。
「ただの経験だ。やっていけば身につくもんだから、お前なら大丈夫だろ」
そう言われたファイトが助けを求めるようにカイを見た。
だからカイは、一つ力強くうなずいた。
「父さん。ぼくはまだいろいろ知らないんだよ。スキルはあるけど、それは今の発酵の度合いとか温度変化がわかるだけで、そのどれが最適かはわからない。絞り機も、結局うまく使えないんだ」
ぐっと手を握りしめたファイトは、ベルントに向かって言った。
それを聞かされたベルントは、軽く首をかしげた。
「だが、お前はワインの味をオレよりも正確に判断できるだろう。なら、それに向かって工夫すればいいだけだ」
「そりゃ、スキルで絞ったものが良いか悪いかはわかるよ。ワインの味の良し悪しも、見ただけでわかる。でも、どうしたら良くなるのかは知らないんだ。村の産業なのに、全部実験に使って売り物にならない、なんてダメだろう?だからちゃんと教えてよ。兄さんにも教えたんだろ?ぼくだって教わりたい」
ファイトは、語りながら一歩前に出た。
背はファイトの方が高いが、どっしり構えるベルントはびくともせず、じっと息子を見上げていた。
「お前は……。今まで、遠慮してスキルを使っていないだけじゃなかったのか?」
今度は、ファイトが首をかしげた。
「え?僕のスキルでできることは、ワインを作るときの樽の中の状態を正確に把握できるのと、作ったワインの良し悪しを判断できることだけだよ。スキルで作ったりなんてできないけど」
「そうだったのか?オレはてっきり……」
ベルントは、ぺしょんと尻尾を下げた。
「作るのに使えるなら、もっと早く使ってたよ!父さんが腰を悪くしながらも必死に絞り機を使ってたときとか、兄さんの結婚祝いのワインを準備したときとか」
ファイトは口を尖らせた。
どうやら、ベルントはファイトが父親の仕事に配慮してスキルを封じていると思い込んでいたらしい。
なまじ、ワインの評価を正確にしてみせていたので、誤解したままになっていたようだ。
「オレが腰を悪くしたときは、ファイトが絞ると言ってくれたから横から口を出していたな。だが、結局オレが手を出したんだった」
「そうだよ。ぼくのスキルは醸造関係の中ではかなり下の方なんだから。『醸造職人』とか、『酒作りの名手』とかなら、作るのまでスキルでできるんだろうけど」
拗ねるように言ったファイトを見て、ベルントは肩の力を抜いてから仕方なさそうに微笑んだ。
「ワインの良し悪しについて細かいところまでよく知ってるもんだから、もうできるもんだと思い込んでた。ファイト、悪かったな」
「ううん。ぼくも、父さんはわかってると思って、ちゃんと言わずに甘えてたんだ。ごめん。これからも、もっと教えて欲しい」
へにょりと眉を下げたファイトは、ふわりと尻尾を揺らした。
「しょうがねぇな。まだいろいろ仕込んでやらんといかんな。スキルは別にしても、絞るコツとか、ロゼにする分のブドウの選別とか、そのあたりは言い足りないと思っていたんだ」
やる気になったらしいベルントは、沈んだような雰囲気を一変させ、胸を張って右手の拳で左掌をバシン、と打った。
その力強い音に、カイは思わず目を丸くした。
ぶっちゃけ、自分でやったら絶対痛そうな音がした。
「父さん、教えて欲しいけど、しごくのは勘弁してよ」
そう言いながらも、ファイトの頬は緩んでいる。
「ははは!そのときはまた言え。オレも必要な理由をちゃんと言う」
ベルントがファイトの背をポンポンと叩いた。
「痛っ!もう、自分のスキルをちゃんと認識しておいてよ」
仕草はポンポンだったが、音は『ドンドン』に近かった。
さすが剛腕である。
二人の様子を見て、カイはホッとした。
同時に、ほんの少しだけ羨ましくも思った。
「もう二十三にもなって、甘えたファイトが戻ってきたか?オレにとっちゃあ、ファイトもゲラルトも、いつまでも可愛い息子だがな!」
「父さん!何年前の話を蒸し返すんだよ」
ファイトは抗議するようにベルントを軽く睨んだ。
「おう、カイ。聞いてくれ。こいつはこんなにでっかく育ったんだが、そりゃもうころっとして可愛い、女の子みたいな子でな。村中から可愛がられてたんだ」
「またその話?もういいよ。いまだにイーリスさんには『ファイちゃん』って呼ばれてるんだから」
堅い空気のなくなった二人に、カイは笑顔を向けた。
「可愛かったんでしょうね」
狸の耳とふさふさ尻尾を持ったころころの幼児なんて、超絶可愛かったに違いない。
「カイまで!」
ファイトは憤慨したように言ったが、表情はどこか嬉しそうに緩んでいた。




