第102話 「ほんものの、エルフ……」
「手形って、そういう小さなものなんですね」
手の中に収まる小さなカードは、持ち歩きには便利そうだが下手をすると失くしてしまいそうだ。
「昔は本当に手形だったらしい。魔力を乗せておけば取り違えることはないからな。だが、ハルトがこの形を提案して魔道具職人に作らせた。あやつは、手形ではなく『あいしいかあど』と呼んでおったな。あまり定着しなくて、結局手形と呼ばれておる」
カイの後ろから声をかけてきたのはセリスだ。
「セリスさん。皆さんで森に?」
「ああ。ウォークトレントは、まだしばらく花をつけそうにないな」
ふわりと微笑んだセリスを、ゼラフィーネの兄は唖然と見ていた。
その気持ちはよくわかる。
カイも含めて村人はかなり慣れたが、ふとしたときにうっかりドキッとするほど、セリスは美しいのである。
「元の手形はまあ、魔道具未満というか、魔力しか判断材料がなかったし、持ち主が正しいかもわからなかった。あやつはいろいろ説明しておったが、要するに持ち主の判別までできる手形だよ」
セリスが説明すると、ゼラフィーネは嬉しそうにうなずいた。
「ほんだら、これはあーし専用ってわけですね。こないだお役人さんが持ってきとった魔道具って、この手形用だったってことですか?」
「そうだな。あれで持ち主の魔力を登録するんだ」
うなずいたセリスは、プラチナ色の髪をさらりと揺らした。
つまり、なりすましができないようにしてあるということだろう。
その様子を、ゼラフィーネの兄はぽかんとしたまま見つめていた。
「ほんものの、エルフ……」
小さく呟いた彼を、ライナーが促して移動させた。
向かうのは、元々予定していたセリスの借家である。
ゼラフィーネも、ツンとした表情のまま黙ってついてきた。
カイも呼ばれていたので、最後尾を歩いていく。
遠巻きに見ていた村人たちは、少し心配そうにこちらを見ていた。
大丈夫、というつもりでカイがうなずくと、うなずき返してそれぞれの行き先へ向かって動き出した。
セリスの借家のリビングに、ゼラフィーネとその兄が向かい合って座った。
カイは、ゼラフィーネの隣である。
セリスは少し離れたところにある一人掛けの椅子に座り、ライナーたちはリビングスペースの壁際に立った。
まるで護衛のようだ。
「それで?ゼラフィーネの兄ってことで間違いはないんだな?」
ゼラフィーネはまだ落ち着かないので、ライナーがその場を仕切った。
「そう。愚兄がすみませんね」
「ぐっ?!お前は、よくもそんな」
また噛みつき合いそうな二人を手で制し、ライナーは兄に向き合った。
「まずは、自己紹介といこうか。おれは、上級パーティのバンガードに所属する斥候でリーダーのライナー。当然だが、冒険者だ」
「私はアウレリア。同じくバンガードの斧使いだ」
アウレリアは、壁に立てかけたハルバードをポンと叩いて言った。
背の高い二人に見下ろされて、ゼラフィーネの兄は視線をうろつかせてから口を開いた。
「……俺は、マルク。ティシュラー魔道具店の魔道具職人だ」
「あーしの兄貴で、今んところは一応跡取りってことでええんかな」
含みを持たせた言い方をしたゼラフィーネを、マルクはじろりと見た。
「で、そっちの奴は?」
マルクが顎をしゃくってこちらを指したので、カイは一つ息を吐いてから口を開いた。
「僕は、この村で修理屋をしているカイです」
「修理屋……?じゃあ、お前が魔道具も修理できるとか言っている奴か」
怪しげにこちらを見るマルクに、ゼラフィーネが眉根を寄せた。
「言っとるだけと違うし。ほんとに修理できるから、辺境伯閣下にも指名されとるんだわ」
「私のゴーレム部位を修理したのもカイだぞ」
ゼラフィーネが言うと、アウレリアも援護した。
妹はともかく、冒険者のアウレリアまでそう言うならと、マルクはうなずいた。
ただし、表情は憮然としたままだ。
カイはちらりとゼラフィーネを見てから、マルクに向き合った。
「僕は物品を修理できるスキルを持っています。ただ、魔力の関係で、魔道具は一日一台修理できればいい方です」
「あー、それな。数をこなすってゆう方向に変わったら、こっちにどっかの工房を誘致するんもええかもしらん」
ゼラフィーネが続けて言うと、マルクは妹へと顔を向けた。
「だったら、早うそう言え!それでうちの工房に話を持ってくるっていうなら、親父だって焦れて俺をこんなところまで派遣しとらん!」
マルクは声を荒げたが、言い切ってから周りを見て口を閉じた。
「どこの工房に頼むかは、あーしには発言権がないんだで。どこがええかって助言を求められたら答えるけど。商人としてのプライドもあるでな、態度も技術もきちんとしたとこしか紹介できんわ」
ゼラフィーネはやれやれとばかりに首を横に振った。
「うちは、ティシュラーは、技術力のある職人が集まっているんだ。自信をもって紹介できるだろうが」
マルクは、少し自分を落ち着かせるように息を吐いた。
「まあ、ティシュラー魔道具店の名前はオレでも聞いたことがあるな。貴族御用達の魔道具を作っているところだろう?」
ライナーが、ゼラフィーネが口を開く前に言った。
そのおかげで彼女は口を閉じ、一触即発な空気が霧散した。
「そうだ。特に服を乾かす魔道具はうちが初めて作ったもので、その設計図はいまでもほかの工房が使っている」
胸を張ったマルクは、満足そうにうなずいた。
「最近は新しい魔道具なんて作っとらんけどね。というか、そもそもあの工房は修理なんか受けとらんで。今回は完全に、向こうの大陸の中古魔道具の修理だで、畑違いもええとこ違うん?」
ゼラフィーネが呆れたように言うと、マルクは一瞬言葉を飲み込んでからもう一度口を開いた。
「事業を拡げるんだよ。新しいことには手を出さない親父が、珍しく修理の請負には興味を持ったらしい。それなら、跡取りとしては伝手を辿ってでも修理をうちで受けられるよう動くのが道理だろう」
なるほど、言いたいことはわからないでもない。
「その伝手があーしっていうんは安直すぎるし、楽な方に流されとるで。こんなとこまで来んでも、ヴェルクシュタト町の魔道具ギルドにだって修理の依頼なんていくらでもあるでしょ」
「……あそこからの依頼は、他の工房が持っていくだろう。そこから奪うのは違うって親父が」
ゼラフィーネの実家の工房は、ワンマン社長な父親が切り回しているのだろうか。
マルクの言動には、常に父親の判断があるように感じる。
跡取りというなら、もう少し自分で判断して動ける裁量を与えられて然るべきだと思うのだが、それをしないのかできないのか、マルクは常に父親の意見を前提にしているようだ。
「あー、そのあたりは工房で話してほしい。ここで言い合っても、何も解決しない。今回話すのはそういうことじゃないんだろう?」
ライナーが、逸れた話を戻そうとして言った。
ゼラフィーネはうなずき、もう一度兄に向き合った。
「とりあえず、カイが修理屋で、魔道具を修理できるっていうんは、もう報告書を送ったんだわ。ほんで、修理工房としてティシュラーを紹介することはできん。辺境伯閣下が決めることだで、あーしも嘘は言えんでな」
「その修理屋が本当に修理できるってことは一旦理解した。だが、今後修理事業が大きくなるなら、うちの工房を第一として推薦すべきだ!職人は揃ってる」
マルクは自信があるようで、強く言った。
「製作の職人がな。それに、今回の依頼は本当にこっちの修理屋が魔道具を修理できるのかどうか調べてこいっていうんだった。修理の依頼を寄こせっていうのは、別の話だわ」
「依頼はそうかもしれんけど、こっちにも希望があるし、引き受けられるだけの余力もあると言うとろうが!」
ゼラフィーネとマルクは言い合いになり、結局その場では結論が出なかった。





