第101話 「数字出されたら、商人としちゃあ黙るしかないね」
次の日、カイはセリスの借家に向かった。
『めんどくさいけど一気に説明した方が後々楽だろうから』と言うゼラフィーネに呼ばれたのである。
プライベートな話になるので、室内で話そうということになったのだ。
昼過ぎでいいと言われていたが、少し元気のないゼラフィーネが気になったので早めにやって来た。
中央通りにさしかかったところで聞こえてきた声に、カイは思わず眉根を寄せた。
「魔道具の修理なら、うちに話を回せばいいだろう!少しは工房のことも考えろ、親父だってわざわざお前に窓口を頼んでやっているだろうが」
大声をあげているのは、ゼラフィーネの兄だ。
どうやら、待ちきれずに道端で話しているらしい。
ちょうど昼どきなので、遠巻きに見ている村人も少なくない。
「その話を最初にしたんは確かにあーしだけど、主体で動くって決めたんは辺境伯閣下なんよ。ただの魔道具商人のあーしが、お貴族様から『仕事を手伝え』って言われて断れると思う?」
「だが、修理に使う工房をどこにするかくらいは提案できたはずだ」
声の方へ近づいていくと、道の端に寄ってはいるが、二人とも立って話していた。
男性の方は、今日はローブを着ておらず、シンプルなシャツとズボンだ。
ゼラフィーネと同じ、蝙蝠のような羽が背中にあるのが見えた。
「あーしが提案する前に、あちらさんはもう全部検討しとったんよ。輸送費とやり取りする時間を考えたら、領地内で対応するんがええってさ。数字出されたら、商人としちゃあ黙るしかないね」
ゼラフィーネがそう言うと、男性は一瞬納得したようにうなずきかけた。
しかしすぐに首を横に振って、ゼラフィーネを見下ろした。
「それでも、歴史は信頼につながる。多少金がかかっても、魔道具に関してなら信頼の方が重要だろう。特に顧客のほとんどが貴族なんだ、つながりと信頼が重要だと親父も言っていたぞ」
「辺境伯閣下が窓口として全面的に表に出るんだから、商品さえきちんとしとれば、どこで修理しとっても誰も気にせんでしょうよ」
「む……いやしかし、新規顧客の開拓はどこの工房も重要課題なんだ。親父だってよく言っているが、育ててもらった恩だってあるだろう。少しは還元してもいいはずだ」
男性の言葉に眉毛を片方だけ上げて睨み上げたゼラフィーネは、カイに気がついた。
「カイ、こっち。兄貴、場所変えよう」
「いや、待て。ここで話が変わっても困る。商人にしかなれなかったお前風情でも、親父はそれなりに期待しているんだ。事業の中心に潜り込めたのなら、やはり恩返しも込めてうちの工房を噛ませるべきだ」
む、と眉を寄せたゼラフィーネは、腕を組んだ。
「育ててもらった恩とか言うけど、あーしはもうそれ、返し終わっとるし。ちゃあんと赤ん坊のときからどんだけの養育費がかかったか計算して、それに色付けて返し終わったわ」
「また金か。育てるには時間もかかってるはずだぞ」
兄の言葉に、ゼラフィーネはため息を吐いた。
「学費も家賃も計算して入れたったわ。それに、親父たちは爺ちゃん婆ちゃんに、一体何を返したん?」
「は?」
男性は、ぽかんと口を開けた。
「あーしが見てきた限りでは、何も返しとらん。隠居先の家だって生活費だって、爺ちゃん婆ちゃんは自分らの貯金でやりくりしとる。孫の顔を見せた?工房の跡を継いだ?それが恩返しなら、工房の継続に必要な資金を『これまで育ててくれた分』って言って渡したあーしは、大恩返しできとるな」
ゼラフィーネは胸を張った。
「なっ……。本当に、親父の言う通り商人というやつは金ばかりだな。それに、そうだ。もっと早く報告することだってできただろう?途中経過を送るくらいのことはしてもいいはずだ」
男性は、ぎゅっと眉根を寄せた。
「それこそ、契約書には何も書いとらんかった。親父がサインしたんだから、責任者は親父だで。文句あるんなら親父に言うべきだわ」
「書いたことしかやらないのか?親父も言ってたぞ、金にがめついばかりじゃ商人としてもたかが知れてるってな。少しくらい融通をきかせろと言っているんだ」
言いたいことはわかるが、それはサービスを受ける側が要求することではないと思う。
カイは、二人から一歩離れたところで立ち止まった。
会話を中断させるべきかと口を開きかけたが、ゼラフィーネは手のひらをこちらに向けて制止した。
彼女の表情は冷静なので、一区切りつくまで待つ方がいいのだろう。
「依頼料すら値切っとるのに、融通まで?そりゃあ無理ってもんだで。ああ、契約書の原本は商業ギルドに預けてあるし、改ざんしよったら、商人を敵に回すでな。さすがの老舗工房でも、何もまともに売れんくなるんだわ」
訂正。
鼻で笑って見せたゼラフィーネは、堪忍袋の緒が切れているようだった。
「は?改ざんなんか、親父がするわけないがね!それに、うちの工房は品質が段違いなんだわ!親父だって職人衆だって、そう言っとったんだで?!ギルドの見る目がないもんで、いっつも安う買い叩きよるだけだがね!」
兄が突然方言になったので、カイはゼラフィーネを止めようと上げた手をそのままに、思わず目を瞬いた。
「そんなことわからんで。『言い負かされるくらいなら、書き換えたろ』くらいのこと思いそうだわ。あと、値段はしょうがないんだわ。品質の違いはその通り。だってほかの工房の方が技術力高いもん。歴史じゃあ、魔道具の品質は上がらんでな」
鼻の上にしわを寄せて、ゼラフィーネは言い放った。
男性は、唇をわななかせた。
「こっ、こ、こんのクソたわけが!!俺たちの工房はヴェルクシュタト一の歴史を持つ、本家本元なんだゃ!ろくに作れもせん、売りつけることしかできんくせに、偉そうに評価すんな!」
男性が腕を振りかぶったので、カイは慌ててゼラフィーネの腕を引っ張って、二人の間に体を滑り込ませた。
後ろからの衝撃に備えて歯を食いしばったが、何も起こらなかった。
「ぐ、放せっ」
そおっと顔だけで振り向くと、振り上げた男性の拳は、横から伸びたゴーレム部位の手に握られていた。
その逆側の腕は、別の人物が取り押さえている。
「こんな往来で騒ぎ過ぎだ。あげく暴力沙汰とは、見るに堪えん。ゼラフィーネも落ち着け」
男性の手を掴んだままのアウレリアは、ふう、とため息を吐いて男性の手を下ろさせた。
「あんたもちょっと落ち着け。店の看板背負って来てるんだろう」
逆側の腕を持ったまま、男性の肩を軽く叩いたのはライナーだ。
「あんたらには関係ないがね。放してくれ」
男性は身じろぎしたが、二人は手を離さなかった。
「まったく関係がないとは言えない。ギルド経由でゼラフィーネに手紙を預かってきたんだ、領主から」
アウレリアは、右手で腰のポーチから封蝋が押された封筒を取り出した。
紙もかなり高級そうだ。
「辺境伯閣下から?ああ、契約書の写しかね」
ゼラフィーネは、軽く言って受け取り、ピッと開いた。
中に入っていたのは、二枚の紙と一枚のカード。
「あ、こっちは手形だわ。あーし専用で、何かあったら直接来いってさ」
ゼラフィーネが取り出したカードからは、ほのかに魔力が感じられた。
貴族直通の手形を持つということは、御用達になったのと同義である。
ゼラフィーネの兄は、口をぽかんと開けてカードとゼラフィーネを見比べていた。





