第100話 既視感のある顔立ちだ。
魔道具の輸入業に関しては、向こうの大陸とのやり取りも必要なので、すぐには動かない。
まだしばらく、カイは村での仕事をのんびりこなしていればいいかと思っていたのだが、そんな平和は長くは続かなかった。
ぶどうや小麦の収穫も始まり、秋にさしかかったある日の夕方、その人は王都方面から乗り合い馬車に乗ってやってきた。
乗り合い馬車は、辺境伯領内の町を結ぶ公共交通機関だ。
領地の中を巡っており、ツーレツト町には週に一度来るかどうかという頻度である。
ヴィーグ村の横の街道を通り過ぎるだけなので、珍しく村のすぐそばで留まった乗り合い馬車を見て、村人たちは首をかしげた。
「まったく、こんな辺境まで来ることになるとは」
ブツクサと文句を言いながら降りてきたのは、少し背の高い魔人だ。
角が邪魔になるのかフードは首の後ろに垂らし、ローブについた砂埃を手で払っていた。
短く切られた赤い髪もそうだが、既視感のある顔立ちだ。
遠巻きに見ていた他の人たちも、同じことを思ったのだろう。
カイとしては、彼がどう出るのか分からないので今は何も判断できないが、ゼラフィーネの話を聞いた限りではあまり歓迎できそうにない。
買い物や仕事帰りの人たちと顔を見合わせて、どうしたものかと思っていると、違う方向から声が響いた。
「手紙はちゃんと出したけど?そろそろ届くはずなのに待てんかったんか?せっかちすぎだて、兄貴」
そこには、腰に手を当てたゼラフィーネがいた。
魔人の男性がもったいぶって口を開く前に、横からゼラフィーネに話しかける人がいた。
「あら、やっぱりゼラちゃんのお兄さんなの?」
にこにことした笑顔で言ったのは、イーリスだ。
「はい。魔道具の組み立てを担当しとる職人です。馬車を乗り継いだら三週間近くかかるもんで、報告の手紙と入れ違いですね」
ゼラフィーネは、故郷に戻らずに報告書だけを送っていた。
報告の往復だけで一ヶ月以上もかけるのは無駄だ、と嫌そうに言い切ったのである。
「んんっ。ゼラフィーネ、報告が遅すぎる。なぜまだこの村にいるんだ。親父がまだかと怒っていたぞ」
咳払いをしてからずかずかと近づいてきた男性は、担いだ荷物をどさりと地面に下ろした。
「その話はもう終わったんよ。二週間も前に、ちゃんと報告書にして送ったわ」
堂々としているようだが、ゼラフィーネの声にはいつもより張りがない。
イーリスは、ゼラフィーネのすぐ後ろに体を引いた。
「手紙?報告だぞ、お前が直接説明するのが筋だろう」
男性は、眉根を寄せて腕を組んだ。
頭にある角の形が、ゼラフィーネと同じだ。
「契約では、報告の形態に指定がなかったもんでね。あーしは契約書の通りにするって、何回も確認したんよ」
ゼラフィーネがそう言うと、男性はさらに顔を歪めた。
「まったく。親父の言う通り、商人というやつは口が減らんな。で?戻らないということは、噂は嘘で、新しく修理を受ける仕事でもあるのか?お前なんかでうまくいくのかは知らんが」
やれやれ、とばかりに首を振った男性の言葉には答えず、ゼラフィーネは片眉をひょいと上げた。
話を聞いていた村の人たちは、男性とカイを見比べた。
「ほんとにせっかちすぎなんだで。それより、兄貴はどこに泊まるん?この村には宿とかないんだわ」
肩をすくめて言ったゼラフィーネは、呆れたような視線を兄に向けた。
「は?この村に宿屋がない?」
男性は目を丸くした。
「ないよ。観光地でもない場所だから、よくあることだがね」
カイは、ゼラフィーネの言葉に思わずうなずいた。
国中を旅してきた限りでは、交通の要所でもない小さな村には宿がないことの方が多かった。
当然、そういう場合は野宿かテント泊だ。
「ちっ。そういうお前はこの村に泊まっているんじゃないのか?」
小さく舌打ちした男性は、ゼラフィーネをじろりと見た。
「あーしは、村に長期滞在しとる人の部屋を間借りしとるんだわ。そっちがええんなら、一回頼んでみてあげてもええけど?」
ゆっくりと首をかしげたゼラフィーネに、男性は何かを言いかけて口を閉じ、彼女の後ろに立つ笑顔のイーリスを見て一つため息を吐いた。
「いや、いい。どうせ相手をうまく言いくるめたのだろうが、ただでさえお前が迷惑をかけているのに、俺まで押しかけるのは違うだろう」
男性は、ちらりとツーレツト町の方を見た。
どうやら、ここが往来だと思い出したらしい。
「そう。とりあえず報告は終わっとるし、もうわざわざあーしに聞くこともないんじゃないの?」
だからさっさと帰れ、とばかりに、ゼラフィーネは羽をぱたりと揺らした。
「いや、まだ詳しく聞いていない。親父から言われてることもあるしな。明日もう一度来るから、逃げるなよ」
偉そうに言った男性は、睨むように目を細めた。
「これ以上話すこともないけども。それより、早う行った方がええと思うよ。下手したら町の外で野宿だで」
ひらひら、と手を振るゼラフィーネを見て、男性は地面に下ろした荷物をゆっくりと担ぎ直した。
「こっちには話すことがある。親父の言う通り、おまえは上手くしゃべってしゃべらせることが仕事なんだろう、それくらい理解しろ。とにかく明日だ」
男性は、すたすたと街道に向かって歩きだした。
兄の背中を見送ったゼラフィーネは、彼が遠ざかってからこちらを振り向いた。
「お騒がせしてすみません。明日も来るらしいですけど、なるべくうるさくないようにしますんで」
軽く頭を下げたゼラフィーネを見て、村人たちは口々に気にしないでいい、と言った。
イーリスもゼラフィーネに声をかけ、笑顔で帰っていった。
カイがどう言おうかと思っていると、商店の方からヒルダが出てきた。
「なんか、ゼラフィーネに当たり強くない?ヤな感じ。本当にお兄さんなの?」
不機嫌な表情のヒルダは、尻尾をピンと立てていた。
それは、カイも思ったが口に出さずにいたことだ。
「ん、ほんとに兄貴。あれでもねぇ、マシな方なんよ。親父は王様商売を家庭に持ち込んどるんで話にならんし、他の職人だったらもっと商人をバカにしてくるもんで」
肩をすくめるゼラフィーネに、カイは思わず聞き返した。
「王様商売?」
「そう、王様商売。『このワシが作ったで、ありがたく高く買うがよ!』って、職人が作った魔道具並べて、自分は偉そうに座っとる感じ」
なるほど、殿様商売ということらしい。
「ああ、勘違いした職人によくある感じのやつね。しかも自分は作ってないんだ」
ヒルダは商人として覚えがあるのだろう、渋い顔でうなずいた。
「作るスキルは持っとるはずなんだけどね。全体を管理するんが長の仕事だとかなんとか言うとった。あーしは、単に技術で職人に劣るだけだとにらんどる。兄貴は職人に交ざっとるから、あの人たちの影響も受けとるけど、なんだかんだ温室のおぼっちゃま育ちだもんで、適当に誤魔化せるんよね」
にしし、とゼラフィーネは笑った。
「確かに、さっきも話が変わって宿を探すことになったね」
カイもうなずいた。
彼がそのまま文句を続けそうなところを、宿の話にすり替えられていた。
ゼラフィーネの言う通り、由緒ある家の箱入り息子なら、あまり人を疑わない素直さがあるのかもしれない。
妹を下に見ているつもりなのに、実はその妹にいいようにあしらわれているとは、本人も気づいていないのだろう。
「でも、やっぱりあの言い方はないわ。あんなあからさまに商人を下に見てる職人なんて久しぶりに見たわよ」
む、とヒルダは下唇を突き出した。
「ごめんね、兄貴の教育がなっとらんくて」
ゼラフィーネは苦笑した。
「もう、ゼラフィーネが謝ることじゃないでしょ。子どもの不始末は親のせい、って言いたいところだけど、成人して何年も経ってるならそうも言えないわね」
首を横に振ったヒルダは、ゼラフィーネを見た。
「あーしは、商人の師匠に連れ出してもらって色々気づいたんだで。兄貴、多分今回が初めての長距離旅行じゃないかな。ほんだら、これで周りが見えてくるかもしらんね」
ぱたぱた、と羽を動かしたゼラフィーネは、期待するように言った。
なるほど、ゼラフィーネとは違う形で、彼女の兄も歪んだ教育の犠牲者なのだろう。
だからといって、あの態度で良いとは言えないが。
カイは、何とも言えない感情を抱えたまま、ゼラフィーネの兄が立ち去った方向を見た。





