第103話 誰かの考えを変えるのは、とても難しい。
ライナーが間に入って止め、また後日と話をつけてマルクを連れ出した。
それを見送ってから、ゼラフィーネは頭を下げた。
兄と同じ真っ赤な髪が、さらりと肩から落ちた。
「申し訳ない!ここにおるんが兄貴だけだと思ったら箍が外れたみたいで」
「いえ、お気になさらず」
カイは首を横に振った。
「ああ、気にする必要はない。可愛い言い争いだ。よく喧嘩をするのか?」
柔らかく微笑んで答えたのはセリスである。
アウレリアは肩をすくめただけだ。
「いやぁ、実家ではむしろほとんど会話しとらんっていうか。あーしは、いわば外に出た娘だもんで、用事があるとき以外はほとんどあの家に行かんし。子どもの頃も、兄貴は勉強と修行で、あーしと一緒に過ごすことなんてなかったんだわ」
ゼラフィーネは、思い出すように斜め上を見た。
「それは、スキルを判定する前からだったんですか?」
ゼラフィーネのスキルがわかってから冷遇されていたと思っていたので、カイは首をかしげた。
「まあ、古い考えを有り難がっとる家だで。後継ぎは男で、女は嫁に出すもんだってな。最低限の読み書き算数のほかは、家の雑用を手伝わされるんが普通だった。あーしはもっと勉強したかったけど、当たり前に却下された」
どうやら、魔道具系スキル至上主義に加えて男尊女卑も絡まっているらしい。
「それはまた随分と偏狭だな。自分で自分の首を絞めているんじゃないか?」
アウレリアが、眉根を寄せて腕を組んだ。
カイもうなずいた。
「まあ、それが色々な原因でもあるんでしょ。ほかの工房はいろいろと方法を変えて進化していっとるっていうのに、同じまんまでええわけがないんだわ」
ゼラフィーネは、呆れたように首を横に振った。
「伝統そのものは悪くないですけどね。独自の技術とか知識、心意気なんかはそれこそ引き継いでいくものだと思いますし」
「……価値があればね」
カイの言葉に、ゼラフィーネは一瞬考えてから同意した。
先人の知恵とは、たくさんの人の失敗と成功の積み重ねから成っている。
何を残すか、何を変えるか、それは今を生きるひとが常に考えていくべきことだ。
「まあ、一概には言えぬものだな。変化は進化につながるが、長く受け継ぐものはそれだけで価値になる場合もある」
セリスは、ゆっくりとうなずきながら言った。
長い耳が、髪の隙間からちらりと見えた。
「ま、あの工房の伝統は受け継ぐ価値なんぞないわ。年長者の言うことが全部正しくて、グチグチと過去のことまで掘り返して詰めるのが『お叱り』で、技術を磨かんくなることが『貫禄』らしいからね」
ゼラフィーネは、やれやれとばかりに首を横に振った。
セリスは苦笑し、アウレリアは肩をすくめた。
一度口を閉じてから、ゼラフィーネはさらに続けた。
「あーしは、兄貴はこっち側だと思ってたんだわ。自分の意思なんか無視されて、親の思い通りにさせられてるっていう。でも、あれは洗脳されとるっていう認識もない。何かってゆうと『親父がー』って。どうしたもんかね」
肩を落とすゼラフィーネに、アウレリアは拳を作って見せた。
ゴーレム部位がキラリと光を反射する。
「『お前はファザコンか?!』と言って、一回くらい思い切り殴るか?吹っ飛ばせば、ショックで考えが変わるかもしれない」
「あはは、いや、やり方。いうて、あーしの細腕じゃあ大した効果はなさそうだし、アウレリアに頼んだら兄貴が物理的に再起不能になりそう。あーしはすっきりするけど!」
ゼラフィーネは思わずといった風に笑った。
「本人が納得しておるなら、そのままにしておいても良いと思うが。ゼラフィーネは、肉親への情が篤いのだな」
セリスは、優しい目でゼラフィーネを見た。
複雑な感情を飲み込もうとしているゼラフィーネを見ながら、カイは何も言えずにいた。
誰かの考えを変えるのは、とても難しい。
それが長年続いたものなら、なおさらである。
結局、「マルクさんが、現状がおかしいと気づいてくれるといいんですが」と、当たり障りのないことしか言えなかった。
次の日、カイはツーレツト町にいた。
仕事ではなく、冒険者ギルドへお金を預けに来たのである。
ほとんど身分証および銀行としてしか利用していないが、この大陸内ならどこでも対応してくれるので便利なのだ。
朝のラッシュが過ぎたギルドは空いていたので、すぐに手続きが終わった。
昼食に、海産物の屋台で色々と買おうと思いながら通りを歩いていると、とある宿屋の一階にある食堂の外席に、見覚えのある人がいた。
赤い短髪に赤い角、背中には小さな黒い羽。
ちょうど日陰になるその席に背中を丸めるようにして座っているのは、マルクだ。
やはり魔人は珍しいのだろう、通りの人たちはチラチラと彼に視線を向けていた。
マルクは周りを気にすることなく、何やら道具を机に広げ、小さな部品をペンチのような道具でいじっているようだった。
ちらりと見えたのは、長さの揃った細い針金と、マルクの手には少し小さそうに見える年季の入ったペンチ。
滑り止め用だろう、持ち手のところに革を巻いてあるが、それもかなりボロボロだ。
気づいてしまったからには、無視するのも気になってしまう。
カイは、ゆっくりと足を宿屋に向けた。
「こんにちは。お仕事ですか?」
カイが声をかけると、マルクは手元の作業を終わらせてからこちらを見た。
「なんだ、修理屋か。さすがにこんなところまで仕事は持ってきていない。まあ、アクセサリーのパーツとして売るが、どちらかというと技術を忘れないようにする、ただの練習だ」
言いながらも、マルクは箱に入った針金を一つ取り出した。
もう一つの箱には、花の形や渦巻き、唐草模様のような流線形のものなど、様々な形のパーツが入っている。
なんとなく、カイはゼラフィーネが昨日言っていたことがわかった気がした。
マルクは、現状維持だけを目指しているような工房のあり方に染まっておらず、『こうあるべき』と言われた新人技術者の修行を真面目にこなしているらしい。
こんなところに来てまで練習とは、もはやワーカーホリックではないだろうか。
「魔道具の部品って細かいですし、貴族用ともなれば、部品一つずつが専用になるんでしょうね」
カイは、アウレリアのゴーレム部位と、セリスの村の自動耕運機しか見たことはない。
ただ、貴族は見栄もあって、すべてオーダーだろうとあたりをつけただけだ。
「そう、そうなんだ。何なら、以前と全く同じ魔道具をと言われることもあるから、古い技術を忘れないようにしておかないといけない。そういう手作業は、職人が引き継いでいくほかない。作り方まですべてわかるスキルは極稀だからな。それこそ王宮お抱えの魔道具職人でもなければ」
うん、うん、と満足そうにうなずきながら、マルクはもう一本針金を手に持ち、あっという間にバラのような花を作り上げた。
「すごい技術ですね。そのペンチも専用なんですか?」
カイは、思わず見入ってしまった。
職人の技術は、見ているだけで楽しい。
「ん?ああ、これはまあ、練習用だ。細工用だが普通のものだな」
ちらりとペンチとカイを見比べて、マルクは照れたように口元を緩めた。
「へえ。左右の先端の長さが違うものなんですね」
ただ単に、珍しいな、と思った。
しかし、マルクは気が付いたようにペンチを見てから苦笑した。
「いや、これは単純に壊れただけだ。本番用には向かないが、練習ならこれでも良いからな」
「そうなんですね。よければ、修理しましょうか?」
そんなに大切にしている道具なら、きっと直した方が良い。
いつも通り、そう思って口に出しただけだった。
しかしマルクは、思ってもいないことを言われたのかぽかんとこちらを見上げた。
「これを……?いやでも、直すにしてもこの先端だけ継ぐのは難しいと言われたんだ。親父にも、さっさと捨てろと言われたし」
カイは、思わず目を瞬いた。
どうやら、マルクはゼラフィーネが思っているほど父親の言いなりというわけではないようだ。





