第9話 オフ会、行けませんでした
「――オフ会?」
週半ばのギルドチャットに投下されたその単語に、私は思わずスマホを握り直した。
ちくわ:ええ、たまにはゲームの外で美味しいものでも食べながら、親睦を深めませんかと思いましてねぇ
アキ:え、オフ会ですか!? リアルの詮索禁止の掟は……!?
ちくわ:はっはっは! もちろん掟は継続ですよ。本名や会社、年齢などの詮索は一切ナシ! お互いをハンドルネームで呼び合って、ただ『ゲームの話をしながら美味しいケーキを食べる会』です!
レイナ:そうそう。ハンドルネームで呼んで、ゲームの話だけしてサクッと解散。そういう大人のオフ会よ。ちょうど週末に夫が子供連れて実家帰るから、あたしは行けるわよ
ぽてと:ぼくも行きたい〜! 都内のカフェならどこでも〜!
ちくわ:もちろん自由参加、ドタキャンも全然OKの緩いやつです。アキちゃんやソラくんも、気が向いたら顔を出してくださいな
画面の中で、ちくわの神官アバターが朗らかに手を振る。本名も素性も聞かない、ゲームの話題だけのオフ会。それなら安心なはずなのに――その夜から、私の脳内は大パニックに陥っていた。
(ど、どうしよう……! 行ってみたい。みんなに会ってみたい……けれど……!)
もし行って、私が二十六歳の堅物マネージャーだとバレたら? いくら詮索ナシとはいえ、見た目から滲み出る社畜オーラで、みんなが抱いている「ちょっと手のかかる可愛い初心者アキちゃん」のイメージをぶち壊してしまうんじゃないか。そして何より――もしソラさんが来ていて、私を見てがっかりされたらどうしよう。
悩み抜いた末、私は金曜日の仕事帰り、何年ぶりか分からない「休日用の私服」を買いに商業施設のレディースフロアへと向かっていた。
「お客様、こちらの淡いラベンダーのワンピース、とてもお似合いですよ」
「あ、ありがとうございます……」
店員さんに勧められるがまま試着室に入り、鏡の前に立つ。普段の黒やネイビーのパンツスーツとは違う、柔らかいシルエットのワンピース。鏡に映る自分を見つめながら、ふと胸の奥がチクリと痛んだ。
(……私、誰に見せたくてこれを選んでるんだろう)
ソラさん? でも、彼は来るかどうかも分からないし、そもそも私たちが会う理由なんてどこにもないはずなのに。
それでも、私はそのワンピースを買って帰った。
◇
【如月 蒼真・視点】
土曜日の午後。俺はキャップを目深に被り、指定された駅前のカフェの近くまで来ていた。
本来なら、俺が行くべきじゃない。顔を出せば「プロゲーマーの如月蒼真」だと一発でバレるし、詮索禁止の掟以前にギルドの空気を壊してしまう。
だけど。
(……アキさん、来るのかな)
毎晩、チャットの向こうで一生懸命に言葉を返してくれる彼女。どんな人なのか、一目だけでも見てみたいと思ってしまった。遠くから見守るだけでいい。そう自分に言い訳をして、俺は店の前の通りへと足を進めた。
◇
【篠宮 亜紀・視点】
ガラス張りのカフェの前に立ち、私はすっかり足をすくませていた。
店内の窓際テーブルに、それらしきグループが見える。穏やかで人の良さそうな初老の男性。黒髪ショートでシュッとした綺麗な女性。丸眼鏡をかけた優しそうな青年。
みんな楽しそうに笑い合っている。とても温かくて、素敵な光景だ。
――だけど、どうしても最後の一歩が踏み出せない。
(やっぱり……ダメだ。私が入っていったら、みんな気を遣っちゃう……)
胸がぎゅっと縮こまる。私はくるりと踵を返し、逃げるように店の前から歩き出した。
その時。
路地の角から出てきた黒いパーカー姿の長身の男性と、ドンッと肩がぶつかった。
「っ……すみません!」
「…………いえ」
俯いたまま慌てて謝ると、相手の男性はキャップの下から低く掠れた声で短く返し、そのまま足早にすれ違っていった。
肌寒い秋風が、二人の間を吹き抜ける。それが、毎晩隣で剣を振るってくれている「ソラ」その人だとは、露ほども知らずに。
◇
その夜、二十二時。自室のベッドでログインすると、ギルドチャットは昼のオフ会の話題で持ちきりだった。
レイナ:ちくわさん、写真とイメージ違いすぎて笑ったわ
ちくわ:いやはや、ただの枯れ木のようなおじさんで恐縮です
ぽてと:楽しかったね〜! ケーキ美味しかった〜!
楽しそうなログを見つめながら、私は申し訳なさでいっぱいになりながら文字を打った。
アキ:皆さん、今日は行けなくて本当にすみませんでした……!
ソラ:俺も行けなくてすみませんでした
レイナ:あんたたち、揃いも揃ってドタキャン組ね。ほんと息ぴったりなんだから
レイナのからかいチャットに苦笑いしていると、不意に、画面の端にソラからの個別チャットが届いた。
ソラ:アキさん
アキ:はい?
ソラ:次があれば、俺も行くので
ソラ:一緒に行きませんか
――えっ?
スマホを落としそうになった。あの、他人に興味がなさそうで、いつも一歩引いていたソラさんが。
一緒に行きませんか、と。
画面の文字を見つめたまま、私の心臓が早鐘のように鳴り響く。クローゼットにかかった、だれにも見せられなかったラベンダーのワンピース。その一着が、ほんの少しだけ報われたような気がした。
【今回の課金額:¥14,800(着ていく場所のなかったワンピース代)】




