第10話 スポンサー案件
「――本日から、国内最大規模のeスポーツリーグ『アストラル・プロリーグ』のメインスポンサー窓口を担当します、篠宮です」
都内にあるeスポーツ複合施設。
私はビシッと仕立てたネイビーのジャケットを纏い、名刺入れを胸の高さで構えて一礼した。会議室のテーブルの向こう側には、リーグに参加するトップチームの代表者や選手たちがずらりと顔を揃えている。
まずは、昨年の優勝チーム――『チーム・ノヴァ』のブース。
「篠宮さん、初めまして! キャプテンのRENです。今回の大規模な協賛、本当に心強いです。プロモーションの撮影でも、うちのメンバーを好きに使ってくださいね」
差し出された手を握ると、金髪のインナーカラーが鮮やかな美青年――RENが、非の打ち所のない営業用スマイルを浮かべた。ハキハキとした口調、目線を合わせた丁寧な会釈、さりげなく名刺を両手で受け取る所作。
(……すごい。二十代前半なのに、なんて完成されたビジネスマナー……!)
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。REN選手の鋭いプレイスタイル、社内でもファンが多いんですよ」
「あはは、光栄です。篠宮さんのような綺麗な方に担当していただけて、チーム一同モチベーション上がっちゃいますね」
さらりと冗談を交え、こちらの緊張を解きほぐしてくれる。社交的でスマート。これぞまさに、時代の最先端を走る花形プロゲーマーといった印象だ。
◇
一方――。
続いて訪れた、現在リーグ二位の強豪『チーム・ゼニス』のミーティングルーム。
「あ、篠宮様! チーム代表の佐々木です! ほら、蒼真、ちゃんと挨拶しなさい!」
代表の男性が慌てて促す先――部屋の窓際で、黒いチームジャージのフードを被ったまま、椅子に深く腰掛けてスマホをいじっている長身の青年がいた。
「…………」
彼はおもむろに顔を上げたが、こちらと目を合わせることすらしない。黒髪が無造作に額にかかり、彫りの深い整った顔立ちには一切の感情が乗っていなかった。
「……どうも。如月です」
ポツリと、喉の奥から絞り出すように呟くだけ。差し出した私の名刺を指先で受け取ると、デスクの上に無造作に置き、すぐにまたスマホへと視線を落としてしまった。
(……な、なにこの子。感じ悪い……!)
さっきのRENの爽やかさとの落差に、私の内心の『氷のマネージャー』がピキリと音を立てる。若くして注目されて天狗になっているタイプだろうか。仕事相手としては最もやりにくい部類だ。
「如月選手、今回のリーグプロモーションでは、試合前のインタビューやSNSでの商品紹介などもお願いすることになりますので、ご協力をお願いいたしますね」
精一杯のオフィシャルな笑顔を作って告げると、如月蒼真は視線をスマホに向けたまま、億劫そうに短く息を吐いた。
「……試合で勝てば、それでいいんじゃないですか」
「蒼真! 失礼だろ!」
「いえ、佐々木代表、大丈夫です。勝負の世界ですからね」
大人の対応で笑顔を貼り付けつつ、私の内心の手帳には『要注意・塩対応学生』と太字で刻み込まれた。
◇
打ち合わせが一段落した廊下で、華やかな声が響いた。
「ソウマく〜ん! 次のアンバサダー撮影の打ち合わせ行こ〜!」
パタパタと小走りでやってきたのは、ツインテールの毛先をピンクに染めた、小柄で抜群に愛らしい美少女。今回のリーグ公式アンバサダーを務める人気ストリーマー、姫川ミア(22)だった。
「ミア……声でかい」
「もう、相変わらず無愛想なんだから! ほら、荷物持ってあげるから早く立って!」
さっきまで鉄仮面のようだった如月蒼真が、ミアに腕を引っ張られて、気だるげながらも素直に立ち上がる。その光景を眺めていると、横にいた運営スタッフが教えてくれた。
「あの二人、幼稚園からの幼馴染なんですよ。ミアちゃん、自分の配信でも公然と『ソウマ推し』を公言してて、ファン公認の名物コンビなんです」
「……へえ、そうなんですね」
お似合いの二人。若くて、華やかで、同じ世界の光を浴びている同世代。なぜだろう。胸の奥が、ほんの少しだけチクりとざらついたような気がした。
◇
【如月 蒼真・視点】
撮影スタジオへ向かう廊下を歩きながら、俺は胸ポケットに入れた名刺を取り出した。
『篠宮 亜紀』
きっちり整ったスーツ、鋭い眼差し、隙のない完璧な敬語。スポンサーの大人なんてみんな苦手だ。
どうせ俺を客寄せパンダとしか見ていない。
――だけど。
(……この人、どっかで……?)
完璧なビジネス敬語の合間に、たまに焦って視線が泳ぐ仕草や、名刺を渡すときの妙に几帳面な間合い。なぜか、画面越しに「恐縮です!」「承知いたしました!」と慌ててキーボードを叩いているあの初心者の姿が一瞬ダブって見えた。
いや、あり得ない。
あんな完璧で冷たそうなキャリアウーマンが、ゲームの中で敵の足元で転がりながら「死んじゃいますー!」とパニックになっていたあの人と同一人物なわけがない。
俺は名刺をジャージのポケットに突っ込み、足早にスタジオへと向かった。
◇
【篠宮 亜紀・視点】
夜二十一時。
帰宅した私は、持ち帰った企画書と選手名鑑のファイルをデスクに広げていた。
ペラペラとページをめくっていく。RENの輝くような笑顔の写真。そして――一番最後のページ。
【如月 蒼真(20) / プレイヤーネーム:SOMA / ポジション:メインアタッカー】
無愛想で、生意気で、感じの悪かったあの青年。腕を組み、カメラを睨みつけるようなその写真の前で、私の指先がなぜかピタリと止まる。
「……如月、蒼真」
写真を見つめていると、昼間の仕事の疲れとモヤモヤが押し寄せてくる。私はため息をつき、逃げるようにスマホを開いた。
「あーもう、イライラする! 課金して可愛い衣装でも着せ替えてやる……!」
ポチッとショップで期間限定の髪飾りを購入する。さあ、早く『アストラル・オンライン』の世界へ行こう。あの優しくて頼もしいソラさんのところへ――。
【本日の課金額:¥3,200(仕事のストレスで久々にポチった髪飾り代)】




