第8話 課金で買えないもの
「アキさん、次の更新なんですけど」
「はい! 課金ショップの新作ですか? もうカートに入ってます!」
「……カートから出してください。今回はドロップ周回で揃えましょう」
画面の中で、ソラがやれやれと首を振るモーションを取る。
週末の夜。ギルドハウスの暖炉前で、私はスマホを握りしめながら目を丸くした。
ドロップ周回。特定のダンジョンボスを何度も何度も倒し、数パーセントの低確率で落ちるレア装備を狙うという、MMOプレイヤーの最も基本的な――そして最も時間と根気が必要な作業である。
「えっ、でもタイパが……」
「装備の性能だけ上げても意味がないって、この前身に染みたでしょう。ダンジョンのギミックを覚えながら、自分の手で拾うから愛着が湧くんですよ」
「う……それは、そうなんですが……」
会社での私なら「費用対効果に見合わない工数は即刻カット」と切り捨てるところだ。けれど、ソラに言われると不思議と反論できない。
ぽてと:わ〜い、素材集め〜? ぼくも行く〜!
ちくわ:おお、では私も回復の補助として同行いたしましょう!
レイナ:ちょうど夜泣きも収まったし、付き合ってあげるわよ。新人の装備掘りね
結局、すいみん不足の全員でダンジョンへ突撃することになった。
◇
対象のダンジョンは、古代遺跡の地下深く。巨大な石像のボスが振り下ろす棍棒を、みんなで声を掛け合って避けていく。
「アキちゃん、右から雑魚が湧いたよ!」
「任せてください、足止めします! レイナさん、広域魔法を!」
「オッケー、まとめて消し炭にしてやるわ!」
「ソラくん、ボスの大技くる〜!」
「見えてます。……アキさん、バリア展開」
「はいっ!」
ドゴォォォンッ!
派手なエフェクトが乱れ飛ぶ。一度の攻略にかかる時間は約十五分。課金アイテムならタップ一秒、三千円で手に入る装備のために、私たちは何度も、何度も同じダンジョンを駆け抜けた。
「出ない〜! 今回もただの石ころ〜!」
「はっはっは、物欲センサーがビンビンに反応してますねぇ」
「ちくわさん、それ絶対フラグだから言わないで!」
チャット欄を流れるくだらない雑談に、私はいつの間にか画面に向かって――。
「ふふっ……あはは!」
声を出して笑っていた。暗い自室の中、一人きりのベッドの上で。テレビもつけず、誰とも話さず、ただ静まり返っていた私の部屋に、自分の笑い声が響いている。
――そして、周回を始めて二時間が経過した、十回目の挑戦。
ズザザザッ……ボスが光となって崩れ落ち、宝箱が金色に輝いた。
『レアドロップ獲得:【星屑の聖なるローブ(SSR)】!』
「……出たぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
思わずベッドの上で飛び起きて叫んでしまった。
ぽてと:キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!
レイナ:長かったぁぁぁ!
ちくわ:いやはや、粘り勝ちですな!
お祝いのエモーションが乱舞する中、私の正面に歩み寄ってきたソラが、静かに一言打ち込んだ。
ソラ:おめでとうございます、アキさん
――トクン。
胸の奥が、熱く脈打つ。クレカの決済完了通知を見た時とは、まるで違う。何万円課金しても味わえなかった、心の底から満たされる感覚。
(ああ……そうか)
この時間だ。みんなでくだらない話をしながら、時間をかけて、一つの目標に向かって笑い合う。そして、ソラさんがくれる「おめでとう」の言葉。
これだけは――どんなに大金を積んでも、絶対に課金では買えない。
(……って、私、顔も知らない相手になに胸をときめかせてるのよ……!)
熱くなった両頬を両手でパチンと叩いて、必死に思考を打ち消す。相手はゲームのフレンド。私はしがない会社員。それ以上でもそれ以下でもないはずなのに。
◇
【如月 蒼真・視点】
深夜一時。ギルドのみんながログアウトし、画面の向こうのアキが「明日も早いので落ちますね!」と去っていったあと。俺は暗い部屋で、PCのモニターを見つめたまま動けずにいた。
デスクの横には、明日から始まるプロリーグ公式戦の対戦相手の分析資料が積まれている。本来なら、今夜も深夜まで個人練習に充てるべきだった。
なのに。
「……二十二時が、待ち遠しかった」
ぽつりと、誰もいない部屋に呟きが落ちる。ただの素材集めの周回が、プロのどんな白熱したスクリムよりも楽しかった。画面上で嬉しそうに飛び跳ねる彼女を見ているだけで、胸の奥の重苦しいプレッシャーが消えていくようだった。
来週からは公式大会のプロモーション期間が始まる。練習も忙しくなるし、スポンサー絡みの面倒な仕事も増える。
それでも――二十二時には、絶対にここに帰ってきたいと思ってしまっている自分がいた。
◇
【篠宮 亜紀・視点】
月曜日の朝。オフィスは週明け特有の慌ただしさに包まれていた。
いつものようにキリッとヒールを鳴らしてフロアを歩いていると、営業部長から手招きされた。
「篠宮、ちょっといいか」
「はい、部長。何でしょうか」
姿勢を正してデスクの前に立つと、部長は分厚い企画書を一束、私の前に差し出してきた。
「うちの部署で新しく大型の協賛プロモを一本預かることになってな。クライアントは大手の飲料メーカーだ。若年層向けの新規プロモーションとして、国内最大のeスポーツリーグへの年間冠スポンサーに就くことが決まった」
「eスポーツリーグ、ですか」
「ああ。競技タイトルは、今めちゃくちゃ流行ってる『アストラル・オンライン』のプロリーグだ」
――ッ!?
心臓が跳ね上がった。ポーカーフェイスを保つのに、全神経を総動員する。
「つきましては、このプロジェクトのメイン担当マネージャーを篠宮、君に任せたい」
「……え?」
「参加する各プロチームへの挨拶回りから、会場視察、PRアンバサダーとの調整まで全部だ。君の完璧なマネジメント力なら安心して任せられる。頼んだぞ」
手渡された資料の表紙には、見慣れたゲームのロゴと、そして――『参加予定・国内トッププロチーム一覧』の文字が並んでいた。




