第5話 ギルド『すいみん不足』
「ギルド……?」
思わず画面の前で呟いてしまった。MMOにおけるギルド――それは気の合うプレイヤー同士が集まる、いわばサークルのようなものだ。コミュ障で、会社では「氷のマネージャー」と恐れられている私が、そんな集団に馴染めるのだろうか。
戸惑っていると、隣のソラが短くチャットを打った。
ソラ:俺たちは基本、二人で活動してるので
ちくわ:そう言わずに! うちは強制参加も一切なしの超まったりギルドですから!
レイナ:そうそう。見ての通り、ギルマスがポンコツで戦力不足なのよ。あなたたちみたいな腕利きが入ってくれたら助かるんだけどね
ぽてと:入ってくれたら〜、ギルドハウスで温泉入れるよ〜♨
ソラ:どうします、アキさん。嫌なら断りましょう
ソラは私の意志を最優先にしてくれようとしている。けれど、三人からのグイグイくる勧誘は、不思議と嫌な感じがしなかった。会社の人間関係のような打算や遠慮が一切ない、カラッとした空気感。
アキ:あの……私、本当に初心者でご迷惑をおかけするかもしれませんが、それでもよろしければ……!
ちくわ:おお! 大歓迎ですよ!
ソラ:じゃあ、俺もセットで入ります
こうして私とソラは、零細ギルド【すいみん不足】のメンバーとなった。
◇
案内されたギルドハウスは、森の奥に佇むこぢんまりとしたログハウス風の建物だった。暖炉の前に丸太のテーブルが置かれ、なんとも落ち着く空間だ。
そこでギルマスのちくわから、ギルドの基本方針が説明された。
ちくわ:さて、新メンバーのお二人に、うちの唯一にして絶対の『鉄の掟』をお伝えしておきますね
アキ:鉄の掟……! ごくり……!
ちくわ:それは――『リアルの詮索は一切禁止!』です。
アキ:えっ?
レイナ:現実の年齢、性別、職業、住んでる場所、本名……そういうのは全部聞かないのがルール
ぽてと:ここでは全員、ただのゲーマーだよ〜。
――ここでは全員、ただのゲーマー。
その言葉を聞いた瞬間、私の肩からふっと余計な力が抜けていくのが分かった。現実の私が二十六歳の広告代理店マネージャーだろうが、自炊が一切できなくて部屋に段ボールを積み上げていようが、ここでは関係ない。ただの『アキ』としてここにいていいのだ。
なんて居心地のいい場所を見つけてしまったんだろう。
◇
それから数日後。ギルド内で、月に一度の交流イベント「すいみん杯」が開催されることになった。ハウスの裏庭でミニゲーム大会を行い、終わった後にお互いに景品を持ち寄って交換会をするという、なんとも平和な催しだ。
ギルドチャットで、景品の持ち寄りについての話題になった。
レイナ:あたしは夜中にコツコツ集めたレア染色薬セット持っていくわ
ちくわ:私は昨日、川で三時間粘って釣り上げた幻の巨大魚を料理して振る舞いましょうかねぇ
ぽてと:ぼくは〜、ダンジョンで拾った変な被り物〜
みんな、自分のプレイスタイルに合わせて時間をかけて用意しているようだ。それを見た私は、ふと考えた。
(私……素材集めも釣りもまだ全然できないし、ダンジョンにも一人で行けない。どうしよう……)
新参者の私がしょぼいものを持っていくわけにはいかない。
大人のマナーとして、ここはギルドの皆さんをあっと言わせる最高のものを用意しなければ!
私の思考回路は、迷うことなくいつもの「大人の解決策」へと直行した。
アキ:皆さん! 私、景品用意できました!
アキ:課金ショップで新発売された【限定エフェクト付き高級翼スキン】でどうでしょうか? もう人数分ポチって買いました!
ソラ:……は?
ちくわ:え!?
ぽてと:わ〜、あれ一着五千円くらいするリアルマネー限定のやつ〜?
どうだ、と言わんばかりにドヤ顔をする私。これでみんな喜んでくれるはず――そう思った次の瞬間。
レイナ:ちょっと!!!!
画面が震えるような、レイナの烈火のごときチャットが飛んできた。
アキ:レ、レイナさん……?
レイナ:あんたねぇ! そんな何万もするもんポンと買っちゃって、何考えてんの!
アキ:えっ、でも、私まだ強い素材も取れないですし、お金なら出せますから……!
レイナ:そういう問題じゃないでしょ!
レイナ:ちくわさんが時間をかけて釣った魚も、あたしが夜なべして集めた染色薬も、みんなが『相手に喜んでほしい』と思ってかけた時間の結晶なの!
レイナ:それをあんたが金で殴って解決したら、みんなが持ち寄る意味が全部消し飛ぶでしょ!
アキ:なるほど……
レイナ:ここはゲームの世界! 金でショートカットすんじゃないの! 対等でいなさい!
ガツン、と頭を殴られたような衝撃だった。
会社では、予算をつけて金で解決するのが「有能」の証だった。プライベートでも、寂しさを埋めるために深夜にポチポチと通販を買い漁っていた。でも――時間をかけて相手を思うことそのものを、お金で省略してはいけないのだ。
私の課金癖の根底にあった歪みを、真正面から叱られたのは、人生で初めてだった。
アキ:ご、ごめんなさい……! 私、浅はかでした……! スキンは自分で使います……!
レイナ:分かればよろしい。で、今から何か用意できんの?
ソラ:アキさん。昨日教えた、初心者の川で『小魚釣り』やってみませんか。十秒で釣れます
アキ:やります!!
◇
その夜の交換会。私は緊張で震える手で、川で釣ったばかりの【ピチピチした雑魚(売却値:銅貨1枚)】をテーブルの中央に差し出した。
アキ:あの……初心者川で、必死に釣りました……! しょぼくて本当にすみません……!
ぽてと:わあ〜〜! ちっちゃくて可愛い〜〜!
ちくわ:はっはっは! 立派な小魚じゃないですか! みんなで食べましょう!
レイナ:最初からそうすりゃいいのよ
チャット欄に拍手と笑顔のエモーションが飛び交う。数万円の課金スキンよりも、必死に釣った小魚一匹のほうが、みんなを笑顔にしていた。
胸の奥が、ポカポカと温かいもので満たされていく。お金じゃ買えないものが、確かにあるんだ。
アキ:ソラさん……! 私、小魚喜んでもらえました……!
ソラ:良かったですね。あと、さっきから思ってたんですけど、アキさんって怒られるとすぐ縮こまりますよね
アキ:えっ、そんなことないですよ!? 普段は部下にビシバシ指示出してるんですから!
ソラ:絶対会社でもオドオドしてるタイプでしょ
アキ:違いますー!! むしろ真逆です!
ちくわ:おやまあ、アキちゃんとソラくんは、まるで夫婦みたいだねえ
アキ:違います!!
ソラ:違います
同時に飛んだ二人の否定チャットに、ギルドハウス内は爆笑のエモーションで埋め尽くされたのだった。
【本日の課金額:¥0(お金じゃ買えないものを学んだ日)】




