第6話 ギルド対抗戦とヒーラー覚醒
「――ギルド対抗、バトルロイヤル?」
週末の夜、ログハウスのリビングで、私は思わず画面を二度見した。画面中央には、運営からの派手なバナー通知。『第三回・全サーバー合同ギルド対抗レイドトーナメント開催!』の文字がギラギラと輝いている。
すかさずレイナの鋭いチャットが飛んできた。
レイナ:参加賞でギルドハウスの拡張素材がもらえるのよ
ぽてと:でも〜、最低エントリー人数が五人なんだよね〜
ちくわ:以前は人数が足りなくて門前払いでしたが……今はアキちゃんとソラくんがいます! ちょうど五人です!
丸太テーブルの向こうで、ちくわが両手を広げて満面の笑みを浮かべている。けれど、私はといえば、スマホを握る指先がじっとりと汗ばんできていた。
――対抗戦。それはつまり、他所のガチプレイヤーたちと刃を交えるということだ。私はいまだに回避を失敗して壁に激突するような初心者である。そんなお荷物を抱えてトーナメントに出場したら、みんなの足を引っ張るのは明らかだった。
アキ:あ、あの……! 私、まだ操作も全然おぼつかないですし、今回は辞退したほうが……! 私のせいで負けたら申し訳なさすぎます!
レイナ:負けたって減るもんじゃないんだから、突っ込めばいいのよ
ぽてと:そうだよ〜、お祭りだよ〜
アキ:でも……!
会社なら、能力の足りない人員を重要プロジェクトのフロントに立たせるなんてあり得ない。足手まといになる恐怖が、胸をギュッと締め付ける。
その時、ずっと黙っていたソラが口を開いた。
ソラ:アキさん。職種チェンジ、してみませんか
アキ:えっ? 職種チェンジ?
ソラ:アキさんが持ってるあの課金フルプレート、防御力と状態異常耐性はサーバー最上位です。でも、今の前衛職だと攻撃を自分で当てにいかないといけないから操作が忙しい
ソラ:なので、職種を『神聖ヒーラー』に変えるんです
ちくわ:ほほう! ヒーラーですか!
ソラ:ヒーラーの最大の弱点は、真っ先に敵に狙われて即死することです。でも、アキさんの装備なら敵の猛攻を素で耐えられる。つまり、『絶対に死なない要塞ヒーラー』になれます
死なない、ヒーラー……! 十二万八千円を叩き込んで手に入れた神話級装備の狂ったステータスが、初めて正しい論理で活かされようとしていた。
アキ:わ、私にもできますか……!?
ソラ:できます。……いや、アキさんにしかできません
ソラ:特訓しますよ。ついてきてください
◇
それからの三日間、私は毎晩ソラと演習場に籠もった。
「アキさん、回復の極意は『味方をずっと見てること』です」
「味方を……?」
「敵の動きじゃなくて、味方のHPバーと立ち位置だけを視界に入れておく。誰がいつ被弾するかを予測して、攻撃が当たる前にヒール魔法を詠唱し始めるんです」
画面の中で、ソラが俊敏に木人モンスターの攻撃を受けにいく。私は画面の右上に表示された【ソラ】のHPゲージだけを、まばたきも忘れるほど凝視した。
(減る……! 今……! 『大回復』――!)
ピカーン!
ソラの体が緑色の光に包まれ、削られたゲージが一瞬で満タンに戻る。
『良いタイミングです。次は範囲継続回復を重ねてください』
ソラの指示に合わせて指を滑らせる。画面の中のソラの姿と、彼のHPゲージだけを見つめ続ける夜。それがどれほど無防備に相手へ全神経を注ぐ行為なのか、この時の私はまったく気づいていなかった。
◇
そして迎えた、対抗戦本番。
転送された特設アリーナには、無数のギルド旗がはためいていた。
一回戦の相手は、中堅ギルド【紅蓮の牙】。前衛のアタッカーが揃ったゴリゴリの武闘派チームだ。
『バトル――スタート!!』
試合開始のドラが鳴り響いた瞬間、敵の突撃隊が一斉に雪崩れ込んできた。
「わ〜、突っ込んできた〜!」
「ぽてと、迎撃! ちくわさんはバフ撒いて!」
乱戦の幕が切って落とされる。だが、やはり実力差は歴然だった。開始数分で、後衛のぽてとが敵の遠距離攻撃で倒され、続いてちくわのバリアが破られて光の粒子となって退場してしまう。
レイナ:くっ……! 数が多い! ソラ、挟まれるわよ!
ソラ:問題ないです。レイナさんは左の魔法使いを落としてください
残るはソラ、レイナ、そして私の三人。敵のヘイトが、完全に前線で孤立したソラへと集中する。四方八方から飛び交う凶悪な剣撃と魔法の嵐。
ソラのHPが、一気に黄色――そして赤色の危険域へと急降下した。
(ソラさんが……死んじゃう……!)
頭が真っ白になりかけた、その瞬間。
連夜の特訓で叩き込まれたソラの声が、脳裏をよぎった。
『味方をずっと見てること』
「――逃げない!」
私はベッドの上で叫びながら、神聖杖を天高く掲げた。
「【絶対防壁・ディバインサンクチュアリ】――発動!!」
ドゴォォォォンッ!!
全身の課金フルプレートから放たれた七色の光が、巨大なドーム状の結界となってソラとレイナを包み込んだ。敵の総攻撃が結界に弾かれ、凄まじい金属音が響き渡る。敵の近接アタッカーが舌打ちしながら、矛先を私へと変えて突進してきた。
「邪魔だ、ヒーラーから落とせぇぇ!」
大剣の直撃が私のアキに炸裂する――が。
カキィィィンッ!
『ダメージ:0(完全防御)』
「な……ッ!? なんだコイツの硬さは!? 鉄壁かよ!?」
「今です、ソラさん……!!」
結界の中から、漆黒の影が弾丸のように飛び出した。HPを全快まで回復されたソラの、一切の容赦のない神速の抜刀。
ザシュッ、ズババババッ――!!
『相手ギルドメンバー、全滅!』
『WINNER――ギルド【すいみん不足】!!』
◇
ギルドハウスに戻った瞬間、チャット欄が爆発した。
ぽてと:勝ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
ちくわ:見事! 見事な大逆転劇でしたぞ、アキちゃん!!
レイナ:やるじゃない、新人。あのタイミングの結界ヒール、完璧だったわよ。あんたのおかげで勝てたわ
アキ:わ、私……本当に役に立てましたか……?
ちくわ:役に立ったどころじゃありませんよ! アキちゃん、ありがとう!!
画面いっぱいに流れる、仲間たちからの惜しみない「ありがとう」の嵐。
会社で聞く「篠宮マネージャー、さすがです」「すごいですね」という言葉とは、まったく違っていた。上司としての義務でも、お世辞でもない。仲間として、同じ時間を共有して、一緒に勝利を掴み取ったことへの、温かい感謝。
「……っ」
膝の上に置いたスマホの画面が、じんわりと滲んで歪んだ。四年ぶりに、誰かに必要とされた気がした。
涙を拭おうとしたその時、画面の片隅に、ソラからの個別チャットが静かに届いた。
ソラ:言ったでしょう
ソラ:装備に腕が追いついてきましたね
ドクン、と。胸の奥で、今まで聞いたことのないような大きな心音が跳ねた。
出会った夜、星降りの峡谷で『装備に追いついてない』と言われたあの日から。初めてもらった、彼からの合格点。
熱くなる頬を手で押さえながら、私は何度も、何度もその二行のメッセージを読み返していた。
【本日の課金額:¥0(3週連続)】




