第33話 二人で、と言われまして
翌週の月曜日の朝。
始業早々、高梨部長に呼ばれて向かうと、そこにはすでにノートPCを小脇に抱えた宮本の姿があった。
「おはよう、篠宮さん。揃ったね」
高梨部長はデスクの上の分厚い企画書をトントンと指先で整え、眼鏡の奥の鋭い目を私たちに向けた。
「今年度の上半期、うちの最重要案件が決まった。北米の大手グローバルブランドが日本市場へ本格ローンチする統合キャンペーンだ。予算規模も過去最大級、デジタルからリアルイベント、インフルエンサー連動まで全方位で仕掛ける」
規模の大きさに、背筋がすっと伸びる。
「海外拠点でのプロモーション経験がある宮本と、国内の緻密なプロジェクトマネジメントに長けた篠宮。この二人でバディを組んで、フロントのPMをやってほしい」
「私が、宮本くんと……ですか?」
思わず聞き返すと、隣の宮本が「よろしく頼むぜ、相棒」と屈託のない笑みを浮かべて軽く頭を下げてきた。
◇
「まさか、帰国早々篠宮と組むことになるとはなー」
空いている会議室に二人で入るなり、宮本は椅子を引いてどっかりと腰を下ろした。
先週の昇進祝いを断ってしまった手前、少しだけ気まずさを覚えていた私だったが、宮本はホワイトボードにマーカーでさらさらとタスクの骨子を書き出しながら、あっけらかんと言った。
「てかさ、先週の飲み会来なかったの、もしかして他の同期と仲悪い?」
「……っ、そんなわけないでしょ! 本当に用事があったの」
突然のイジりに、思わず素で言い返してしまう。
すると宮本はマーカーを回しながら、声を上げて笑った。
「冗談だよ、冗談。新卒の時からお前の資料の美しさとタスク管理の鬼っぷりは有名だったしな。今回、お前と組めるって聞いて正直めちゃくちゃ心強いわ」
一切の嫌味も裏表もない、からりとした言葉。
かつての私なら、「お前のタスク管理の鬼っぷり」なんて言葉を「冷たい仕事マシーン」と揶揄されたように受け取って傷ついていたかもしれない。
けれど、今の私には、それが彼なりの最大のリスペクトだと素直に受け取ることができた。
「……そっちこそ、海外仕込みのダイナミックなアイデア、期待してるからね」
「任せとけって。じゃあまず、方向性から詰めるか」
◇
そこからのブレストは、驚くほどテンポよく進んだ。
大胆でスケールの大きい企画を次々と投げてくる宮本に対し、私が現実的なスケジュールやリソース、予算配分のリスクを瞬時に弾き出して軌道修正していく。
新卒の頃からお互いの強みと弱みを知っている同期だからこそ、無駄な忖度や腹の探り合いが一切ない。
「ここ、海外の事例そのまま持ってくると国内の景表法に引っかかるかも」
「うわ、マジか。サンキュ、完全に抜けてた。じゃあこっちの訴求軸に切り替えるか」
「うん、それならレギュレーションもクリアできるし、ターゲット層にも刺さると思う」
あっという間に時間が過ぎ、気がつけばランチの時間を大幅に過ぎていた。
「よし、大枠の骨子はできたな。昼、社食でも行く?」
「あ、うん。行こうか」
会議室を出て歩きながら、私は胸の奥が軽やかになっているのを感じていた。
かつては自分の能力を証明するため、誰にも負けないために必死で武装していた仕事。
けれど、誰かと背中を預け合い、純粋に良いものを作ろうと没頭する時間は――ただ純粋に、楽しかった。




