第30話 打ち上げのあとで
トーナメント表を怒涛の勢いで駆け上がったチーム・ゼニスは、その圧倒的な勢いを一度も落とすことなく、決勝戦の舞台でも完璧な連携を見せつけていた。
日曜日、午後八時過ぎ。
超満員のアリーナを揺るがす地鳴りのような歓声の中、最終第5セットのカウントダウンがゼロを刻む。
『――決まったぁぁぁっ!! 勝者、チーム・ゼニス! 国内プロリーグ、完全優勝達成です!!』
銀色のキャノンテープが宙を舞い、ステージ上が眩いフラッシュの光と歓声の渦に包まれる。
沸き立つスタンド。関係者席の最前列で、私も胸の前でぎゅっと手を組み、視界が滲むのを堪えきれずに立ち上がっていた。
ステージ中央で黄金の優勝トロフィーを掲げる蒼真くん。
紙吹雪を浴びながらチームメイトと肩を組み、トロフィーを高く掲げる彼の表情には、これまで背負ってきた重圧から解き放たれたような、少年のように眩しい笑顔が浮かんでいた。
彼が一瞬だけ関係者席へ視線を走らせ、私と目が合うと、悪戯っぽく口元を緩めて小さく頷く。
その仕草だけで、胸の奥がきゅっと音を立てて熱くなった。
◇
表彰式が終わり、観客の退場アナウンスが流れ始めた頃、手元のスマートフォンが震えた。
画面を見ると、蒼真くんからのメッセージが表示されていた。
『優勝しました。一番前で見ててくれて、本当に力になりました』
『このあと公式の記者会見と、チームの打ち上げがあります』
『少し遅くなると思うんですけど……その後、会えませんか?』
疲れているはずなのに、真っ先に連絡をくれたことが嬉しくて、私は指先を走らせた。
『本当におめでとう! 打ち上げ、楽しんできてね。もちろん会いたいよ。部屋で待ってるね』
送信ボタンを押して数秒後、すぐに既読がつき、短いメッセージが返ってきた。
『ありがとうございます』
『今夜は、朝までずっと一緒にいてほしいです』
――トクン。
画面の文字を見つめた瞬間、心臓が跳ね上がり、胸の奥でどくんどくんと激しい音を立て始めた。
(……朝まで、ずっと……?)
今まで何度も彼の部屋を訪れ、ソファで並んでゲームをしたり、他愛のない話をしたりしてきた。
けれど、彼から「朝まで一緒に」と言われたのは、これが初めてだった。
二十歳で、不器用で、いつも少し照れくさそうに距離を測っていた彼が、大会という大きな壁を乗り越えた今夜、まっすぐに投げかけてきた言葉の重み。
その意味を考えれば考えるほど、指先まで熱がじんじんと巡り、顔から火が出そうになる。
「……落ち着いて、私。今は仕事中……っ」
両手で熱を持った頬を挟み込み、大きく深呼吸を繰り返す。
沸き立つ個人的な感情を一度心の奥へと仕舞い込み、私は首から下げた関係者パスを握り直して、キリッと表情を引き締めた。
◇
「篠宮マネージャー、メインステージ側の機材撤収、予定通り二十一時半から開始します!」
「了解です。大型ビジョンのスポンサーロゴ投影終了のタイミングで、広報用の公式スチール写真のデータ回収もお願いします」
「承知しました!」
バックヤードに戻った私は、インカム越しに的確な指示を飛ばしながら、スポンサー関係者への挨拶回りに奔走した。
「佐々木部長、本日は最後までご観戦いただき誠にありがとうございました」
「素晴らしい結果でしたね、篠宮さん。ゼニスの優勝も相まって、来期のプロモーション展開が非常に楽しみになりましたよ」
「ありがとうございます。来週初頭には速報レポートをおまとめして送付いたします」
澱みなく頭を下げ、受け答えを重ねていく。
どれほど胸の奥で心拍が乱れていようとも、ビジネスの現場では完璧なマネージャーであり続ける――それが、プロとして全力で戦い抜いた蒼真くんの隣に立つための、私自身のプライドだった。
撤収の最終確認、クライアント幹部のアテンド、運営本部とのサイン交わし。
すべての実務タスクを完了させ、会場の通用口を出た頃には、夜の十一時を回っていた。
◇
タクシーに乗り込み、夜の首都高を抜けて彼のマンションへと向かう。
窓の外を流れる都会の夜景を眺めながら、バッグの内ポケットに入れたシルバーの合鍵にそっと指先で触れた。
(……打ち上げ、もう終わったかな)
静かなエントランスを抜け、エレベーターで高層階へと上がる。
指定された部屋の前に立ち、鍵穴にシルバーの鍵を差し込んで回すと、カチャリと静かな解錠音が響いた。
「……お邪魔します」
誰もいない薄暗いリビングに足を踏み入れ、明かりを灯す。
整頓された、生活感の希薄な室内。けれど、防音扉の奥に見えるゲーミングスペースのデスクの上には、彼が愛用しているヘッドセットとマウスが置かれ、確かな彼の気配が満ちていた。
買ってきたミネラルウォーターとお茶を冷蔵庫に入れ、ソファに腰を下ろす。
静まり返った部屋の中で、時計の秒針が進む音だけがやけに大きく響く。
『今夜は、朝までずっと一緒にいてほしいです』
今日届いたメッセージが、何度も頭の中でリフレインする。
胸元を押さえると、トクトクと速い鼓動が手のひらに伝わってきた。
――カチャ。
玄関のドアノブが微かに動く音がして、私の心臓が大きく跳ね上がった。




