第24話 鍵
合宿を目前に控えた、平日の夜十時。
オフィスのエントランスを出て冷たい夜気に身をすくめていると、街灯の陰から長身の影がすっと歩み寄ってきた。
黒いロングコートにマフラーを目元まで巻いた如月蒼真だった。
「……蒼真くん? どうしたの、こんな時間に」
「……仕事、終わった?」
驚く私に、彼はマフラー越しに小さく息を白く吐き出しながら言った。
夜のオフィス街を並んで歩く。
大会シーズンに入ってから、顔を合わせられるのは週末のわずかな時間か、画面越しの短いやり取りくらい。
隣を歩く彼の横顔には、連日の厳しいスクリムによる疲労が微かに滲んでいた。
「……決勝トーナメント、来月から始まります」
「うん。全勝通過、すごかったね」
「ありがとう。でも、これからもっと練習詰めることになって、今より会えなくなるから……」
ぽつりと落とされた言葉。
蒼真くんは立ち止まり、俯きながらポケットを探った。
「前みたいに、急に連絡減らして亜紀さんを不安にさせたくない。……でも、どうしても時間が取れなくて」
ポケットから取り出されたのは、小さな金属のプレートがついたシルバーの鍵だった。
「……これ」
「俺の部屋の、鍵です」
驚いて目を見開く私の手のひらに、彼の手からひんやりとした重みが乗せられる。
「俺が練習でいないときでも、仕事帰りに寄って休んでいって。……会えない時間の埋め合わせなんて、これくらいしか思いつかなくて」
二十歳で、不器用で、恋愛のスマートな正解なんて何も知らない男の子が。
彼なりに必死に考えて差し出してくれた、一番誠実な「居場所」。
「……いつでも、来てください」
照れくさそうに視線を逸らしながら紡がれたその一言に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「……ありがとう、蒼真くん」
手のひらの鍵を握りしめると、金属の冷たさはすぐに私の体温で温まっていった。




