第23話 おうちデート
大会シーズンの合間に訪れた、奇跡のような休日の午後。
(……彼氏の家に行くの、人生で初めてだ……)
指定された駅で電車を降りた瞬間から、心臓がずっと落ち着かない音を立てていた。何を着ていくか三日前から悩んで、結局いつもより少しだけ丁寧にアイロンをかけたブラウスを選んだ。手土産の洋菓子店の紙袋を両手でぎゅっと握りしめながら、私は地図アプリの示す方向へと歩いていく。
やがて視界に飛び込んできた建物を見上げて、思わず足が止まった。
(……えっ、ここ?)
雲を突くような高層タワーマンション。エントランスには制服姿のコンシェルジュが立ち、大理石の床が磨き上げられている。オートロックの操作盤で部屋番号を押すと、静かに自動ドアが解錠された。
(プロゲーマーって……こんなに稼げるものなの……?)
直通エレベーターで高層階へ上がりながら、じわじわと実感が追いついてくる。会社の資料で見た「メインアタッカー」という肩書きの重みを、今さらのように思い知らされていた。
指定された部屋の前に立ち、玄関ドアのインターホンを鳴らす。
――ピンポーン。
鳴らして数秒後、重厚なドアが開き、アイロンのかかった白シャツ姿の蒼真くんが現れた。
「……いらっしゃい。どうぞ、入ってください」
「お、お邪魔します……」
緊張で声が上ずるのを隠しきれないまま、靴を脱いで足を踏み入れる。室内は、都心の景色が一望できる広々とした空間だった。けれど、家具は最低限のソファとローテーブルがあるだけで、まるでモデルルームのように生活感が希薄だった。
(お金の使い方に、全然執着がないんだ……)
一方で、防音扉の奥に見えるゲーミングスペースだけは、トリプルモニターにプロ仕様の機材が完璧に整えられており、彼にとってここが生活のすべてなのだと伝わってくる。無頓着な部屋と、作り込まれた仕事場のギャップに、彼らしさがにじんでいた。
「……お腹、空いてますか? パスタ、作ります」
緊張を隠すように腕まくりをした彼の手際は鮮やかで、ミリ単位で揃えられた具材の和風パスタは驚くほど美味しかった。
食後は二人でソファに並び、ノートPCとスマホを開いて『アストラル・オンライン』へログインする。
肩が触れ合う距離で交わす他愛のない会話と、時折重なる視線。画面越しではない温もりに包まれるうち、次第に言葉は減り、部屋には心地よい沈黙が満ちていった。
ふと、膝の上に置いていた私の右手に、大きな手のひらが重なる。
「……蒼真くん?」
見上げると、彼の涼しげな瞳が至近距離で私をじっと見つめていた。
いつもより少しだけ真剣で、どこか切羽詰まったような熱を帯びた眼差し。
「……来週から、本戦の合宿が始まります」
「……うん」
「大会始まったら……しばらく、こうやって二人きりで会えなくなるので」
掠れた低い声が耳元に落ちた瞬間、引き寄せられた肩に腕が回された。
驚いて息を呑む間もなく、唇に柔らかな感触がそっと重ねられる。
一度、離れて。
迷うように私の瞳を確かめたあと、もう一度、今度は逃げ場をなくすように深く優しく塞がれた。
トクトクと速い彼の心拍と、微かに震える指先の熱が、ダイレクトに伝わってくる。
「…………っ」
やがて身体が離れると、さっきまでの大胆さが嘘のように、蒼真くんは耳の先まで真っ赤にしてバッと視線を斜め下へ逸らしてしまった。
「……す、すみません……我慢できなくて」
「……ううん」
自分の唇に残る熱に触れながら、私も顔から火が出そうなほど真っ赤になる。
プロとして何万人の前で戦う孤高の姿と、目の前で耳を赤くして縮こまる二十歳の男の子。このギャップに、胸の奥が苦しいほど締め付けられた。




