第二章ー7
「クソッタレ!」
火賀前司は暴言を吐きながら、隣にいる自分の弟、斗真と自宅へと向かっていた。
斗真は何も言わない。
五月祭で貴人達に見るも惨めな敗北を喫した後から、竜峰での自分達の地位が明らかに今までとは違うものになっていた。
今まで竜峰の生徒を支配していた、前司に対する畏怖という絶大な力がそれによって奪い去られてしまったのだ。
それ以降、前司や斗真、それに続く分家の人間に支配されていた人間達が一斉に不満を爆発させた。
それは生徒間だけではなく、火賀家と繋がりのある教師と、そういった人物達に冷遇されていた教師の間でも発生していた。
中には「火賀前司は口先だけで、本当は強くない。自分の方が強いんだ」と言い出す者まで現れている。
今日もそんな連中に絡まれたのを思い出して、再び頭に血が上る前司。
「クソ雑魚のくせによぉ!」
そう言いながら近くにあったゴミ箱を蹴り倒す。
そこから飛び出てきた茶色の缶の中に残っていたコーヒーのような液体が僅かに前司の靴に飛んだ。
しかし、そんな事さえ気にもしない、出来ない程、前司の中にはふつふつと感情が沸き立っていた。
いつもならそんな連中など一瞬で、ボコボコにしているのだが、今の立場だとそれすら出来ず、彼等が満足するまで罵詈雑言を浴びせられ続けた。
自分にとって、これ程までに屈辱を、フラストレーションを感じた事は無い。
前司が必死に感情を抑えながら再び歩き出そうとすると
「今は堪える時なんですよ」
と、斗真がいつも通りの声色で慰めてきた。
前司は斗真の方を振り向く。
斗真の様子は普段と変わる事なく、落ち着きを取り払っていた。
自分達への周りの態度が一変してからも、斗真が前司の様に悪態をついた事は、少なくとも前司の前では一度も無かった。
今日だって、罵られても何も言うことなく、いたって冷静な様子で佇んでいた。
そんな斗真に対して兄の前司は気にくわない気持ちと同じくらいに、感心する気持ちも抱いていた。
弟は自分より性質が悪い。
斗真にも激しく燃え盛る怒りの炎が体中を駆け巡っているであろうにも関わらず、それを全く表に出さないでいれるのは、自分には一生身につくことの無い芸当だと思っている。
「ああ、そうだな……。でもよぉーー」
前司はそんな斗真の言葉を聞き、幾分か気持ちを鎮めようと別の事を考えようとした。
しかし、これは逆効果だった。
前司は今日の世界警察からの電話を思い出したからだ。
またもや前司の中の炎が揺らぐ。
「世界警察の奴らも俺らが強くねぇって判断しやがった!」
「それは僕も不満です。世界警察が『君達には荷が重いからあの話はなかったことで』と言われた時は流石にぶっ殺してやろうかと思いましたよ」
前司の言葉に、斗真は強く首肯した。
どうやら斗真はこちらの件の方がデリケートらしい。
ここまで口の悪い状態は珍しい。
世界警察がこのようにしたのはほぼ確実に五月祭での敗北が原因だろうと前司は考える。
確かにあれは負けを認めざるを得ないが、それだけで話が無かったことになるのは解せない。
「何も上手くいかねぇ!」
前司は再び体を巡る何か熱いものを外部へと発散させるために力いっぱいに、先程の缶を蹴り飛ばした。
缶は綺麗な放物線などではなく地面すれすれを直線的に進んだ。
その先に、一人の男の姿があった。
その男は紫色のスーツという何とも奇抜な服装に、赤色の髪をしていた。
その男を見た前司は驚きの声を上げる。
「おい斗真! あれを見ろ!」
「見てます! 」
そう言いながら二人は咄嗟に臨戦態勢に入った。
それと同時、一定の加速をしながら進み続ける缶がいきなり、見えない壁に当たったかのように、そこでピタリと動くのを止め、そのまま地面に落ちた。
再び、前司は驚愕する。
缶の動きを見ていた男は少し顔を綻ばせて言う。
「ふぅ〜、よかった、ちゃんと複製でも展開出来て。失敗していたら悲しくて泣いちゃってたよ」
軽口を叩く男の足元には半径三メートル程の術式が展開されていた。
(おいおい、なんだよあいつ。ホルダーかよ……!)
前司はあの術式領域への侵入を妨げるマギなんて初めて見た。
確実にプライベートアビリティである。
前司が言葉を失っている間に男はさらに続ける。
「君達のお陰で試運転も完了したし、お礼を言うよ」
「誰だテメェ!」
前司が声を荒げると、その男は笑いながら答えた。
「木を啄く事しか能のない鳥さ」




