第一章ー47
「君は芸術家の信奉者なのか」
貴人より少し前に立っている一夜がそう言った。
最初に芸術家のワードが出た時の少し驚いた表情から一転、今は何事もなかったような平静さを取り戻したようだった。
貴人も芸術家には一部の人々から熱心に信奉されている事はテレビなどで知っていた。
一夜が続ける。
「まあいいや、今はその術式の解除方法を教えてもらおうじゃないか」
一夜の言葉を聞き、怒りを隠そうともせずより一層視線を険しくする爆弾魔だったが、少し目をつむったかと思うと最初に出会った時のような表情に戻り、落ち着いた声音で話し始めた。
「わかりました、では解除する条件を伝えましょう」
爆弾魔はそこで一旦区切り、「一つ目はーー」と始めた。
「空雅院一夜、皇帝の死亡」
「なっ!?」
一つ目の条件を聞いて驚いた声を上げたのは一夜の隣にいた光だった。
死ぬように言われた本人は何とも思っていないのか平然としている。
「そんな事認めるわけーー」
「二つ目は」
光の抗議を遮るように爆弾魔は次の条件を提示した。
「芸術家の釈放」
この言葉は貴人を驚かせた。
辺りを見渡すと貴人以外の全員の顔色を伺うと未だ冷静な一夜以外は同じ感情を持っているのだと悟った。
特に光は驚きの色を先程より深めていた。
「確か芸術家って自殺したんじゃなかったかしら?」
夢が爆弾魔に問いかける。
貴人が驚いた理由はこれだった。
テレビなどのメディアの情報では、芸術家はサンティマンを惨劇の舞台に作り上げた後に自殺したと報道されていたからである。
まさか爆弾魔がこんな事を知らないはずがない。
(芸術家は生きている……?)
そんな事を考えながら爆弾魔の返答を待っていると爆弾魔が口に手を当ててクスクス笑い始めた。
「ふふふ、本当にあの御方が死んだと思っているのですか? ははははははっ」
笑いを抑えきれない、そんな様子の爆弾魔は続ける。
「芸術家は生きてますよ。ねぇ? 皇帝さん」
「さぁ? よくわからないなぁ」
嘲るように爆弾魔が一夜に尋ねた。
一夜はこれで表情を変えることなく対応していた。
「とぼけても無駄ですよ。これは世界警察の方から聞いた情報ですから」
「どんな事をだい?」
爆弾魔が笑みを深めてこう言った。
『芸術家は幻影牢獄に投獄されている』
「ほう……」
貴人の聞きなれない名前が爆弾魔の口から出た途端、一夜の様子が一変した。
先程のような感情を隠した顔は爆弾魔と同様の笑みを浮かべるようになり、全身から貴人が最初に一夜に出会ったような自然と滲み出るものではなく、爆弾魔に対して意図的に放っている殺気とはまた別の圧力を纏っていた。
貴人は幻影牢獄という名前に聞き覚えなど無かった。
しかし牢獄というワードから貴人は学校などで聞いたことのある都市伝説のような話を思い出す。
(『大事件を引き起こした凶悪なウィザードは実は地獄のような場所に送られている』みたいな話だったな……)
貴人がこれを最初に聞いた時、あり得る事だと思った。
いくら世界警察の監視があり、犯人がマギを発動できない状態にあったしても絶対に安全だとは限らない。
普通の精神状態ではないホルダーなどの強力なウィザードを監視する事自体が既に監視する側にとっては安全ではないのだ。
だからそのようなウィザード達に対して世界警察は何らかの手段を所持しているだろう、そう貴人は考えていた。
(その手段が幻影牢獄なのか……)
爆弾魔にはそれなりに目的があるようだ。
貴人がここまで考えた時、頭の中にある疑問が浮上した。
その間にも一夜と爆弾魔は言葉を交わす。
「もしかしてとは思ってたよ。でもまさかウチに密告者がいたなんて残念だ」
「ふふっ、安心して下さい。私が無理矢理聞いただけですから」
「つまり力ずくで聞いたと……。この事は世界警察内部でも上位の人間にしか教えてないんだけどなぁ。そんな簡単にやられるとは思えないね」
「ええ、確かに彼は強かったですよ。私も少し本気を出させてもらいました。まあ最後は泣きながら命乞いしてきましたけど」
「そうか」
「爆弾魔、ちょっといいか?」
貴人は二人の会話を遮って爆弾魔を呼んだ。
いきなり聞いたので一斉に悠奈、光、夢がこちらを向いた。
一夜と爆弾魔も不思議そうに視線を向けた。
「何でしょう?」
爆弾魔は幾分か態度を和らげて貴人に応じた。
貴人は一つの疑問をぶつけた。
「お前が芸術家の釈放をその術式の解除条件にしてるのは理解できる。だけどもう一つの解除条件はどういう事なんだ?」
一つの疑問ーーそれは一夜が死ぬ事が解除条件に含まれている事だった。
そもそも爆弾魔が日本に来た事が貴人には分からなかったのだが、一夜の死亡が解除条件というのはより解せない。
爆弾魔の返答を待っていると、不意に近くから声が上がった。
光だ。
「芸術家は幻影牢獄にいるっていったでしょ?」
「はい」
「つまり芸術家は誰かに投獄されたって事なの」
ここまで聞いて貴人は納得した。
恐らく悠奈も悠も理解しただろう。
そこに一夜が口を挟んだ。
「要するに、僕が爆弾魔の尊敬する芸術家を逮捕しちゃったんだ」




