第一章ー37
(何が起きた……!?)
前司は突然視界が暗転した事に驚く。
凄まじい音がした直後の出来事だった。
(今、俺は落下している……!?)
最初事態が把握出来なかった前司だったが浮遊感が自分に落下している事を気付かせる。
隣には斗真が発動させた熊が、前方にはすました顔で落下する貴人が確認出来た。
(さっきあいつが右足を地面に踏みつけて……。ってまじかよ!?)
前司は貴人がした事にようやく気付く。
貴人が右足一本でこのフィールドに巨大な穴を作り出したのだと。
(ありえねぇ……。あの芸当をほぼ予備動作無しでやってのけただと!?)
自分でもこれ位は出来るだろう、そう前司は思う。
しかしそれは軸足を安定させ、踏み込む方の足を目一杯上げれる事を当然の前提としてだ。
先ほどの貴人にはそんな条件は揃っていなかった。
前司は体勢を崩しながらもなんとか足で着地する。
上まで五メートルはありそうだ、上を向きながら推測する。
その時、前司の頭の中にもう一つの疑問が浮上した。
(まて、そもそもあいつは何でこんな事を……)
これだけの事が出来るのならこの選択をせずに別の方法で攻撃を回避出来たはずだ。
なのに貴人はこんな荒技を選んだ。
(まさか!?)
一つの結論に達し、前司はすぐさま斗真が召喚した炎の熊へと目をやる。
するとその熊は起き上がる事無く地面に突っ伏したままだった。
それを確認した前司は自分の結論が正しかったことを理解する。
(火熊を斗真の視認不可の場所に移して動きを止めたのか……)
斗真の火熊は遠隔操作であるため斗真の視界に入らなければ操作する事が出来ないのだ。
前司は舌打ちせずにはいられなかった。
してやられたのはこちらの方だったと。
(だがまだこちらの有利は揺るがねぇ……!)
そう前司は自分に言い聞かせながら前方に顔を向けるがそこに貴人の姿は無かった。
ーーーー
斗真の火熊が動かなくなったのを確認して貴人は穴の底に着地し、間を置かずにその穴から跳ぶことで脱出した。
(ちょっとやりすぎたかな……)
自分の作った穴を見て少し冷や汗をかく。
もし修復代を請求されたらどうしよう、と一瞬頭によぎったが今の事に集中しようとする。
斗真の方を見ると明らかに驚愕しているのが分かる。
隙だらけだ。
貴人はそんな斗真に一瞬で肉薄し手刀を斗真の首にいれる。
「ぐっ……」
手刀を入れられた斗真は為す術もなく気絶した。
「「おおおおお!」」
今まで静かだった観客達が一斉に沸き上がる。
貴人が観客達に手を振っていると後ろから低い声が聞こえてきた。
「おい、まだ試合は終わってねえぞ? 今から俺がお前達二人をぶっ潰してやる、よぉ!」
鬼の形相で炎を纏った前司が貴人に迫ってくる。
貴人はそれを迎えうつ。
「おらぁ!」
前司が鋭いストレートを貴人の顔面に放ってくる。
貴人はそれを顔をわずかにずらすだけで回避する。
「おらおらぁ!」
なおも前司は攻撃を仕掛ける。
それを貴人は躱し続ける。
この攻防が何分も続いた。
ーーーー
「あのー」
「なんだ?」
観客席で観戦していた津々良はいてもたってもいられなくなり寧々に問う。
寧々は試合に集中していたい様子だったがこちらに振り返って反応してくれた。
そんな寧々が津々良は好きだ。
「普通あそこまで躱せるものなんですか?」
津々良のこの問いに寧々は呆れた様子で答えた。
「無理に決まってるだろ……。大体相手は六王家だぞ……」
「ですよねー」
この答えは津々良も分かっていた。
一応確認しておきたかっただけだ。
貴人が異常な事を平然とやってのけるせいで驚く事も出来ない。
周りの人達も同様に違いない。
「こんな人に弟子入りしてたなんて……」
自分はとても凄い人に指導して貰っていたんだなあ、と津々良はしみじみ思った。
ーーーー
「くそがぁ! 何で当たらない!?」
貴人の目の前で息を切らした前司が叫ぶ。
一発も当てられないのは凄いストレスだろうな、と貴人は他人事のように思っていた。
前司の攻撃は直線的で寧々の動きとよく似ていた。
それを踏まえて貴人は前司の動きを予測して躱していただけだ。
こんな事は慣れている。
「さて、そろそろ五分経ったか……。どうしますか? 降参します?」
貴人は前司に向かって言った。
その言葉に激怒した様子の前司が叫ぶ。
「ふざけんなよてめぇ! 」
貴人は前司に畳み掛ける。
「もうほとんどディーヴァが残ってなんじゃないですか?はは、強がらなくて大丈夫ですよ、十分先輩は頑張ってましたよ」
「てめぇ……!」
「それとも僕が先輩に敗北を差し上げましょうか?」
貴人のこの言葉を聞いた瞬間前司の額に青筋が浮かび上がった。
「ぶっ殺す! くそがああああああああああ!」
前司が叫ぶ。
そして前司が術式を展開する。
先程の術式と比べて明らかにこちらが大きい。
「死にさらせええええええ! 術式展開! 灼熱波!」
前司の術式からとても大きな炎が出現した。
先程の火波とは比べものにならないほどの熱量を感じる。
貴人は咄嗟にフィールドの端で待機しているスタッフに声をかけた。
「あのー! これ規定違反な気がするんですけどー!? 俺達の勝ちって事で良いですかー?」
「それでいいから、早く避難しなさい! 巻き込まれるよ!」
貴人の声が届いたらしいスタッフはもう既にフィールドの外に撤退していた。
「なら賭けは終わりだな……。おーい悠奈!」
「なにー?」
貴人が悠奈を呼ぶとすぐに悠奈が隣にやってきた。
顔は貴人と同じで全く恐れた様子は無い。
「もう俺達の勝ちだそうだからもう賭けは終わりだ」
「そうだねー」
「だから最後は悠奈があれを終わらせてくれ」
貴人がそれだけいうと悠奈は頷いた。
その直後前司がこちらに向かって炎を放った。
「二人ともこの世から消え去れえええええ!」
観客達が二人に早く逃げるよう促しているのが聞こえる。
津々良達も気が気でないだろう。
しかし貴人は何も怖くなかった。
隣の悠奈が術式を展開させていたからだ。
いつ見ても悠奈の術式は綺麗だ。
淡い水色で地面に描かれた円状の術式は貴人の心を鷲掴みにして離さない。
そして悠奈がマギを発動する。
「氷花」
悠奈の術式から無数の氷の花びらが現れ、二人に襲いかかろうとする炎に張り付く。
「はっ?」
前司はありえないものを見たかのような顔で立ち尽くしていた。
そして花びらは炎全体張り付き、一輪の花となり動きを止めた。
「綺麗だな」
「ありがとう」
貴人の呟きに嬉しそうな笑みを浮かべる悠奈。
「そ、そんな……」
前司は意識が抜け落ちた様な表情になり膝から崩れ落ちた。
貴人達のタッグ戦優勝が決まった瞬間だった。




