第一章ー36
「火雨!」
全員が無属性のディーヴァを纏うと、前司が開始早々先程の対戦相手を戦闘不能にさせたマギを発動した。
赤色の雲のようなディーヴァが貴人の頭上に現れ、そこから無数の火の雨が降り注ぐ。
(一つ一つの威力が数段上がっているな)
そう思いながら貴人はマギを発動させようとしている前司の方へ走る。
「僕を巻き込むつもりですか? 甘いですよ。火の戦場!」
そう言いながら斗真も先程と同じマギを発動させ、貴人の周りを炎で囲もうとしてきた。
しかし斗真の炎が貴人をとり囲もうとする前に貴人が速度をさらに上げる。
「なっ!?」
「はやい!?」
瞠目しながら貴人を見る前司と斗真。
貴人はそのまま斗真に接近する。
「くっ! 火の弾丸! 」
斗真は少し焦った様子を見せながら貴人に火の塊を放つ。
その攻撃を右へ左へ移動して躱す貴人。
一向に攻撃が当たらず、徐々に接近を許してしまっている斗真の顔に焦りが伺える。
斗真の攻撃をよけながら貴人が斗真に肉薄しようとした時、前司が声を上げる。
「こっちに来い斗真!」
前司の言葉を聞き落ち着きを取り戻した様子の斗真は貴人に近付かれる前に前司の元へ全力でかけて行ってしまった。
「火波!」
前司が発動させたのは貴人を呑み込もうとする炎で出来た波だった。
それを見た貴人は立ち止まらせられる。
「はあ、はあ、……すいません兄さん」
「術式の用意をしておけ」
それだけ言うと前司は前方を見据える。
すると前司の視界に一瞬だが貴人が映る。
「なっ!?」
前司が目を見開く。
前方にいた貴人が飛んでいるように見えたからだろう。
実際は炎の波を避けるために、貴人は無属性のディーヴァによる身体強化で垂直跳びをしていただけなのだが。
「ちぃ、ファイア!」
跳んでいるだけの事に気付いたらしい前司は急いで火波を中断して、サッカーボール程の大きさの火の球を貴人に向けて発動させた。
重力に従いながら落下する貴人は自らに向かってくる火の球をわずかに体を傾ける事で直撃を避ける。
ジュッ! という音がして貴人の服がわずかに焦げる。
「ちっ! 纏え!」
結局三箇所程しか服が破けずに地面に着地した貴人に前司が舌打ちしながらも、両腕と両足に炎を纏いながら貴人に接近してきた。
「うらぁ!」
貴人に一気に肉薄した前司がその勢いをのせた右の拳を貴人の頭目掛けて放つ。
「うおっ!」
そのスピードののった腕を掴み、貴人は背負い投げの要領で前司を投げ飛ばす。
「舐めるな!」
投げ飛ばされた前司は倒れ込むことなくもう一度貴人に向き直る。
しかし
「いない!?」
前司が振り返った時には貴人の姿はなかった。
「後ろか!」
前司がそう言いながら振り向くと同時に貴人は前司の首に手刀をいれた。
ぐっ、と苦悶の声を漏らしながら前司が倒れる。
しかし観客からは歓声が上がらない。
何故かと思いながらも貴人は残った斗真の方へ視線を向けて、その理由を理解する。
そこに前司の姿があったからだ。
(分身か……)
手刀を入れた時の変な感触からそう考えた時、倒れていた前司がいきなり炎の塊になって消える。
前司達を見るとしてやったりの顔をしていた。
「ははは! 残念でしたぁ、俺様は最初のマギを発動した時に術式もお前の後ろで展開させていたんだよ! そんな簡単にやられるわけないだろうがバーカ!」
舌を出しながら前司は貴人を罵る。
斗真もしてやったりな顔をしている。
その二人は術式がそれぞれ展開させていた。
「全部この術式を発動するための芝居だったんですよ。噂では術式破壊出来るそうじゃないですか。でもこの時間と距離じゃ無理でしょう?」
「ちゃんと作戦を練ってたんだな……」
斗真の言葉を聞き、苦笑する貴人。
まさか自分への対策をこの二人がとっているとは思っていなかった。
「てことでお前はここで負けるんだよ! 今さら降参したってもう遅いぜぇ!いくぞぉ!」
前司と斗真は勝ちを確信したような笑みを浮かべながら叫ぶ。
「「術式展開! 」」
「火鎧!」
「火熊!」
二人が唱えると前司は術式から出た炎で全身を包まれ、斗真の術式からは轟々と燃え盛る一匹の熊が現れた。
「行くぜぇ!」
「ガアァァァァァァァァァァァ!」
火の鎧に纏われた前司と斗真が召喚した熊が咆哮を上げながら貴人に遅いかかる。
「あの熊は遠隔操作か自動かどっちなんだ……」
「ふふ、遠隔操作ですよ」
貴人の独り言に反応した斗真が丁寧に答える。
「遠隔操作か……それなら」
「話してる場合かぁ!? 行くぞオラァ!!」
一気に接近して来た前司と熊が貴人に襲いかかる。
「ガアァァァァァァァ!」
熊が鋭く見える炎の爪を貴人に振り下ろしてくる。
その斬撃を体をずらして躱した貴人に前司が燃え盛る炎に纏われた右腕を貴人の胴目掛けて放つ。
「ふっ」
貴人はその一撃を後ろに少し飛び退くことで躱す。
「どうした? もう逃げ腰かぁ!?」
貴人に殴りかかりながら前司が煽ってくる。
熊も貴人との距離を詰めてくる。
「うらぁ!」
今度は最初に前司が貴人の頭に目掛けて鋭い蹴りを放つ。
それを体を低くすることで楽々避けた貴人の目の前に熊の爪が迫っていた。
ーーーー
観客がどよめいているのが分かる。
悠奈は目の前で戦っている婚約者を見つめる。
その顔に焦りなどの表情は無い。
むしろ笑みすら浮かべる余裕すらある。
「貴人……」
悠奈は最愛の人の名前を呼ぶ。
津々良達も貴人に対して心配をしているだろう、そう思うと悠奈は嬉しくなる。
一番貴人を知っているのは自分であるという自負があるからだ。
貴人よりも貴人の事を知っている、そのレベルで自負している。
そのため悠奈はこの一瞬で貴人が何をしようとしているのか分かり、貴人達から距離を急いでとった。
それと同時に、貴人は右足を地面に踏みつけていた。




