第一章ー31
「いてて……」
貴人が湿布が貼られている自分の首に手を当てながら呟く。
昨日、ソファの上でむりな姿勢で寝てしまったため寝違えたのだ。
五月祭二日目、貴人と悠奈は間も無く始まろうとしている自分達の試合に控えて日本第一闘技場の選手待機室にいた。
夢ノ丘の闘技場にある控室とは比べ物にならない程大きく、飲み物、食べ物、テレビなどここで生活可能な程様々なモノが備えられていた。
二人の試合は第二試合である。
「ごめんね貴人……。私が上に乗りながら寝ちゃったせいだよね……」
「ゆ、悠奈のせいじゃないぞ!」
しゅんとする悠奈とそれを全力で否定する貴人。
確かに悠奈が上に乗りながら寝てしまったのは事実であり、そのためにきつい体勢になり寝違えてしまったのも事実である。
しかし、体勢を変えることは悠奈を横にずらせば良いだけなのだから出来たはずである。
つまり、貴人は体勢を変えられなかったのではなく自分の意思で変えなかったのである。
貴人が叫ぶ。
「俺が男だったから寝違えてしまったんだ!」
「?」
悠奈はよく意味が分からなかったのか首を傾げた。
貴人が体勢を変えなかった理由はこれである。
二人でソファに倒れこんだ時は真面目なムードだったため意識していなかったが、悠奈が寝た後に貴人はあることに気づいた。
気づいてしまったーー
悠奈の胸が自分に当たっている事に。
そこからは貴人の脳内で戦争が繰り広げられた。
理性VS本能、理性陣営は「今すぐ悠奈を横にずらすべき」を、本能陣営は「むしろ少しのお触りをしないと悠奈に失礼にあたるのではないか。なら触るべきなのではないか」を行動理念として掲げていた。
柔らかい感触を感じながら両者は何時間も争った。
最初の頃は本能陣営が圧倒的有利で貴人は何度も悠奈のそれに手を伸ばしかけていたが、終盤に差し掛かり理性陣営が互角まで巻き返していた。
そこに第三勢力が現れた。
第三勢力ーー中立陣営は「それならば、触らずにこのまま寝れば良いのではないか」という協定を両者に持ちかけた。
両者はこれに了承し、互いに歩み寄る形で六時間にも及ぶ貴人の第一次脳内大戦争は幕を閉じたのだった。
その戦争の終結による代償が寝違えだっだ。
「……己の煩悩が憎いっ……」
忌々しげに貴人は悠奈に聞こえないように呟く。
「ねーどうしたの?」
一人でずっと黙っていた貴人に痺れを切らしたのか悠奈。
「い、いやその……Buono! だったんだ昨日の晩飯が!」
いきなり関係の無い話になり、さらにイタリア語が貴人の口から勢いよく吐き出された。
確かに貴人は美味しい思いをしていたのだが上手くはない。
「よく分からないんだけど……」
「取り敢えず悠奈は気にしなくて良いんだ! 悠奈は悪くない!」
「そ、そう……。分かった」
貴人は無理やり結論付け、話を終わらせる。
「と、ところで俺達の初戦の相手ってどこなんだ?」
話題の矛先を五月祭にする貴人。
そう言えば組み合わせを確認していなかった事を思い出す。
「もー、ちゃんと確認しといてよー」
文句を言いながらも悠奈は答える。
「雲海高校よ。土門家と風城家のペアね」
「あぁ、清嗣先輩のところか……。確か土門家はあまり偏見は無かったよな?」
「土門家はそうだけど問題は風城家の方ね」
偏見とはもちろん氷上家に対してのである。
土門家と水月家は氷上家に対して差別的では無いのに対し、残りの風城家、火賀家、雷禅家は氷上家を蔑みの対象としている。
未来と前司が良い例である。
「まあなるようになるよ」
悠奈は貴人に言う。
貴人にはその言葉が悠奈自身に言っているような気がした。
そんな時、貴人達の初戦を告げるアナウンスが響き渡った。




