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やりたかないのに陰陽師  作者: 辻本 真悟
第ニ章 『南京町(チャイナタウン)オッズ・メーカー』
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第9話 南京町(チャイナタウン)のノイズ

第二章頑張ります

なぁ、あんたなら信じられるかい?

 昨日、三宮のど真ん中で化け物と殺し合いをして、天空・六合・天一、さらに白虎まで、十二天将を四体同時召喚なんていう、自分でも引くような荒業をやってのけた俺が、今朝は母ちゃんの喫茶店で皿洗いを手伝わされているなんて。


 北野の朝は静かだ。一階の『フォックス・テイル』からは、芳醇なコーヒーの香りと、母ちゃん——葉子が客をあしらうおっとりした声が漏れている。


「……やりたかないねー、朝から。腰が痛いわ」


 俺が文句を言いながら皿を拭いていると、店内に不釣り合いな「音」が響いた。

 カチ、カチ、カチ……。

 カウンターの隅に座っている、漆黒のシルクを纏った男。そいつは注文したコーヒーには目もくれず、ただひたすらに古びた算盤そろばんを弾いていた。


 そこへ、ベルをけたたましく鳴らして、道満と博雅がそれぞれの両親を連れて入ってきた。


「……あ、あの……晴明」


 道満が、黒木メイサ似の顔をこれ以上ないほど真っ赤にして、消え入りそうな小さな声で呟いた。

「……昨日は、その……助けてくれて、ありがとう。……あと、うちが暴走して、ごめん……」


「あぁ? 何や道満、蚊が鳴くような声で。聞こえへんぞ」


 俺が茶化すと、後ろにいた道満の親父さんが「こら、道満!」と一喝した。


「もっとシャキッとせんか! 晴明には命を救われたんやぞ、そんな蚊の泣くような声で礼が言えるか!」


「……もう、分かってるよ父ちゃん! うるさいわ!」


 道満が逆ギレして風呂敷包みを俺の胸に押し付けてくる。中身は昨日の礼の豪華な弁当だ。

 そこへ博雅の親父さん——県警の重鎮も進み出て、俺の親父に、そして俺に深く頭を下げた。


「晴明くん。昨日の件は県警の方で『ガス漏れによる幻覚』として処理しといた。博雅を助けてくれてありがとうな」


 二階から下りてきた親父は、葉子にやられて青紫に腫れ上がった顔で「おー、貸しにしといてやるよ」と鼻声で笑う。道満がそれを見て「あはは! 泰臣さん、その顔なに!」と吹き出し、店内の空気は一気に弛緩した。


 だが、その平和を切り裂いたのは、生意気な後輩の叫びだった。


「……皆さん、呑気に笑ってる場合じゃないですよ!」


 有世が、真っ青な顔でタブレットを店内に駆け込んできた。


「『呪いの動画』第3弾。配信元は南京町。……見てください。これ、今の俺たちです」


 画面には『フォックス・テイル』を捉えたライブ映像と、不気味な数字の羅列が踊っている。


「……オッズ? なにこれ、俺の『生存率』が一番低いってどういうことや!」


 博雅が画面を見て激昂する。

 ――いや、あー、うん。肉弾戦馬鹿だからね。しょうがないね。

「うっさいわ博雅! うちの『狂乱化』に倍率がついてる方が屈辱や! 誰が化け物になるって!? ぶち殺すぞ!」


 道満も怒髪天を突く勢いで叫んだ。

 ――いゃ、あー、うん。素の状態でも狂乱してますよ道満さん。

 その時、カウンターの男がパチリ、と最後の一珠を弾き、顔を上げた。


「……良い値がつきそうだ。三代目の首は、南京町われわれのスープをより美味しくしてくれる」


 男は冷酷な笑みを浮かべ、腫れあがった顔の泰臣を一度だけ見ると、音もなく立ち上がった。


 なぁ、あんたならどう思う?

 家族で弁当を囲もうとしてる瞬間に、自分の死に際の値段を提示されるなんて。


「……やりたかないけど、その算盤ごと、ミンチにしてやるよ」

 と言いたいところだが、心からの言葉はこれだ。


「こっちは昨日の一件でリミッター外れて『殺る気』になっとるんじゃい! その算盤ごと挽き肉にしてやんよ」


 その場のほぼ全員が驚いてこちらを見た。

 母ちゃんだけが「あらあら、うふふ」と笑顔のまま、尻尾の一つをクルクル回している。


 「……行け、晴明。後のことは俺たち『大人』がなんとかしてやる」

 鼻にティッシュを詰めたまま、親父が少しだけ真面目なトーンで言った。その目は、探偵事務所の主としてではなく、かつて神戸の結界を守り抜いた男の鋭さを取り戻している。

 ……が、その直後、俺の放った「挽き肉」発言に「特攻ぶっこみの拓かよ!」と小声でツッコんでいるのが丸聞こえだ。台無しだよ、親父。


「あらあら……。うふふ、うふふふふ……」


 その時、店内の空気が一瞬で凍りついた。

 母ちゃん――葉子が、いつの間にやら算盤の男の真後ろに立っている。

 その口調は、普段よりもずっとおっとりとしていて、どこまでも慈愛に満ちている。だが、それが母ちゃんの「怒りの最高位」であることを知っている俺と親父は、同時に背筋を凍らせた。


「晴明。お夕飯までには帰ってきなさいね? その算盤の男、あんたたちが挽き肉にするのは構わないけれど、あんまり細かく刻みすぎると、後の掃除が大変だから……うふふ、楽しみだわぁ」


 母ちゃんがニコリと笑い、尻尾をゆらりと揺らす。物理的な殺気すら通り越した「格」の違いに、算盤の男が初めて膝を震わせ、後ずさりしたのを俺は見逃さなかった。


「博雅、道満。……行くぞ。ここに居続ける方が、地獄よりおっかない」


「お、おう……。葉子さん、マジで怖えな……」


「……うちは、あんたの家には一生逆らわんって決めたわ……」


 店を飛び出した俺たちの前に、一台のパールホワイトが猛烈な勢いで滑り込んできた。


「はい、そこまで! 青春の暴力バイオレンスは、南京町のど真ん中に特等席を用意してあるわよ!」


 リオ先生だ。シーマのエンジン音は、昨日のダメージを感じさせないほど咆哮を上げている。


「乗りなさい! 南京町のあほ共に、三英傑の本当の『価値』を教えてあげなさい。……私のボーナス、倍にして回収させてもらうからね!」


 俺たちは革張りのシートに飛び込み、シーマはタイヤの煙を残して北野の坂を駆け下りた。

 なぁ、あんたならどう思う?

 母ちゃんの「うふふ」という笑い声が、南京町に鳴り響くどの絶叫よりも恐ろしく感じるこの状況。

 

「……やりたかないけど、南京町の夜は、俺たちの『殺る気』で明るくしてやるよ」


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