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やりたかないのに陰陽師  作者: 辻本 真悟
第一章 『サンチカ・ハッカー・スパイダー』
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第8話 不発弾の休日、あるいは親父の腫れあがった宣戦布告

取り敢えずの第一章完結です。


なぁ、あんたなら信じられるかい?

 三宮の街をズタズタに切り裂き、地獄の蓋が開いたような大乱闘を演じた直後に、革張りのシーマに揺られて帰る先が、オムライスの匂いのする自宅だなんて。


 北野の坂の上。ボロボロになった俺と博雅、そして意識を取り戻したものの、絶望に沈んだままの道満を乗せて、シーマは『フォックス・テイル』の前に止まった。


「……着いたわよ。降りなさい、粗大ゴミ諸君」


 リオ先生に追い出されるように二階の事務所へ上がると、そこには案の定、ハイライトを燻らせた親父、泰臣やすおみが待ち構えていた。


「おー、三代目。随分と派手な『実地研修』だったな」


 泰臣はひょうひょうとしたツラで立ち上がると、何を血迷ったか、隣にいたリオ先生の前に跪き、その手をそっと取った。


「リオちゃん、君の瞳のノイズを消せるのは、この泰臣さんだけだと思わないかい? 永田町のジジイ共なんて放っておいて、二人で熱海の結界でも見に行かないか」


 その瞬間。

 階下から、おっとりとした、だが芯まで凍りつくような声が響いた。


「あらあら、うふふ……。パパ、また素敵なお誘いをしてるのねぇ?」


 母ちゃん――葉子が、いつの間に背後に立っていた。柔和な笑みを浮かべているが、その背後で揺らめく「九つの影」が、事務所の気圧を物理的に押し潰している。


「あ、いや、葉子さん。これはその、外交的な交渉の一環で……」


「うふふ、いいのよ。でもね、よそ見をする悪い殿方には、少し『お仕置き』が必要かしら……ね?」


 直後、事務所の床が抜けるような衝撃音が響いた。


 数分後。そこには両方の目の周りを青紫に腫らし、鼻にティッシュを詰めた「威厳ゼロ」の親父が正座していた。母ちゃんは隣で「あらあら、お顔が大変なことになっちゃって。うふふ」と、楽しそうに氷嚢を当てている。


「……ゴホン。えー、永田町のクソジジイ共によぉ」


 泰臣は、腫れあがった顔でフガフガと鼻声を出しながら、机の上の機密端末に向かって「宣戦布告」を始めた。

威厳はマジでゼロだ。


「安倍家は、本日をもって政府の『生体電池』を廃業する。これからは、俺への依頼料は三倍、晴明の学費は全額国庫負担だ。文句があるなら、神戸の結界、今すぐ全部解いてやってもいいんだぜ……?」


 その情けない姿に、さっきまで「自分は街を壊した」と絶望していた道満が、思わず「ぷっ」と吹き出した。


「……あはは! なにそれ泰臣さん、顔、お化けみたいやん!」


 道満に笑顔が戻った。そこへ、道満の父ちゃん(サラリーマン)と博雅の父ちゃん(兵庫県警の重鎮)たちが、奥さん連れで続々と事務所に雪崩れ込んできた。


「道満! 無事か! センター街があんなことになって、父ちゃん生きた心地がしなかったぞ!」


「……ごめん、父ちゃん。うち、もう三宮には戻れへん。あんなに滅茶苦茶にして……」


「……あー、それな。気にせんでええよ」


 俺は、母ちゃんが「はい、晴明もうどんどうぞ。うふふ」と運んできた、お揚げたっぷりの丼を受け取りながら言った。


「……三宮、傷一つついてへんで」


 俺はスマホをタップして、ライブカメラの映像を見せた。そこには、いつも通り平和にライトアップされた三宮の夜景が映っていた。


「……めんどくさいけど、天空てんくうで空間を丸ごと入れ替えて、六合りくごうで認識を捻じ曲げて、天一てんいつに瓦礫の身代わりをさせといた。道満が切ったのは、俺が作った『偽物の三宮』や」


「……あんた、あんな乱闘の中で、十二天将をそんなに使い分けとったんか……?」


 道満が呆然と呟く。博雅も「化け物やな、お前……」と引きつった笑いを浮かべた。


 ……言っただろ。リオ先生にクリーニング代請求されるのがどんなホラーよりも一番こわい。

 ……なぁ、あんたならどう思う? 命がけの復讐劇が、ただの『箱庭の喧嘩』で終わらされてた時の気分。

 俺? 俺はただ、冷めないうちにうどんを食いたいだけだ


 顔を腫らした親父が「さすが俺の息子!」と笑おうとして、隣の母ちゃんの「うふふ、まだ元気があるのねぇ」という声に、再び震え上がった。

 神戸の夜は、相変わらず騒がしくて、そして少しだけ温かかった。

第二章も頑張ります。

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