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やりたかないのに陰陽師  作者: 辻本 真悟
第一章 『サンチカ・ハッカー・スパイダー』
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第7話 三宮デッドライン、あるいは星と格子の清算

今回は内容考えながらほんまにどの方向に持っていくか迷いました。

校庭の砂利を激しく蹴立てる、暴力的なタイヤの悲鳴が響いた。

 パールホワイトのY33シーマが、ドリフト気味に俺たちの目の前で横滑りに止まる。


「はい、そこまで! 青春の愛憎劇やってる暇なんてないわよ、永田町のあほクソジジイがパニックで心停止フラットラインしそうなんだから!」


 サンルーフから顔を出したリオ先生が、メンソールの煙を吐き出しながら叫んだ。その背後、三宮の空からは、あの『呪いの動画』のノイズが、物理的な雨となって降り注ぎ始めている。


「安倍君、源君、乗りなさい! あの娘、本気で街を更地にする気よ。あの子が土蜘蛛の本尊と完全に同期シンクロしたら、私のボーナスどころか、この国のバックアップが消えるわ!」


「……先生。知ってたんやろ。俺たちの先祖に何があったんか」

「永田町町の不都合な真実のせいよ。」


 俺がドアを開けながら睨むと、リオ先生はルームミラー越しに、一瞬だけ、本当に一瞬だけ、悲しそうな目を向け消え入りそうな声で言った。


「しっかり掴まってなさいよ。このシーマ、加速だけは永田町のあほ共の議事堂をぶっ飛ばせるレベルなんだから」


 リオ先生は、ハイライトの煙を窓の外へ弾き飛ばすと、一速に叩き込んでアクセルを踏み抜いた。パールホワイトの巨体が、暴力的なまでのGを伴って神戸の坂道を駆け下りる。


「……先生。さっき言ってた『永田町の不都合な真実』って、どういうことや。俺らの先祖は、あいつらに何されたんや」


 俺の問いに、リオ先生はルームミラー越しに、刺すような視線を投げた。


「あいつら——永田町のジジイ共はね、あんたたちの家系を人間だなんて思ってないわ。安倍と芦屋。最強の矛と盾をあえて反目させ、憎しみ合わせることで、その衝突から生まれる膨大なエネルギーを抽出してきたのよ。幕末のあの惨劇も、あいつらが裏で糸を引いた『仕組まれた殺し合い』。あんたたちの先祖は、あいつらのシステムを維持するための、使い捨ての『生体電池』にされたのよ」


「……電池やと?」


 博雅が声を震わせる。


「そうよ。道満の娘がキレたのはそこ。自分たちの血も涙も、親父さんの凡庸な幸せさえも、あいつらの贅沢な暮らしを支えるための燃料にされてたって気づいたからよ」


道満の父は能力は少しあるものの普通のサラリーマンで母親はスーパーのパートだ。


俺は、助手席のシートを指が白くなるまで握りしめた。

 京都でのクソみたいな修行の日々。家系の名を汚すなと説教を垂れる本家の連中。そして、努力だけで這い上がってきた道満の、あの充血した瞳。

 それら全てが、永田町のジジイ共が快適にエアコンを効かせるためのエネルギーに過ぎなかったなんて。

「……やりたかない。本当に、やりたかないねん」

 口から出たのはいつものセリフだが、その温度は自分でも驚くほど冷えていた。

 怒りが一周して、心臓の奥がなぎになる。

 俺は五芒星セーマンを描く右手をじっと見つめた。この術式は、誰かを守るためのものか、それとも誰かを効率よく搾取するためのコードなのか。

 もし、世界がそんなクソみたいなシステムで動いているなら、俺が描く星で、その「理屈」ごと上書きしてやる。

「先生、もっと出せ。……あいつを、電池のまま終わらせるわけにはいかん」

「言われなくても! クリーニング代、しっかり稼ぎなさいよ!」


 俺は奥歯を噛み締めた。やりたかないなんて、もう言ってられるレベルじゃない。

 前方の視界が開ける。三宮のビル群は、道満が吐き出す「格子ドーマン」の呪いにズタズタに切り裂かれ、その中心——マルイの屋上で、道満が絶叫していた。


「博雅、今や! あいつを、道満を繋ぎ止めろ!」


 俺の叫びに応え、博雅が屋上を真っ向から突き進んだ。道満から放たれる、触れたものすべてを腐らせるドス黒い九字の礫。だが、博雅は一歩も引かない。全身から立ち上る黄金色の「氣」が、その身を灼きながらも、猛烈な圧力で呪詛を押し返していく。


「道満――っ! もうええ、もう十分や!」


 博雅の剛腕が、狂気に呑まれた道満の細い肩を抱き寄せた。泥臭くて、熱くて、お節介な生身の体温。それが、土蜘蛛と同期して氷のように冷え切った道満の輪郭を、無理やり現世に繋ぎ止める。


「……離せ……っ、博雅! あんたまで道連れにするぞ!」


「構わん! お前が地獄に行くなら、俺がその門をブチ壊してやる!」


 二人の「氣」と「呪」が衝突し、屋上のコンクリートが粉々に砕け散る。その背後で、土蜘蛛の本尊が、自分の一部を奪い返そうと、巨大な脚を鎌のように振り上げた。


博雅の剛腕が、狂気に呑まれた道満の細い肩を抱き寄せた。

 二人の「氣」と「呪」が衝突し、火花が散る至近距離。周囲には爆音と土蜘蛛の絶叫が渦巻いているが、その瞬間の二人には、別の音が聞こえていた。

「……もう、ええやろ、道満。お前、ほんまはこんなこと、やりたくなかったんやろ」

 博雅が耳元で、血の混じった声で囁く。道満の全身を覆う黒い格子ドーマンが、博雅の肌を容赦なく焼き切っていくが、あいつは腕の力を緩めない。

「……うるさい……離せ。あんたには分からへん……。うちが、どんな気持ちで、九字を……!」

「分かる。分かるよ。……お前はただ、親父さんと、なんでもない毎日を送りたかっただけや。俺も、晴明も、お前とクレープ食ってる時間が一番好きやったんや」

 道満の動きが一瞬、止まった。瞳の中に宿っていた土蜘蛛の赤い複眼が揺らぎ、本来の彼女の瞳が潤みを帯びる。

「……博雅……。でも、うちはもう、汚れて……」

「汚れてへん。お前を汚してるのは、その蜘蛛の糸や。……晴明! 今や、そいつを断ち切れ!


「――白虎。お前なら、理屈はいらねえな」


 俺は右手の封印を、皮膚が裂けるほどの力で解放した。影の中から現れたのは、銀色の毛並みを逆立てた、殺意の塊。十二天将、白虎。呪術の相性も、歴史の因縁も、今の俺にはどうでもいい。


「その『回線』ごと、あいつを切り離せ。……トドメだ!」


 白虎が音を置き去りにして跳んだ。呪術的な防御を一切無視する、絶対的な物理の暴力。銀色の閃光が、道満の背中と土蜘蛛を繋いでいた「電子と怨念の糸」を、一瞬で両断した。


「ギギ、ギィイアアアアッ!」


 土蜘蛛の絶叫が三宮に響き渡り、空を覆っていたデジタルノイズが火花を散らして霧散していく。糸を切られた道満の身体が、糸の切れた人形のように崩れ落ち、それを博雅が、焦げ付いた腕でしっかりと受け止めた。


 なぁ、あんたならどう思う?

 天才の五芒星でも、努力の九字でもなく、永田町の論理が支配するこの街で、理屈抜きの「お節介」だけが、最後の一線を守り抜いたんだ。結局最後は「ただの抱擁」と「ただの爪」が、世界を繋ぎ止めたんだ。


「……やりたかないけど、これで終わり……じゃないよな、先生」


 俺は、地上でシーマのライトを点滅させているリオ先生を見下ろした。

 土蜘蛛の本尊は、深手を負いながらも、三宮のさらに深い闇へと溶けるように消えていった。

この後の展開どうするか

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