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やりたかないのに陰陽師  作者: 辻本 真悟
第五章 『神話受肉、メリケン・イレース』
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エピローグ:前編『再起動(リブート)の朝食と家族のケジメ』

「……はぁ、やりたかないねー。死ぬかと思ったわ」

 

 定員オーバーのシーマは、ミシミシとサスペンションの悲鳴を上げながら、北野の心臓破りの坂を必死に登っていた。助手席に俺、後部座席に博雅、道満、有世、そして保憲。高級車が完全に「部活帰りのバン」状態だ。


 「ちょっと! 安倍くん、太ったんじゃないの!? 車が全然進まないわよ!」

 りお先生がアクセルを床まで踏み込むが、エンジンは神話の戦いより苦しげな音を立てていた。


 ようやく辿り着いた俺の家兼店――『フォックス・テイル』のフロアには、重苦しい空気が立ち込めていた。

 テーブルには湯気を立てる黄金色のオムライス。カウンターの奥には親父(泰臣)と葉子母ちゃん。そして、悠然と椅子に腰を下ろした総理・麗子が、鋭い眼光で俺たちを迎えた。


「お帰りなさい、安倍君、芦屋のお嬢ちゃん、源君。……そして、賀茂の坊っちゃんも。無事で何よりだわ」


 麗子の凛とした、それでいて女性らしい柔らかな標準語が店内に響く。その言葉を合図に、俺たちは一斉にオムライスを頬張った。

 「……あ。安倍くん、悪いけど僕の隣は空けておいてくれるかな。正確な角度で実測サンプリングしたいんだ」

 保憲の目が、らんらんと不気味に輝いている。あいつは一口食べるごとに、「……やはり、この黄金の比率。昨日のデータと一分の狂いもない。完璧だ」と独り言を呟きながら、狂気的な執着でスプーンを動かしていた。


 だが、安らぎは長くは続かない。食後、博雅と道満が、一年前の「自害による死に戻り」の真実をすべて話した。


「晴明君……本当に、ありがとう。息子を……救ってくれて……」

 博雅の父が、震える声で俺に頭を下げた。その隣では、博雅の母と道満の母が、顔を覆ったまま声にならない嗚咽を漏らし、肩を震わせている。愛する我が子が一度死んでいたという戦慄と、それを救った俺の代償の重さに、言葉も出ないようだった。


 だがその直後、彼らと雁助さんの視線が、カウンターの親父を射抜いた。


「おい、泰臣!!」

 雁助さんがカウンターを叩き、凄まじい殺気で親父を睨みつける。

「晴明が……こいつが一人で自分を殺してまで子供らを助けたんやぞ! なんでそれを、うちらに黙ってたんや!!」

「……そうです、泰臣さん。親友だと思っていたのは、私だけだったんですか! なぜもっと早く言わんかった!!」


 博雅の父も顔を真っ赤にして詰め寄る。

「ひっ……! 葉子、助けてくれぇ!」

 親父が情けなく叫び、葉子の背後に隠れようとする。だが、葉子は手にしていた扇子をパチンと閉じ、にっこりと慈愛に満ちた(殺気のこもった)笑顔を向けた。

「……あらあら、パパ。逃げようなんて、そんなわけないわよね? さあ、しっかりお話をお聞きなさいな」


 その光景を横目で見ながら、保憲もまた、震える手で実家の賀茂家へ連絡を入れていた。

「……父上。ええ、事象は解決しました。……何故帰らないのか、ですか? ……重要事項です。葉子さんのオムライスの『黄金の比率』を再サンプリングする必要があります。……ええ、これは国家の根幹に関わる観測なんです。……切りますよ」

 保憲は冷徹な声で実父をオムライス一点張りで論破し、らんらんと輝く目で皿を見つめ直した。


「さて……安倍君たちが食べ終わったら、大人としての、そして政府としてのケジメをつけさせてもらうわね」

 麗子が静かに、だが逆らえない威圧感を持って告げる。


 隅っこでは有世が土御門の本家に電話を繋いで大泣きしている。

「はい! 先輩の焔がすごくて……ううぅ、生きててよかったですぅ……!」


 戦場よりうるさい店内で、俺は震える指先を隠すように、冷めたオムライスの最後の一口を飲み込んだ。

 

……いやいや。やりたかないけど、これが俺の選んだ『日常』なんだろ。

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