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やりたかないのに陰陽師  作者: 辻本 真悟
第五章 『神話受肉、メリケン・イレース』
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第25話 共有されたバグ、あるいは一年前の正解

晴明が語ります。

「離せって……ッ! この焔は、全部をなかったことにするためのもんなんや。お前らは何も知らんでええ……! 何も知らんまま、日常に戻ればええんや!!」


 俺は必死に腕を振り払おうとした。だが、博雅の指は食い込むほどに強く、あいつの黄金色の氣が、騰蛇の紅蓮を強引に押し留めている。


「ふざけんな! 何も知らんでいいわけあるか! 俺たちを助けるために死んだお前の姿を、なかったことにしてたまるかボケェ!」


 博雅が至近距離で吠える。その言葉に、胸の奥を直接掴まれたような衝撃が走った。横から割り込んできた道満が、震える手で俺の右手を、博雅の手の上からさらに力強く包み込んだ。


「……晴明。あんた、うちらを生き返らせるために、自分で……自分を殺したんか。それを、うちらにずっと黙ってたんか。……なんで……一人でバグ抱えて、一年も姿くらまして。……なんで、一人で平気な顔しとったんや」


 道満の涙が、俺の手にこぼれる。その雫が、騰蛇の熱よりもずっと熱くて、冷たかった。俺は視線を地面に落とし、震える声で絞り出した。


「……俺はもう、まともな人間やない。半年間、指一本動かせんまま寝たきりで、そのあとも一年かけて京都で魂の傷を癒すだけで精一杯やった……。五芒星描こうとしたら震えるねんで……」


 今まで誰にも、親父にさえ隠していた情けない事実が、決壊したダムのように溢れ出した。


「死の記憶、匂い、忘れたくても忘れられへん、脳に焼き付けられてる……。元々やる気なんてなかったけど、さらに怠惰になっただけの、傷まみれの命なんや。道満……お前が俺の隣にって言う度に、ほんまはな、こう思ってた。隣にいる資格なんて、ほんまは俺の方こそないねん」


 弱々しく語る俺の言葉は、パチパチと爆ぜる焔の音にかき消されそうだった。

 朱雀による自害を対価にしたリブート。自ら命を絶って因果をねじ曲げた代償は、俺という存在の根幹を永遠に不安定なままにしている。


「資格なんて、俺が決めるわ!」


 博雅が俺の肩を小突き、無理やり視線を合わせさせた。

「お前が震えるんなら、俺が筆を支えてやる! お前が怠惰なら、俺がケツを叩いてやる! 陰陽師が何や、三代目が何や! お前は、俺のダチの晴明やろうが!」


 道満がぐい、と俺の手を引いた。

「……そうや。あんたが一人で壊れたんなら、三人で作り直せばええ。一千年の土蜘蛛より、あんたのその歪んだプライドの方が、よっぽど厄介なバグやわ!」


 二人の熱い氣が、俺の冷え切った身体に流れ込んでくる。不思議と、騰蛇の焔が静まり、代わりに温かい光が右手に宿った。俺の中の「未解決ログ」が、二人と共有されたことで、初めて正しい定義に書き換えられていく。


「……ちっ。お前ら、ホンマに最高にうっとうしいわ」


 俺はジッポを地面に放り捨て、右手を高く掲げた。土蜘蛛の核は、まだ消えずに、俺たちの記憶を食らおうとうごめいている。


その言葉を遮るように、異界の端がいびつに引き裂かれた。


(……しまった、デリートが甘かったか)


 土蜘蛛は俺たちの感情の隙を突いた。騰蛇の焔が静まった一瞬の空白、奴はその巨躯を無理やりデジタルなノイズへと変換し、天空が作り上げた異界の「壁」を強引に食い破った。


「――逃がすかッ!!」


 博雅が吠え、黄金色の氣を叩きつけるが、奴の本体コアは既に異界の外――現実の神戸へと流出を開始していた。一千年の執念は、俺たちのトラウマを暴き立てるだけでは終わらない。


「先輩! 土蜘蛛の信号、現実のネットワークに再接続リカバリーされました! これ……街中のインフラを依り代にして、実体化し直すつもりですよ!!」


 有世の悲鳴が、崩壊していく異界に響く。

 天空の術が解け、視界が白銀から元の「北野の夜明け」へと戻っていく。だが、そこにあるのは静かな朝じゃない。校舎の至る所から、真っ黒な光ファイバーの糸が蜘蛛の足のように伸び出し、神戸の街を物理的に侵食し始めていた。


「……はぁ。やりたかないねー、ホンマに。湿っぽい話で終わらせてくれるほど、神話のバケモノは甘くないってか」


 俺はふらつく身体を博雅に支えられたまま、地を這う影を見据えた。

 右手の封印はもうボロボロだ。さっきの「告白」で魂を曝け出したせいか、五芒星を描こうとする指先は、今も情けなく震えている。


「晴明、情けない顔すんな。逃げたなら、追いかけて殴るだけや」


「……そうや。あんたの震えは、ウチらが止めたる。現実に戻ったなら、ウチらのやり方でケリつけようやないか」


 道満が、震える俺の指を力強く握りしめる。

 なぁ、あんたならどう思う?

 過去を暴かれ、魂はボロボロ。なのに、隣にいる馬鹿野郎どものせいで、まだ「デリート」する気力が湧いてくるんだ。


「……おぅ。やりたかないけど、そのバグ、今度こそ完全に存在自体を抹消イレースしてやるよ」


 俺は震える指先を隠すように拳を握り、逃げ出した土蜘蛛の黒い残滓を睨み据えた。

 藤原のOSという殻を脱ぎ捨て、より生々しい怨念となって現実リアルに溶け出した一千年のバグ。それが、神戸の朝日をドス黒く塗り潰そうとうごめいている。


 奴は街の光ファイバーを、まるで自分の神経系か何かのように使って、地下から地上のあらゆる電子機器へと感染を広げ始めていた。


「晴明、行くぞ! 街が蜘蛛の巣に変わる前に、あいつの本体コアを引き摺り出すんや!」


 博雅の叫びと共に、俺たちは崩壊した校舎を飛び出した。

 道満が俺の震える右手を支え、有世がタブレットで土蜘蛛の流出先をトラッキングし、保憲が冷徹な目でその「最適解」を弾き出す。


 なぁ、あんたならどう思う?

 一年前、自ら喉を切り裂いて絶望の中で終わらせたはずの俺の時間が、今、こいつらの熱量で強引にアップデートされてる。


「……やりたかないけど、俺の『死に戻り』を無駄にするような真似、神様だろうがバケモノだろうが、絶対に許さんわ」


 俺は、今度こそ逃げ場のない「終わり」をあいつに刻むために、走り出した。

んー、青春すぎる

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