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やりたかないのに陰陽師  作者: 辻本 真悟
第五章 『神話受肉、メリケン・イレース』
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第23話 情報汚染、一年前のバグ

「……ガッ、ア、ァァァァァッ!!」


 異界の静寂を切り裂いて、土蜘蛛がのたうち回った。

 影から解き放たれた白虎の爪が、奴の巨大な脚を「挽き肉」に変えていく。銀色の閃光が走るたび、一千年の怨念で固められた肉塊が、物理法則を無視した音を立ててスクラップへと変わっていった。


「晴明、効いとるぞ! このままコアまでぶち抜いたる!」

「……ウチもや! あんたの隣、意地でも離れんからな!」


 博雅の黄金色の拳と、道満の黒い雷光。

 二人の背中は頼もしい。だが、その信頼の熱量が増せば増すほど、俺の心臓は嫌な音を立てて軋んでいた。神話の怪物は、死に際にこそ最悪の毒――「真実」を吐き出すものだ。


「――検索。照合。……未解決ログ、検出。……『安倍晴明』、自己シャットダウンによる強制再起動の記録」


 土蜘蛛の数千の目が、不気味な幾何学模様を浮かべて明滅した。

 奴は物理的なダメージを無視し、天空が作り上げたこの異界の「情報」そのものに干渉し始めた。ドロリとした黒い霧が座標データを侵食し、俺たちの脳内に直接、強制的な映像パケットを流し込んでくる。


「っ、なんや……これ……視界が、バグる……ッ!」


 道満が苦悶の声を上げ、膝をついた。有世が叫ぶ。

「先輩! 道満先輩の精神リソースが汚染オーバーロードされます! 私のタブレットじゃ、この汚染されたパケットを処理しきれへん!!」


 俺はチッと舌打ちし、指を弾いて影から太裳たいじょうを滑り込ませた。

「太裳! ……パッチを当てろ。その乱れた氣を、水で洗い流せ!」


 太裳の放つ清冽な水の波動が道満を包み、毒を洗い流していく。だが、映像バグの侵食は止まらない。


 異界の空から、血のような雨が降り始めた。

 地面に溜まる泥水の中に、一年前のあの日が実体化していく。

 そこには、冷たくなった博雅と道満の死体を前に、自らの喉元に刃を突き立てる一年前の俺がいた。


(……やめろ。それだけは、見せるな)


 朱雀による「死に戻り」――。

 事故や他殺による死ならまだしも、自らの意志で命を絶って発動させた場合の制約は、呪い(システム)そのものを破壊するほどに重い。俺の魂はあの時、永遠に癒えない傷を負い、今も「バグ」を抱えたまま無理やり動いている。


 博雅が、信じられないものを見るように目を見開く。

 泥水に映る「自害する俺」を捉え、道満が呼吸を忘れたように固まった。


 俺が今ここにいるのは、奇跡なんかじゃない。

 二人を生き返らせるために、自分を一番汚い形で壊した「成れの果て」だ。

 そんな絶望、こいつらにだけは、何があっても、死んでも知られてはならない。


「……晴……明……あんた、何、これ……」


 道満の声が震える。

 俺は震える手で、あえてぶっきらぼうにジッポを弾いた。胸の内の動揺を、剥き出しの殺意で塗り潰す。


「……はぁ。ホンマに、他人のバックアップを勝手に公開シェアすんじゃねーよ。プライバシーもへったくれもないな、土蜘蛛さん」


 俺の右手の封印が、俺の意志に反してパキパキと音を立ててひび割れた。


「――勾陳こうちん。……その汚ねえハッキング、一時停止フリーズさせろ。……二度と、その口から俺のログを喋るな」


 最強で最凶の焔を出す前に、俺は目の前のバケモノを、情報の底から永遠のラグ(牢獄)へ叩き落とすことに決めた。

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