第23話 情報汚染、一年前のバグ
「……ガッ、ア、ァァァァァッ!!」
異界の静寂を切り裂いて、土蜘蛛がのたうち回った。
影から解き放たれた白虎の爪が、奴の巨大な脚を「挽き肉」に変えていく。銀色の閃光が走るたび、一千年の怨念で固められた肉塊が、物理法則を無視した音を立ててスクラップへと変わっていった。
「晴明、効いとるぞ! このまま核までぶち抜いたる!」
「……ウチもや! あんたの隣、意地でも離れんからな!」
博雅の黄金色の拳と、道満の黒い雷光。
二人の背中は頼もしい。だが、その信頼の熱量が増せば増すほど、俺の心臓は嫌な音を立てて軋んでいた。神話の怪物は、死に際にこそ最悪の毒――「真実」を吐き出すものだ。
「――検索。照合。……未解決ログ、検出。……『安倍晴明』、自己シャットダウンによる強制再起動の記録」
土蜘蛛の数千の目が、不気味な幾何学模様を浮かべて明滅した。
奴は物理的なダメージを無視し、天空が作り上げたこの異界の「情報」そのものに干渉し始めた。ドロリとした黒い霧が座標データを侵食し、俺たちの脳内に直接、強制的な映像を流し込んでくる。
「っ、なんや……これ……視界が、バグる……ッ!」
道満が苦悶の声を上げ、膝をついた。有世が叫ぶ。
「先輩! 道満先輩の精神リソースが汚染されます! 私のタブレットじゃ、この汚染されたパケットを処理しきれへん!!」
俺はチッと舌打ちし、指を弾いて影から太裳を滑り込ませた。
「太裳! ……パッチを当てろ。その乱れた氣を、水で洗い流せ!」
太裳の放つ清冽な水の波動が道満を包み、毒を洗い流していく。だが、映像の侵食は止まらない。
異界の空から、血のような雨が降り始めた。
地面に溜まる泥水の中に、一年前のあの日が実体化していく。
そこには、冷たくなった博雅と道満の死体を前に、自らの喉元に刃を突き立てる一年前の俺がいた。
(……やめろ。それだけは、見せるな)
朱雀による「死に戻り」――。
事故や他殺による死ならまだしも、自らの意志で命を絶って発動させた場合の制約は、呪い(システム)そのものを破壊するほどに重い。俺の魂はあの時、永遠に癒えない傷を負い、今も「バグ」を抱えたまま無理やり動いている。
博雅が、信じられないものを見るように目を見開く。
泥水に映る「自害する俺」を捉え、道満が呼吸を忘れたように固まった。
俺が今ここにいるのは、奇跡なんかじゃない。
二人を生き返らせるために、自分を一番汚い形で壊した「成れの果て」だ。
そんな絶望、こいつらにだけは、何があっても、死んでも知られてはならない。
「……晴……明……あんた、何、これ……」
道満の声が震える。
俺は震える手で、あえてぶっきらぼうにジッポを弾いた。胸の内の動揺を、剥き出しの殺意で塗り潰す。
「……はぁ。ホンマに、他人のバックアップを勝手に公開すんじゃねーよ。プライバシーもへったくれもないな、土蜘蛛さん」
俺の右手の封印が、俺の意志に反してパキパキと音を立ててひび割れた。
「――勾陳。……その汚ねえハッキング、一時停止させろ。……二度と、その口から俺のログを喋るな」
最強で最凶の焔を出す前に、俺は目の前のバケモノを、情報の底から永遠のラグ(牢獄)へ叩き落とすことに決めた。




