第22話 空間変異、蓋の裏側
「……はぁ。やりたかないねー、ホンマに。このままじゃ校舎が壊れるどころか、神戸の街全体が土蜘蛛の巣に上書きされてまう」
俺は学ランを肩にかけ、闇を切り裂いて這い出してきた山のような巨躯を見上げた。藤原という「蓋」を失い、地下から噴き出した土蜘蛛の本体。その巨大な脚が一本動くたびに、コンクリートの床が飴細工のように爆ぜ、校舎が悲鳴を上げて軋む。
池袋のトラブルより数段、えげつない。
「――天空。現実から切り離せ。ここを俺たちの戦場にする」
俺が指を弾くと、影から噴き出した銀色の霧が、爆発的な勢いで周囲を飲み込んでいった。
一瞬で景色が反転した。崩落しかけた壁も、のたうち回る光ファイバーも、すべてが天空の力によって強制的に異界の座標へと隔離された。周囲は深い闇に包まれ、地面には俺たちの氣が最も加速する最短の攻撃ルートが、白銀の幾何学模様となって浮かび上がる。俺たちが土蜘蛛をデリートするためだけに定義された、逃げ場のない特殊空間だ。
「……フン、相変わらず不条理な手際やな。この隔離空間なら、僕の計算も狂わない」
霧の向こうから、銀縁メガネを光らせた生徒会長・賀茂保憲が冷徹な足取りで歩み出てきた。その背後には、タブレットを叩く有世が控えている。
「……あ。オムライス……じゃなかった、保憲。逃げたんじゃなかったのかよ」
「失礼な。戦略的撤退だと言ったはずだ。……あと、僕の名前は卵で包まれていないよ」
保憲は眼鏡を押し上げ、冷徹な視線で群がる雑魚の群れを捉えた。
「――晴明。雑魚の処理は僕たちが引き受ける。君は玄武でこの盤面を掌握したまえ。有世、バックアップを」
「了解です! 晴明先輩、玄武のパス、繋いでください! 雑魚はアーカイブにも残さない勢いで掃除してあげます!」
俺は鼻で笑い、影から【玄武】を解き放った。
絶対零度の凍気が異界に満ち、保憲の知略がその冷気を効率よく雑魚の群れへと誘導する。凍りついた戦場を、博雅と道満が駆け抜ける。
「おっ! 助かるわ、オムライス会長。……晴明、道満! 道は開いたぞ、本体へ突撃や!」
博雅が黄金色の氣を爆発させ、異界の地面を音速で駆け抜けた。
「……ウチもや。あんたが作ったこの場所で、止まっとった時間を動かしたるわ!」
道満が指先に黒い雷光を宿し、俺の隣で並走を開始する。
なぁ、あんたならどう思う?
現実を切り離した異界で、最高の連中と神話の終焉へ突っ込んでいくこの状況。
「……やりたかないけど、最高の『終焉』を見せてやんよ、土蜘蛛さん」
俺は右手の封印に指をかけながら、まだその奥にある「焔」は眠らせたまま、まずは影から白虎を引き摺り出した。




