第21 話 全データ消去、深淵の胎動
第四章はここで終わりです。
白銀の閃光が視界を真っ白に塗り潰した。
一千年の嫉妬をパケットに変換して流し込んでいた藤原の暗黒OSが、三神の合体術式によってその末端から中央処理装置に至るまで、完全に消去されていく。
耳を貸すのも嫌な電子ノイズが、ぷつりと、音を立てて途切れた。
目を開けると、そこにはただの、カビ臭い地下室の風景が戻っていた。
遺構を侵食していた光ファイバーは黒く焦げ付いて千切れ、誇らしげに明滅していたサーバーラックの群れも、今はただの巨大な鉄のゴミ箱に成り下がっている。
「……終わった、んかな。藤原の信号、完全にロストしました」
有世が膝をついたまま、真っ暗になったタブレットの画面を覗き込む。
博雅は黄金色の氣を解き、大きく伸びをした。
「おぅ。完全にデリート成功やな。……道満、お前、大丈夫か?」
道満は、傷ついた指先をジャージの袖で拭い、いつもの不敵な笑みを浮かべようとした。だが、その肩は微かに震えている。一年の空白を埋めるために、文字通り魂の全リソースを注ぎ込んだ『全断絶』。その代償は、彼女の華奢な肩にはあまりに重いはずだった。
「……ふん。やっと、一年前から止まっとった時が……動き出した気がするわ……晴明」
道満が、真っ直ぐに俺を見つめる。
俺は熱を持った右手をポケットに突っ込み、一年前には言えなかった言葉を、不器用に、かつ適当に投げつけた。
「……お疲れ。帰って寝るぞ。……今度は、勝手に消えたりしねーよ。隣で九字切りたきゃ、好きにしろ」
「…………っ、あんた、ホンマに可愛げのない物言いやね」
道満が少しだけ口角を上げ、視線を逸らした、その時だった。
――ドォォォォォォォォォン……。
地底のさらに奥底から、校舎全体を、いや北野の丘そのものを突き動かすような、巨大な地響きが轟いた。
「有世、今の揺れは何や! 藤原のシステム、完全に消えたんやろ!?」
「消えました! 消えましたけど……マズいです! 奴が『管理者権限』で土蜘蛛をOSの一部にしてたのは、支配するためだけじゃなかった。藤原のシステムそのものが、この地下に眠るオリジナル(本体)を抑え込む『蓋』になってたんです!!」
有世の悲鳴と同時に、地下陰陽寮の堅牢な石壁が、内側から爆発するように粉砕された。
そこから現れたのは、電子信号でもプログラムでもない。
一千年の間、京都から神戸へと引きずり込まれ、学校という重石の下で煮詰めに煮詰められてきた「土蜘蛛」の真の肉体――その巨大な脚が、闇を裂いて這い出してきた。
「……はぁ。やりたかないねー、ホンマに。藤原って野郎、自分のOSで、このバケモノを飼い慣らしてるつもりやったんか?官僚の分際で、自然災害にリードがつくと思ってんのかよ」
俺は学ランを肩にかけ、目の前に現れた山のような影を見上げた。
藤原という「人間」の知恵をデリートした瞬間に現れた、理屈も法も通用しない「本物の絶望」。
「博雅、道満。……帰って母ちゃんの飯食うのはお預けや」
「しゃーないな……望むところや! プログラム相手より、こういうデカいツラしてる奴を殴る方が、俺の拳は喜ぶ!」
「……ウチもや。修行の成果、まだ半分も見せとらんからな。地獄の底まで、あんたの隣に張り付いてやるわ!」
なぁ、あんたならどう思う?
やっとバグを消去したと思ったら、システムの下に埋まってた一千年前のウィルス(神話)が牙を剥いてきたんだ。
「……やりたかないけど、最高の『終焉』を見せてやんよ」
朝日が差し込む地上とは裏腹に、地下の深淵では、かつてないほどの暗黒がその巨大な顎を開いていた。
第五章で土蜘蛛編を終わらせるため執筆します。




