第20話 論理矛盾 限界突破
「――無駄だ。この領域内では、私の承認がない限り、君たちの術式はすべて『不正なプロセス』として遮断される」
藤原の声が、地下空間の全スピーカーから幾重にも重なるノイズとなって降り注ぐ。
振り下ろされた蜘蛛の足が、俺たちの立っていた平安の石畳を、デジタルな砂のごとく粉砕した。衝撃波が物理的な破壊ではなく「情報の暴力」として脳を揺さぶり、有世の展開していた防壁を紙屑のように引き裂いていく。
「くっ、先輩……ッ! 敵の演算速度が速すぎです! 完全に多層防御で固められて……手が出せへん!」
有世が膝をつき、デコられたタブレットの端から過負荷の火花が散る。それでも彼女はポニーテールを振り乱し、血の滲む唇を噛んで画面を叩き続けた。
「……でも、タダでやられるほど、ウチのデジタル部門はヤワやないですよ! 晴明先輩、道満先輩! 三秒……いえ、二秒だけ時間を稼いでください! 奴の論理の隙間に、土御門秘伝のウイルスをぶち込んで、管理者権限(管理者モード)を強奪したります!」
「おっ! ええ気合やん。二秒やな。……道満、いけるか?」
博雅が黄金色の氣を拳に凝縮させ、迫りくる蜘蛛の足を真正面から受け止める。
「……誰に言うとんねん。二秒もあれば、世界を書き換えるには十分やわ」
道満が、右手の指先を噛み切った。
舞い散る鮮血。だが、その血は地面に落ちる前に、漆黒の呪力と混ざり合い、幾何学的な「負の文字列」へと変貌する。
「あんたのOSが『論理』で動いとるんなら、その前提ごとバグらせてやるわ。……『電脳九字・全断絶』!」
道満の指先が、空中に超高速で九字を刻む。一年前の屈辱を糧に積み上げてきた地を這うような努力が、最新のデジタル呪詛と衝突し、空間に激しいバグの嵐を巻き起こした。
藤原の支配領域に、システムが関知できない「感情という名の例外処理」が突き刺さる。
「なっ……私のOSが……逆ハックされているというのか!?」
「今です、先輩! 『管理者権限』、強制強奪成功ッ!!」
有世の叫びと共に、藤原を包んでいた鉄壁の防壁が、一瞬だけ青白く剥離した。
「……おぅ。待たせたな。……お前ら、最高の仕事やわ」
俺は学ランを脱ぎ捨て、右手の封印を完全に消去した。
やる気? そんなもん最初からない。だが、隣で血を吐くような努力を重ねてきた相棒と、命がけでキーを叩いた後輩にここまでお膳立てされて、「やりたかない」なんて言えるほど、俺は無粋な男じゃない。
「――天空、六合、白虎。三位一体、この領域の全接続を白紙に戻せ」
影から三柱の神霊が立ち上がる。
天空が情報の因果を断ち切り、六合が逃げ場のない「結界の壁」で敵のプログラムを固定する。そこへ白虎の爪が、藤原の「論理」そのものを物理的に引き裂いていく。
「……馬鹿な。管理者権限を奪った程度で、私の千年が……プログラムが……消えて、いく……!?」
なぁ、あんたならどう思う?
論理だの効率だので固めた官僚の地獄を、一人の女の「努力」と、一人の少女の「執念」、そして一人の男の「やる気のない本気」がぶち壊していくこの快感。
「……やりたかないけど、その腐ったOS、最後の一行まで焼き尽くしてやるよ。藤原さん、これが俺たちの『デリート』や」
俺の指先が、三神の力を一点に集約し、藤原の胸元を貫いた瞬間、地下空間は白銀の閃光がすべてを呑み込み、耳を貸すのも嫌な電子ノイズが、ぷつりと途切れた。




