第2話 三宮センター街、蜘蛛の糸
太陰の風が、センター街のビル風に混じって俺の耳元で囁く。
「熱いねぇ、三代目。街中に死の匂いがこびりついてるよ」と。
「……やりたかないねー、ほんまに」
俺は学ランのポケットに手を突っ込み、五芒星の印の入ったジッポを握りしめて三宮のアーケードを歩いていた。
昼下がりのセンター街。お洒落な服を着た若者や、買い物袋を提げた主婦たちが溢れ、イヤホンからは流行りの歌が流れている。
だが、俺たちの目には、その平和な景色の真上に重なる「別の層」が見えていた。
ビルの壁面、街灯の隙間。そこには、粘り気のある半透明の糸が、網の目のように張り巡らされている。
「晴明、見てみぃ。あの監視カメラのレンズ。蜘蛛の糸が絡みついて、完全に機能してへん」
道満が忌々しそうに、毒を吐く。
あいつの指先からは、既にどす黒い「九字」の氣が漏れ出している。
「博雅、警察の規制線は?」
「……無駄やった。この糸、普通の人間が触れた瞬間に不可視の電気信号に変わって、脳を直接焼き切る。さっきもパトロール中の警官が一人、スマホを覗いたまま噴水の前で固まった」
博雅の言葉通り、マルイ前の広場には人だかりができていた。
その中心。一人の少女が、自撮り棒を握りしめたまま、立った姿で絶命していた。
彼女の全身を縛り上げているのは、実体を持たない「光る糸」だ。
「……なぁ、有世。この動画、そもそもどこで流行りだしたんだ?」
俺の問いに、有世がタブレットの画面を高速でフリックしながら答える。
「最初の拡散元は、一週間前の深夜です。SNSのトレンドを偽装して、三宮周辺のIPアドレスにだけ強制的にポップアップが出る仕組みになってます。名目は『絶対に当たる占いアプリ』……。永田町のクソジジイ共も真っ青の、悪質なフィッシングサイトですよ」
「占い、ねぇ……」
俺は少女の遺体が握っていたスマホを、影の中にいる天一の結界越しに覗き込んだ。画面には、古臭い幾何学模様と、QRコードの成れの果てのような黒い蠢き。
「……これ、QRコードじゃないな。呪印のデジタル化だ」
道満が顔を近づけ、鼻を鳴らす。
……まあ、顔だけは可愛いんやけどな、こいつ。
「ふん、悪辣な真似しよるわ。動画を再生した瞬間に、視聴者の『視覚』を霊的なパスにして、本体に氣を吸い上げさせとるんや」
有世がその言葉を補強するように、画面上に三宮の地図と青い光の線を重ね合わせた。
「道満先輩の言う通りです。吸い取られた氣の通信ログを辿ると、全てのラインが一点に集約されます。……三宮の地下、旧変電所跡。かつて晴明先輩の曽祖父さんが大妖怪を封じ込めた、結界の『楔』の真上です」
地図上の赤い点が、ドクンと不気味に鼓動した。
なぁ、あんたならどう思う?
最先端の5G電波を使って、平安時代の妖怪が食事をしてる。
皮肉を通り越して、ただの悪趣味だと思わないかい?
その時、周囲の大型ビジョンが一斉にノイズを吐き出した。
映し出されたのは、死んだ少女のスマホにあったのと同じ、あの幾何学模様。
街ゆく人々が、何かに吸い寄せられるように足を止め、一斉にスマホを取り出す。
「……しまっ、一斉送信か! 六合、出ろ!」
俺は指を弾いた。
影の中から現れた寡黙な守護者が、重厚な甲冑の腕を広げ、三宮二丁目の空間そのものを認識の檻に閉じ込める。
「……博雅、道満。これ以上動画を見せるな。……やりたかないけど、地下のプラグを引き抜きに行くぞ」
俺たちは喧騒が消えた静寂の街を抜け、平安の時代の化け物の吐息が漏れ出す地下階段へと足を踏み入れた。




