第1話六甲おろしとシーマの煙
なぁ、あんたなら信じられるかい?
山と海に囲まれたハイカラな街、神戸。
一見お洒落なこの街の裏側には、永田町のクソジジイ共も、ましてや警察の鑑識も手に負えない「ゴミ」が溜まり続けている。
平安の昔からそのゴミを掃除してきたのが、俺たち陰陽師の家系だ。
一年前、ある事情で京都に飛ばされていた俺——安倍晴明は、望まない三代目の名を背負わされて、この街に帰ってきた。
待っていたのは、パールホワイトのY33シーマを転がす、無駄にセクシーな担任兼「監視者」の神戸リオ。
黒木メイサ似のクールな面で殺気を飛ばしてくる幼馴染、芦屋道満。
そして、警察一家のサラブレッドで正義の味方な親友、源博雅。
「三英傑が揃いし時、日ノ本は真っ赤に染まる」
そんな不吉な予言をよそに、三宮の街では「見たら死ぬ呪いの動画」なんて、しけた事件が動き出している。
なぁ、あんたならどうする?
平穏な高校生活を願うか。それとも、影に潜む十二天将を呼び出して、クソみたいな運命をぶち壊すか。
俺? 俺はいつだってこう言うさ。
「やりたかないねん、こういうのは」
なぁ、あんたなら信じられるかい?
校門の前に停まったパールホワイトのY33シーマ。バブルの残り香を漂わせたそのセダンから、タイトスカートをなびかせて降りてくるのが、俺の担任だなんて。
「安倍君、転校初日からサボるつもり? 先生、今日はシーマでドライブに連れていってあげてもいいのよ?」
神戸りお、28歳。
無駄にセクシーな唇でそんな嘘を吐くが、彼女の瞳は一ミリも笑っちゃいない。
彼女のバッグには、出席簿の代わりに、俺たち三人の一挙手一投足を記録した報告書が入っている。
因みに俺かい?俺は安倍晴明
三代目安倍晴明の名を継がされている。
「……神戸先生。政府の『管理者』様が、三代目の落ちこぼれに何の用です」
「あら、つれないわね。代々、天皇家には伝えられているのよ。『安倍、芦屋、源――平安の三英傑が揃いし時、日ノ本に未曾有の危機が訪れる』ってね。あなたたちが一年前に生田神社で暴れたせいで、永田町のじいさんたちが震え上がってるわ」
彼女はシーマのボンネットに腰掛け、細い煙草に火をつけた。
その背後、校舎の地下深くにある旧陰陽寮の遺構が、彼女の言葉に呼応するように微かに鳴動した気がした。
「曽祖父さんが神戸に陰陽寮を移した理由、あなた、まだ半分も分かってないんでしょう?」
煙の向こうで、りお先生が妖しく微笑む。
やりたかないが、どうやら俺の平穏な高校生活は、このセクシーな管理者の手のひらで、すでにバラバラに解体されているらしい。
校舎へ向かって歩いていると、鋭く冷たい氣が飛んでくる。
朝練中の女バス部の中にこちらをじっと見ているひとりの部員。
見た目は黒木メイサさながらのクールビューティー、道満さんだ。
芦屋道満一年ぶりに見ても目を見張る美しさがある。
なぁ、あんたならどうする。
こんな可愛い幼馴染が自分を敵対視していたら。
俺? 俺なら徹底的に無視だ。
どちらかといえばこの無駄にセクシーな担任との間に何かしら起きて欲しいと願うばかりだ。
道満の冷たく鋭い針の様な氣を軽くあしらい、俺は校舎へ向かう。
願わくば、バスケ部の女子に俺もクールビューティーに見えれば幸いだ。
視界の端で、道満が持っていたボールを思い切りゴールに叩きつける音が聞こえた。
あー怖い。背中に突き刺さる視線だけで、学ランの背中が焦げそうだ。
校舎の昇降口。
そこで待ち構えていたのは、爽やかな汗を微塵も感じさせない、ピカピカの「正義の味方」――源博雅だった。
「晴明! 帰ってきたんや! 道満があんなに殺気立ってるってことは、校門で神戸先生に捕まった?」
博雅は苦笑いしながら、俺の肩を叩く。こいつの「氣」は、道満とは真逆で、陽だまりみたいに温かくてお節介だ。警察一家のサラブレッドだけあって、こいつもまた、俺を「平穏」から遠ざける側の人間。
「……博雅、朝から元気やな。悪いけど、俺はこれから保健室で二度寝する予定なんだ」
「そうはいかないんですよね、安倍先輩」
不意に、俺たちの間にタブレットを差し込んできたのは、一年生の土御門有世だ。
生意気そうなニヤけ面を浮かべ、画面には複雑なログデータが流れている。
「さっき道満先輩が放った『氣』、バッチリ採取させていただきました。それと、今朝の三宮の事件知ってますか? 最近流行りの『見たら死ぬ』という呪いの動画。それを実際に見た子が三人死んでます」
有世が画面をスワイプすると、そこには蜘蛛の巣に絡みつかれたような、奇妙な死体が映し出されていた。
「……やりたかないなぁ、本当に。初日からこれかよ」
俺はため息をつきながら、自分の影をチラリと見た。
そこには、十二天将の一人――太陰が、風を巻いて「早く暴れさせろ」と急かしているのが分かった。
太陰の風が、俺の学ランの裾を苛立たしげに揺らす。
こいつは十二天将の中でも自由奔放、退屈って言葉が一番の毒になるタイプだ。
「有世、その死体の写真は後で送っといて。博雅、とりあえず教室行くぞ。担任があの『シーマの君』なら、遅刻しただけで何をさせられるか分かったもんじゃない」
俺はため息を吐き捨て、重い足取りで昇降口を抜けた。博雅は「それもそうやな」と苦笑いしながら隣を歩く。
教室の扉を開けると、騒がしかった空気が一瞬で静まり返った。
一年前、ある事情で突然消えた「安倍家の三代目」の帰還。クラスメイトたちの好奇の視線が突き刺さるが、そんなものはどうでもいい。
教壇には、すでにりお先生が立っていた。
チョークを持つ指先が、わざとらしく俺を指し示す。
「はい、注目。今日からこのクラスに転入する安倍晴明君よ。一年間、京都で『修行』してたんですって。何か一言あるかしら?」
俺は教壇の横に立ち、クラスを見渡した。
一番後ろの窓際。そこには、まだ部活の熱が引いていないのか、少し上気した顔で俺を睨みつける道満がいた。黒木メイサ似のクールな面に、隠しきれない殺気が滲んでいる。
「……安倍晴明です。やりたかないことは、やらない主義です。よろしく」
必要最低限の挨拶を終え、俺はあてがわれた席へと向かう。
奇遇というか、運命の悪戯というか、俺の席は道満のすぐ隣だった。
「……どの面下げて帰ってきたんや、三代目」
すれ違いざま、道満が低く、冷たい声で囁いた。
「平安の三英傑」なんて呼ばれてるが、俺たちの仲はIWGP宜しく池袋のカラーギャング抗争並みに冷え切っている。
「……悪いな、隣失礼するわ」
俺が席に着くと同時に、道満が持っていたシャーペンがパキリと音を立てて折れた。
あーあ。俺の影の中で太陰がクスクス笑ってやがる。
「さて、挨拶も済んだことだし、授業を始めるわよ。高校の教育課程なんてクソ食らえだけど、給料分は働かないとね」
りお先生が黒板に文字を書き始める。
授業の内容は古典。だが、彼女がチョークを動かすたびに、黒板に薄らと霊的な幾何学模様が浮かんで見えるのは、俺の気のせいじゃないはずだ。
なぁ、あんたならどう思う?
貞子宜しく、昔流行った映画のように呪いの動画で人が死に、隣には殺気全開の幼馴染。そして教壇には天皇家の監視者。
……これで古典の助動詞を覚えろって方が無理だと思わないかい?
窓の外、神戸の空は不気味なほど青く澄み渡っていた。
授業が終わったら、生徒会長への挨拶に行かなければならないらしい。
キーンコーンカーンコーン。
各休み時間、クラスメートに囲まれることはなかった。主に囲まれていたのは、あの「正義の味方」の博雅の方だ。
神戸の街に響くチャイムは、授業の終わりを告げると同時に、俺の平穏の終わりを告げるゴングだった。
博雅が「行こうぜ、晴明」と声をかけてくる。隣では道満が、折れたシャーペンを無造作にカバンに放り込み、無言で立ち上がった。
三階、一番奥の廊下。
一般生徒が近づくのを本能的に避ける、あの「生徒会室」の重い扉の前に、俺たちは立っていた。
「安倍くん、一年ぶりやね。京都の空気は君の『傲慢さ』を少しは削ぎ落としてくれたんかな?」
扉を開ける前から、保憲の冷徹な声が響く。
あいつは銀縁メガネを指で押し上げ、巨大なディスプレイが並ぶデスクの前で、俺たちを待っていた。画面には、さっき有世が見せていた死体のデータが、より詳細な解析チャートとして表示されている。
「会長、挨拶に来ましたよ。……やりたかないけど、これも昔馴染みへの礼儀だって親父がうるさいもんで」
「泰臣さんは元気なん? 相変わらず探偵稼業に明け暮れて、家系の誇りをドブに捨ててるみたいやけど。……まあええ。君たちが揃った以上、この事件に首を突っ込んでもらうよ」
保憲の背後、窓の外には三宮のビル群が見える。
そのどこかに、あの動画を垂れ流した「何か」が潜んでいる。
なぁ、あんたならどう思う?
学校の生徒会長が、高校生に死人が出ている事件に首を突っ込めなんて事を平気で言ってくるこの状況。
……IWGPのキングだって、もう少しマシな頼み方をすると思わないかい?
保憲のデスクの上、タブレットが不気味な通知音を鳴らした。
新たな死体が、三宮のど真ん中で見つかった合図だ。
かなりIWGPに影響されてます。
カクヨムにも同じものを投稿してます。




