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やりたかないのに陰陽師  作者: 辻本 真悟
第四章 『学園(キャンパス)アンダー・デリート』
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第17話 電脳地獄な官僚ゴースト

ダクトの底に降り立った瞬間、俺の鼻を突いたのは、使い古されたサーバーが吐き出す熱気と、千年溜め込まれた「嫉妬」が混ざり合った、この世で最も吐き気のするノイズだった。

 池袋の西口公園にたむろする退屈なジャンキーどもの体臭より、よっぽどタチが悪い。


「……はぁ、やりたかないねー。有世、お前これバグの一つでも仕込めんの? パソコンカタカタやるのはお前の十八番やろ」


 俺は学ランの襟を正し、闇の奥を見据えた。

 平安時代の石造りの遺構を侵食するように、無数の光ファイバーが血管のようにのたうち回り、特級呪物から抽出された「怨念のパケット」が、耳障りな電子音と共に最深部へと運ばれている。この街の血管インフラは、とっくに蜘蛛の糸でがんじがらめだ。


「先輩、無茶言わんとってもらえます! これ、陰陽道でエンコードされた暗黒のOSですよ。私のタブレット、さっきから警告音が鳴り止まんのですから!」


 有世が震える手で、デコられた最新のタブレットを操作する。ポニーテールを揺らし、フリルのついたストラップを振り乱して画面をスワイプする姿は、どこからどう見てもイマドキのデジタル女子高生だが、その瞳には土御門の血が宿る鋭い光がある。


 前方の闇から「カチ、カチ」と、定規で測ったように正確な足音が響いてきた。


「――ようこそ、三代目。ここなら誰にも邪魔されずに、君たちの『清算』ができる」


 スピーカーから響くのは、感情を削ぎ落としたような藤原の声。

 それと同時に、暗闇から這い出してきたのは、半透明な電子回路の身体を持ち、官僚の制服を模した装束を纏った、おびただしい数の「亡霊」たちだった。


「……官僚の亡霊か。死んでもまだ、ハンコでも押しに来たのかよ。神戸の区役所の方がまだ愛想がいいぜ」


 俺が皮肉を飛ばすと、亡霊たちは一斉に、鉄の算盤と「却下」「差止」と刻印された不気味な印鑑を構えた。一切の無駄がない完璧な陣形。まさに電脳地獄な官僚ゴーストの行進だ。


「晴明、下がっとれ。一年前、あんたがウチに何も言わんと消えたあの日から、ウチの時計は止まったまんまや」


 道満が、俺の前に一歩踏み出した。ジャージの袖を捲り上げたその腕が、力強く熱を帯びている。


「あんたのその『やる気のない天才っぷり』をいつかボコボコにする。……その執念だけで、ウチがどれだけ死ぬ気で九字を切り続けてきたか。あんたの知らんあの一年、ウチが積み上げてきた努力の重さ、その身体に刻んで教えたるわ!」


 道満が空中に、凄まじい密度の九字ドーマンを刻む。血を吐くような修行、骨の軋むような祈祷。俺というライバルに追いつき、追い越すためだけに、一秒たりとも休まずに積み上げられた「芦屋道満」の意地が、今、黒い閃光となって弾けた。


 彼女の指先が閃いた瞬間、官僚ゴーストたちが放った「法的な呪いの文字列」が、一瞬で物理的に両断された。


「……はぁ。マンガどころか、チート級に強くなってんじゃねーよ。有世、しっかりバックアップしとけよ。コイツが後で読み返して悶絶するくらいの記録をな」


「言われなくても録画回してます! 努力の天才・道満先輩と、やる気ゼロの天才・晴明先輩の共闘なんて、歴史的なアーカイブなんですから!」


 有世が生意気に笑い、俺は五芒星のジッポを弾いて影の中から白虎を呼び寄せた。銀色の毛並みが、地下の湿った冷気を切り裂く。


 なぁ、あんたならどう思う?

 一年前、俺の背中を睨み続けていた幼馴染と、生意気なデジタル女子の後輩。俺の「やりたかない」を台無しにする、最高に熱くて頼もしいライバル共だ。


「……やりたかないけど、その特等席、譲ってやるよ」


 俺たちは、一千年の嫉妬をデリートするため、光ファイバーののたうち回る深淵の奥へと突っ込んだ。

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