第16話 地下への入り口、あるいは置き去りの背中
この話で第三章終わりです。
夜の学園は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。だが、その静寂の底には、地下のサーバー室から漏れ出しているような微かな電子ノイズが、特級呪物の腐臭となって低く這っている。
「……はぁ、やりたかないねー、ホンマに。久々に、あそこの掃除をしなきゃならないとはな」
俺はりお先生のシーマを降り、まだ「もりかす」姿で俺の腕にしがみついている道満を連れて、裏門のさらに先、誰も近づかない鬱蒼とした茂みへと向かった。
「晴明、どこ行くねん。事務棟はあっちやろ」
博雅が不安げに聞くが、俺は立ち止まらずに答えた。
「正面は藤原が仕掛けたトラップだらけだ。あいつは、この学校がそもそも何の上に建っているかを理解しすぎている。……行くぞ。ここには、曽祖父さんが大妖怪との死闘の末、陰陽寮ごと神戸に沈めた時に作った『非常用の排熱口』がある」
俺は茂みの奥にある、不自然に欠けた石碑に指をかけた。特定の順番で五芒星の氣を流し込むと、大地が低く唸りを上げ、地下へと続く暗い階段が口を開けた。
「……なぁ、晴明」
階段を下りる直前、道満が俺の腕を掴む力をさらに強めた。その大きな瞳が、冷たい月の光に揺れている。
「……あんた、中三の春休み。あの事件が終わった直後、ウチらに何も言わんと、煙みたいにふらっと消えたな。説明もなしに。ただ、置き去りにされたウチらの前に、あんたの背中だけが残ってた」
「…………」
「……ウチは、それが一番嫌やってん。あんたがまた何も言わんと、一人で勝手にケリをつけて、そのまま消えてまうんちゃうかって。だから……離れたら死ぬなんていうアホな呪い(しゅ)に、ウチは無意識にしがみついとったんやな。あんたが勝手に行かんように、繋ぎ止めておきたかったんや」
道満の声が震える。有世が解析した「精神的な何か」の正体。
こいつは、一年前のように俺がまた何も言わずに「不発弾」として消えてしまうのを止めるために、この不自由な姿を維持し続けていたんだ。
「……バカか、お前は。……隣に、おるやろ。……今は」
俺がぼそりと呟くと、道満は一瞬だけ呆気にとられた顔をしたが、やがてフッと、いつもの悪辣で不敵な笑みを浮かべた。
「……せやな。あんたが消えたあの一年、ウチがどれだけ死ぬ気で九字を切ってきたか、その身体に刻んで教えたるわ。あんたの隣に立つんは、ウチの特等席やからな。一人でカッコつけさせる暇なんて、一秒も与えへんで」
その瞬間、道満を包んでいた紫の煙が弾けた。
現れたのは、鋭い眼光を宿し、黒いジャージの袖を捲り上げた、クールな「芦屋道満」だ。
「……ふぅ、やっと戻ったわ。あんた、もうマンガやな。五条先生でも真っ青な化け物のくせに、甘酸っぱいこと言わせんといてよ」
道満が手首を鳴らし、バチンと九字を切る。その指先に宿る氣の密度は、一年前とは比較にならないほど鋭く、洗練されていた。
「……さて。邪魔な『デート』は終わりだ。精算の時間といこうか。まずは地下に溜まった『ノイズ』を、一文字残さずデリートしてやるよ」
俺は五芒星のジッポを弾き、地下から吹き上がってくる特級呪物の腐臭に向かって、最初の一歩を踏み出した。
なぁ、あんたならどう思う?
一年前、何も言わずに消えた俺と、その隣に戻るために血を吐くような修行を積み重ねてきた幼馴染。
「……やりたかないけど、最高の『ゴミ溜め』を見せてやるよ、藤原さん」
俺たちは、一千年の嫉妬が電脳の糸で編み上げられた、学園の地下へと一気に駆け下りた。
第4章の題名どうしようかな




