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やりたかないのに陰陽師  作者: 辻本 真悟
第三章 『学園の深淵、あるいは女帝の哄笑』
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第15話 会長の注文、あるいは灯台下暗しのサーバー室

「……で。その藤原ふじわらとやらは、今どこに隠れてるんだ?」


 俺は、カウンターに並んだ保憲やすのりに向かって聞いた。

 だが、返ってきたのは明快な答えではなく、スプーンが皿に当たるカチカチという音と、ストローが氷を鳴らす不快な音だけだった。


「……んぐ。……はふ、あむ。……もごもご、……あが、……っし」


 銀縁メガネを湯気で真っ白に曇らせた保憲は、母ちゃん特製の「ふわとろオムライス」を頬張り、口いっぱいにケチャップライスを詰め込んでいた。さらにその横には、不自然なほど鮮やかな緑色をしたクリームソーダ。


「保憲。お前、聞いてんのか?」


「……もご、……ばっ……あー、……っ……んぐんぐ。ぷはぁ!」


 ようやくクリームソーダで喉の奥にオムライスを流し込んだ保憲が、メガネを拭きもせずに口を開いた。


「安倍くん。……葉子さんのオムライスは、僕の計算チャートを狂わせる唯一のバグや。脳の糖分が足りていない状態で、国家機密を語れと言うのかい?」


「誰がメシ食えっつったよ。場所を聞いてんだよ、場所を」


「……だから、さっき言ったじゃないか。……もご、……っこうの、……さーばー……」


 再びオムライスを口に運んだせいで、肝心な部分が全く聞き取れない。

 こいつ、普段は「感情はノイズだ」なんて抜かしてるくせに、母ちゃんの料理の前では驚くほどマイペースで、そして恐ろしく意地汚い。


「あらあら、うふふ。保憲くん、お代わりも準備してあるから、ゆっくり召し上がれ?」


 母ちゃんがニコニコしながら、これでもかと大盛りのオムライスを追加でカウンターに置く。それを見た保憲は、一瞬だけ頬を緩め、再び無心でスプーンを動かし始めた。


「……博雅、お前分かるか?」

「いや、無理やろ。……でも、今の『っこうの』って、……もしかして『学校の』って言うたんちゃうか?」


 博雅が首を傾げながら推測する。その言葉に反応したのか、保憲がようやく空になった皿を置き、最後の一口のクリームソーダを吸い上げた。


「……その通り。灯台下暗し、とはよく言ったものだ。くだんの藤原は今、僕たちの学校の地下にある『中央サーバー室』を占拠している」


「……あそこか。大妖怪との死闘でボロボロになった京都の陰陽寮を、曽祖父さんが『封印ごと』運び込んで、その真上にふたとして学校を建てた場所だろ」


 俺がさらりと言うと、保憲のスプーンが止まった。銀縁メガネの奥の瞳が、驚きにわずかで見開かれる。


「……気づいていたのかい、安倍くん。あそこの最下層に、かつて二代目晴明が移設した『隠し陰陽寮』の本尊があることを」


「気づくも何も、ガキの頃に親父から『この学校のチャイムの音は、地下の結界を維持するための調律リズムや。狂ってたら直しに行け』って散々パシリにされてたからな。あそこには明治から続く、永田町のジジイ共でも手に負えない『特級呪物』が山ほどバックアップされとる。……藤原って野郎、そこにサーバーを直結させたんか」


 俺の言葉に、保憲は懐から取り出した真っ白なハンカチで、丁寧にメガネの曇りを拭い取った。その表情には、いつもの余裕がない。


「……その通りやわ。一時間前、僕自身があいつを排除しに地下へ降りた。だが、計算外エラーが起きたよ。藤原はすでに土蜘蛛の権能を自分自身にインストールしとった。僕の式神たちが、あいつのウイルスに侵食され、無機質なコードに書き換えられるまで、わずか三秒やったわ」


「……待て、保憲。お前、あいつに負けて逃げてきたんか?」


 博雅の直球な問いに、保憲は無機質な動作でメガネのブリッジを押し上げた。


「……『戦略的撤退』と言うてくれ。勝利確率がゼロになった瞬間に、合理的クールに次の一手を模索するために移動しただけや。……あの場所は今、蜘蛛の糸で編み上げられた電脳の地獄と化しとる。僕の演算能力では、あそこの『物理的な破壊』までは計算できんかったよ」


 逃げてきた、とは死んでも認めない。だが、あいつの銀縁メガネの端に、微かな亀裂が入っているのを俺は見逃さなかった。賀茂家の天才が、一度は本気で叩きのめされた証拠だ。


「あらあら、うふふ。保憲くん、そんなボロボロのメガネじゃ、次のオムライスが美味しく見えないわねぇ」


 母ちゃんが優雅に新しいお冷やを置き、保憲は「……お気遣い痛み入ります」と短く答えて席を立った。


 なぁ、あんたならどう思う?

 曽祖父さんが特級呪物を封じ込めるために建てた学園を、現代のハッカーがハッキングして、それを贺茂家の坊ちゃんが「計算通り」の顔して逃げ出してくる。

 

……やりたかないねー、本当に。自分の実家の『蓋』を、わざわざ開けに行かされる気分、あんたに分かるかい?


 俺は「もりかす姿」で俺の腕にしがみついたままの道満を引き連れ、再びあのクソだるい学園へ、今度は「本当のゴミ掃除」をしに行く決意をした。

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