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やりたかないのに陰陽師  作者: 辻本 真悟
第三章 『学園の深淵、あるいは女帝の哄笑』
14/30

第14話 女帝の茶飲み話、あるいは奈良の鹿よりしぶとい女

「あらあら、うふふ。お代わりはいかがかしら、麗子」


 母ちゃんが鼻歌まじりに、総理のカップに二杯目のコーヒーを注いだ。

 西園寺麗子は、泰臣を床に転がしたままの凄惨な光景を眺めながら、満足げに目を細めた。


「おおきに、葉子。……あんたは相変わらずやね。その加減の知らんエグい一撃、昔からちっとも変わってへんわ」


 総理の口から飛び出したのは、テレビの演説では決して見せない、コテコテの奈良弁だった。

 サミットでアメリカ大統領を相手に「あんたの国の経済制裁なんて、うちの国が本気でデジタル通貨の規格を書き換えたら、ただの紙屑になるで。喧嘩売る相手、間違えなや」と微笑みながら言い放ったという噂の女帝。そんな彼女が、今はただの「近所の幼馴染」のような顔をしている。


「……麗子。あんた、総理大臣なんていう『やりたかない』仕事の筆頭によく就いたな」


 床で痙攣していた親父が、ようやく這い上がってきて椅子に腰掛けた。


「泰臣、あんたにだけは言われたないわ。……忘れたん? うちがまだ西園寺家のただの不運な娘やった頃、奈良でデートしとったあんたらに『あんたに憑いてる生霊、鹿よりうるさいわ。シッシッ』って、欠伸あくびしながら追い払われた日のこと」


 総理は懐かしそうに目を細め、泰臣を指差した。


「あの時、あんたが面倒くさそうに鼻を鳴らしながら、その辺の割り箸で五芒星描いてくれへんかったら、うちは今頃、永田町あっちの椅子に座るどころか、この世にもおらんかった。……あんたのその、やる気があるんかないんか分からん適当な『しゅ』のおかげで、今の私が在るんやからね」


「……は、泰臣? お前、総理を呼び捨てか!?」

「それに葉子さんまで……。泰臣、お前ら一体、昔に何をやらかしたんや……」


 それまで呆気にとられていた雁助(道満の父)と、博臣(博雅の父)が、戦慄した表情で交互に顔を見合わせた。自分たちの悪友が、一国のトップの命の恩人であり、しかもそれを「デートのついで」の適当な仕事で済ませていたという事実に、冷や汗を流している。


「……さて。昔話に花咲かせるためにわざわざSP引き連れて来たんと違うよ。本題や」


 総理はテーブルに広げられたままの森谷商店のコロッケの袋を、指先で退けた。


「政府内に『蜘蛛』を放った飼い主がおる。……それも、うちの閣僚の誰かや。あいつら、土蜘蛛の呪詛をビッグデータで解析して、この国の龍脈を直接ハッキングできる『統治用OS』を作ろうとしとる」


「……統治用OSやと?」


 俺が思わず聞き返すと、総理は一国のリーダーとしての「冷徹な光」を宿し、俺たち三英傑を射抜いた。


「そう。今回の南京町の一件は、そのシステムの『集金能力』のテストやった。……次は、もっとエグいのが来る。晴明くん、博雅くん、道満ちゃん。あんたたちの『血』と『才能』を、そのOSの部品として丸ごと取り込むつもりや。……やりたかないなんて、言わせへんで。これはうちからの『注文』やなくて、あんたらの不真面目な先代に救われた、この国の女からの『精算おねがい』や」


 なぁ、あんたならどう思う?

 親父の適当な「ついで」に救われた令嬢が総理大臣になって、そのツケを息子である俺たちに、最高に重い形で回してくるこの状況。


……ふぅ。メビウス、もう一本吸わせろよ。……やりたかないけど、そのOS、バグまみれにしてゴミ箱に捨ててやるわ。


「……さて。そろそろ、賀茂家のお坊ちゃんも来る頃やね」


 総理が窓の外、北野の夜景に目を向けながらそう呟いた瞬間だった。

 フォックス・テイルのドアが、寸分の狂いもないリズムで二回、ノックされた。


「夜分に失礼します。西園寺総理」


 入ってきたのは、生徒会長・賀茂保憲だった。

 相変わらず一分の隙もない制服姿に、ディスプレイの光を冷たく反射する銀縁メガネ。あいつは店内のカオスな状況――鼻にティッシュを詰めた泰臣や、もりかす姿で俺にしがみつく道満――を一瞥いちべつすらすることなく、総理の前で短く一礼した。


「……保憲。お前、なんでここに」


 俺が毒づくと、保憲は無機質な動作でメガネのブリッジを押し上げた。


「安倍くん。君たちが南京町で派手に『挽き肉』を量産している裏で、僕の計算チャート通りに動いていた官僚たちの足取りを洗わせてもらっていた。……これは生徒会の仕事ではない。賀茂家の『観測者』としての義務だ」


 保憲は手に持っていた薄型の端末を起動させ、カウンターの上にホログラムのデータを展開した。そこには、永田町の中枢で働く一人の若い男のプロフィールが浮かび上がる。


「名前は藤原ふじわら。……いえ、それは表の姓です。位は低いですが、本質は平安から続く『陰陽師の末裔』。あの一族は、表舞台に立つ君たち三英傑の家系とは違い、千年の間、権力者の影で『呪詛の保守点検』だけを請け負ってきた実務者集団だ」


「……実務者やと?」


 博雅が首を傾げると、保憲の瞳が鋭く光った。


「そう。彼らは土蜘蛛を封印する術を知っているのではない。土蜘蛛をデジタル回路の中に『組み込む』術を持っていた。総理の仰る『統治用OS』の設計図を描いたのは、永田町に潜り込んでいたその男だ。……安倍くん。君たちが相手にしていた土蜘蛛は、ただの野良の怪異じゃない。一千年の嫉妬を、最新のコードでプログラミングされた『官僚的な呪い』だ」


 総理は満足げに頷き、飲み干したカップを置いた。


「そういうことや。永田町のジジイ共は、その男の才能に目をつけた。三英傑を使い捨ての電池にして、自分たちはその男が作ったOSで永遠の権力を手に入れる……。最高のシナリオやと思わん?」


 なぁ、あんたならどう思う?

 千年の歴史を持つ「裏の実務者」が、現代のITと手を組んで国をハッキングしようとしている。

 しかも、そいつを引き摺り出すために、俺たちはまた昔のようにこの銀縁メガネの計算機と組まされる羽目になったわけだ。


……んー、ほんまに嫌、マジで!保憲、お前の指示で動くのは、母ちゃんの『あらあら』の次におっかないんだよ。


 俺は空になったメビウスの箱を握りつぶした。

 神戸の夜は、これからもっと「悪辣あくらつ」なノイズに包まれるらしい。

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