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やりたかないのに陰陽師  作者: 辻本 真悟
第三章 『学園の深淵、あるいは女帝の哄笑』
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第13話 大人たちの残尿感、あるいは女帝の哄笑

「……ふぅ。一仕事終えた後のヤニは最高やな」


 フォックス・テイルのドアが開き、一人の男がフラリと入ってきた。

 俺に「後のことは大人に任せろ」と大見得を切って出かけた親父――安倍泰臣だ。永田町からの『バイト』、つまり南京町周辺の霊的バックアップと隠蔽工作を完璧に済ませてきたはずの男は、店内に充満する異様な緊張感に……全く気づかないふりをした。


「おっ、そこにおるタヌキ顔の美人さん。めっちゃ、俺の好みど真ん中やねんけど、今から二人でメリケンパークの夜景でも……」


 泰臣は、カウンターに座る現役総理・西園寺麗子を完全に無視し、俺の腕にしがみついている「もりかす姿」の道満に甘い声をかけた。


「……っ、泰臣ィ!!お前、俺の娘に何さらそうとしとんじゃボケェ!!」


 店内に道満の父ちゃん――芦屋 雁助の怒号が響き渡った。


「おい、やめろ雁助! 相変わらず沸点が低いな。泰臣、お前も総理の前で何しとんや。少しは立場を考えろ」


 呆れ顔で割って入ったのは、博雅の父ちゃん――源 博臣だ。

 この三人は、かつて神戸の闇を共に駆け抜けた腐れ縁の悪友同士。たまに顔を合わせればこれだ。泰臣が道満を口説き、雁助が食ってかかり、博臣がそれを力ずくで引き剥がす。感動も再会もへったくれもない、いつもの泥臭い小競り合いが始まった。


「あらあら……うふふ、うふふふふ……」


 その瞬間、店内の温度が絶対零度まで下がった。

 母ちゃん――葉子が、いつの間にやら泰臣の背後に立ち、優しく、本当に優しくその肩に手を置いた。


「パパ。お仕事帰りで疲れているのに、まだ女の子を口説く『元気』が残っているのねぇ。……うふふ、だったらその元気、ママが全部『吸い取って』あげましょうか?」


「あ、いや、葉子さん、これはその……術の完成度を確認しただけで……あ、ぎ、ぎゃあああああああ!!」


 店外まで響き渡る断末魔。

 伝説の九尾による「愛のお仕置き」で、泰臣が床と一体化してピクピクと痙攣し始める。

 その光景を見て、それまで優雅にコーヒーを飲んでいた西園寺総理が、ついに堪えきれずに椅子を叩いて爆笑した。


「――あっはははは! 最高! これよ、これが日本の『最強の防衛線』の正体ね! 永田町の退屈な会議より百倍面白いわ!」


 総理は涙を拭きながら笑い転げ、ひとしきり笑った後、不意に冷酷な「女帝」の瞳に戻って床の泰臣を見下ろした。


「……さて。ピエロの時間は終わりよ。泰臣さん、あなたが南京町の裏で何を『掃除』してきたか、私にはわかってるわ。……土蜘蛛の件、政府の内部に『蜘蛛を飼っている飼い主』がいる。そう睨んでいるんでしょう?」


 その一言で、店内の騒がしさが霧が晴れるように消えた。

 床に転がっていた泰臣が、腫れた顔を歪めながらも、鋭い眼光で総理を見返した。


「……あー、気づいてました。南京町の算盤野郎に、あんなあほみたいに高度な『官僚用』の術式を卸したバカが、永田町のど真ん中にいやがるんですよ。……そいつは、この神戸をただの実験場やと思っとるらしい」


 なぁ、あんたならどう思う?

 親父たちが名前で呼び合って取っ組み合いして、母ちゃんが死に体のお仕置きをして、その横で総理大臣が身内の裏切りを告発してる。

 

……やりたかないねー、本当に。コロッケの味がしなくなったわ。


 俺は冷めたコロッケの最後の一口を放り込んだ。

 土蜘蛛編は終わったんじゃない。ここからが、本当の『泥仕合』の始まりだったんだ。

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