第七話 誇りの奪還演説
ベハオプテンと別れた後、シェリルたちは夜を明かした。もう何もできるような時間ではなかったため、一先ずは休息を取ることにしたのだ。しかし、今夜の彼女たちは宿を取れていない。だから、野宿するほかないのだが………。
「そうだな、じゃあ、一つ種を蒔いておこう。ついでに寝る場所も確保できたら最高だが………いや、きっとうまくいくな。よし、吸血鬼の貴族の屋敷に乗り込むぞ。」
シェリルの提案にヴェアティは驚いた。いったいなぜそんな危険を犯すのか理解できなかった。吸血鬼の貴族は、ベハオプテンがそうであったように、多くの護衛をつけ、厳重なセキリュティを敷いていることがほぼ全てだからだ。第一、吸血鬼の館に侵入したとして、たった一夜の快適な睡眠のために、そこまでやる必要はない。確かに疲れは取れるかもしれないが、おそらく指名手配からの捕縛、公開処刑か、一生この近辺に居られなくなるかのどっちかだろう。あまりにもリスクが高すぎる。
「で、でも、それをやるのはリスクが高過ぎませんか………?私たちがやったってバレちゃったら、きっと公開処刑が待ってますよ……?ベハオプテンさんのせっかくの協力も水の泡になっちゃいますし………。」
不安がるヴェアティを尻目に、ゲバルトは切り出した。
「いや、ヴェアティ、その考えはまだ甘いかもしれない。いや、多分公開処刑が起こることを望んでいるんだ、シェリルは。公開処刑には、多くの人間が集められる。そのタイミングこそ、人の心に火をつける絶好のチャンスなんじゃないか?俺はあまりそう言うことをよく知らないし、やってきていないが、ちょっとシェリルの恐ろしさに気づいてきたよ。まさか、自分たちを囮に人々の関心を集める画期的な策を思いつくなんてな。」
しかし、いったいどうやって吸血鬼の護衛を切り抜け、公開処刑まで持っていくつもりだ、そこが疑問だ、と付け足した。確かに、問題はそこである。公開処刑の招集が目的とはいえ、それで実際に捕縛され、処刑されてしまったら意味がない。どうやってその問題を切り抜けるか、それがいちばんの問題点だった。しかしそのゲバルトの考えを、シェリルはちょっと惜しい、と言って、付け足しをした。
「そうだ、私の目標は公開処刑で人間を集めること。それも、吸血鬼たちに抑圧されている、従うしかない平民をな。でが、ヴェアティの言う通り、私たちの顔も容姿も割れ、情報が行き届いてしまっては意味がない。いや、どうせこの私は広く知られることになるのだが、今は隠しておいた方が好ましいだろう。とにかく、無計画に貴族を襲撃すればいい、と言う話ではない。そう、そこでだ。」
ゲバルトの前ににじりより、悪巧みをしているかのような不適な笑みを浮かべた。
「誤認させるんだ、誰がやったかを。何も、私たちは正義の使者ではない。誰かに罪を背負ってもらって、そしてそいつが処刑される時に、私たちが執行人を殺して、処刑会場を乗っ取る。そうすれば、一件落着だ。私たちは全くの無実で演説に入れる。良いアイデアだろう?」
もちろん、罪を被ってもらうのは情報を何も持っていない、最下層の奴らだ。高級な物品が欲しくて忍び込んだ、と言うなら、全くの疑いは持たれないだろう。何せ、私たちがこの街に来る時にも公開処刑を目にした街だ、頻繁に処刑は行われているはず。何度も何度も直立で、人間が殺されていく情景を見ることになる民衆は一体どういう気持ちだろう。とにかく、不満を多く抱えているのは間違いない。
「シェリル様、それは良いのですが、どうやって罪を着せるつもりです?貴族というからには、バカも少ないと思うんです。そんな簡単に騙せるようじゃ、多分そこまで成り上がれてないと思うんですけれど………。」
「そうか、かなり自信がついたな、ヴェアティ。そうやって意見を聞かせてくれるのは嬉しいよ、そうだ、確かに、あれだけの警備がいる場所で、監視の目を潜り抜けて、尚且つ偽装工作をしなければいけないなんて、とっても大変だ。私たち三人じゃ到底できようもない。だが、忘れてはいけない。私たちには、吸血鬼側の協力者がいるじゃないか。さあ、さっそく新しい駒も手に入ったことだし、遊ぼうじゃないか。」
もう一度、今度は子供のような───年相応か───笑顔で、そう言い切るのだった。
その夜、メーゲント家に、何者かが忍び込んだ。警吏は不在で、どうやら大人数での空き巣だったそうだ。タイミングは悪く、メーゲント家当主フェア氏はその夜、エーデラーゲン家ベハオプテン令嬢と晩酌を交わしていたそうだ。護衛も警備も全てフェア氏に同行したため、メーゲント家屋敷は誰もおらず。ブルベギーアド氏推奨の警備システムは備え付けてあったのだが、強引に取り外され、破壊されていたという。昨今の治安悪化の影響もある通り、万全なセキリュティとは何か、について専門家たちによる議論が行われている。
住居侵入犯罪専門家のディッキヒによると、これは比較的手慣れた人間の犯行によるものであり、十人以上の集団、特に裏団地の住人の可能性が非常に高い、とのことだ。
容疑者のうち五人は確保され、明日の朝処刑台に立たされるそうだ。これは、また大きな公開処刑となりそうである。
朝、シェリルたちは呑気に目を覚ました。まるで、自分たちは全く疑われる余地などないと言わんばかりに。もちろん宿はないので、貴族の屋敷から奪ってきた柔らかいマットレスは床に直置きだが。それでも、快眠だったので、この高級品は素晴らしいな、と思った。薄暗い路地に流れ込む涼しい風は、とっても心地よく感じた。
「さて、どうなっていることやら………。」
大きく伸びをしながらあくびをするゲバルト。彼女は作戦が成功したのかが気になって、さっそく街に出て行った。シェリルは全く動じず、いや、そもそも寝ていたのかすら怪しいが、暗い路地の奥で腕を組み、何かを待っていた。
一方ヴェアティはまだ夢の中にいる。喉を鳴らしつつ、時折変な寝言を口走っている。よほどこの布団が快適だったのだろう、絶対に出ないぞ、という意思がはっきりと読み取れた。わからんでもない。
広場では、シェリルの予想通り、公開処刑の準備が行われていた。人々は中央広場に集合させられ、今からあれが始まるのかと憂鬱な空気を作り出している。叩き起こされたヴェアティと、ソワソワ落ち着かないゲバルト、おそらく一睡もしなかったであろうシェリルは、ひっそりと処刑場の裏、ベハオプテンが待つ場所に行った。
「遅かったわね。………まだ寝ぼけているお嬢ちゃんがいますけど、大丈夫なんでしょうね?」
ベハオプテンはシェリルたちの姿を確認すると、手を少しだけ振って挨拶をしたが、寝ぼけ眼で足元もおぼつかないヴェアティを見ると、怪訝そうに眉を顰めた。
「しかし、よくもまああんな雑な作戦で………いや、逆に完璧に練られた作戦と言った方がいいのかしら?全ての監視呪法の視界範囲を把握して、寸分違わずダミーの映像を流し、一秒の誤差なく違和感のない映像を作り上げるって………もはや人間じゃないわね。それに、足音まで消してなぜあんなにもスムーズに侵入から脱走ができるの?本当に物を持ち帰ったのよね?」
昨夜のことを言っているのだろう。確かに、あれはコンマ数秒のミスすら許されない作業だったが、別にどうってことはない。ヴェアティとゲバルトは連れていかなかったから、足手纏いはいなかった。私一人でやった方が安全で確実だったからそうしたまで。だが、その作戦の内容を聞かされたヴェアティは不満そうかつ不安そうにし、ゲバルトはどちらかと言うと呆れと怒りがあった。
「本当だ、全て。でなければ、今この瞬間に処刑の準備が整えられているはずがないだろう。いや、今回の公開処刑は其方がやってくれていたのか、ならば、あのニュースとやらで知らされたことの方が証明になるか。とにかく、ここにいる吸血鬼たちの大半は、エーデラーゲン家の者たちなんだろう?ならば、よろしく頼むぞ。」
どこか楽しげな様子で、ベハオプテンは不敵な笑みで頷いた。まったく、自分の住んでいた街が壊されると言うのに、呑気なやつだ。いや、それが良いのかもしれんな、いつかきっと心の底から服従させてやろう。気に入った。
この瞬間を待ち侘びていた。私たち吸血鬼にとって最も面白いものの一つ。並べられた処刑台。今回の処刑対象は、メーゲント家に愚かにも侵入し、貴重品を奪って行った貧民街の対抗組織、WRTのメンバーだ。きっと楽しい処刑になるだろう、集められた人間は、きっとその光景を見て恐怖に駆られるだろうさ。いやあ、楽しみだ。エーデラーゲン家ではない吸血鬼たちは、ほぼ全てその思考だったと言っても過言ではない。だからこそ、いよいよ始まるぞ、と言う時に、壇上に現れたのが処刑対象を連れた執行人でなく、人間の少女であったことにざわめきが走った。
「何だあの人間は!」
「どう言うことだ?」
「引き摺り下ろせ!勘違いのドブ虫が!」
「エーデラーゲン家は何してる!」
怒号が吸血鬼たちの中で飛び交う。しかし、これはベハオプテン第二貴族の行う処刑だ、もし自分がその少女を殺しに行って、何か気分を害してしまったら、逆に殺されかねない、ベハオプテンはそういう奴なのだ。だから、言葉だけで動くものはなかった。
だが、それをわかっていない、まだ若い吸血鬼が怒りをあらわにしながら壇上に上がった。少女を睨みつけ、掴み掛かろうと手を伸ばす。しかし、その手は少女まで届かない。届く寸前に、何者かによって腕が切断されたのだ。人間はその何者か、というところが見えなかったようだが、高位の吸血鬼は見えたようだ。ベハオプテン令嬢の血の鉄糸が一瞬で腕を通過したことを。
痛みに耐えかねたその吸血鬼はもがき苦しみながらごろごろと転がり落ちていった。それを手助けしてやろうとでも思ったのか、壇上の少女はその知能が足りていない吸血鬼を蹴飛ばした。
しばらくして、ざわめきも無くなり、静かになった頃、その少女は話し出した。
「………一体どうして、そこまで無様な姿を見せられるの?まったく、惨めでしょうがない。何を考えて生きていたら、そこまで低脳になれるのか知りたいね。」
それが人間たちに向けられた言葉だと理解するのに時間がかかった。てっきり吸血鬼に行っているものかと思って、激怒するところだった。
「動かないのは正解になり得ない。吸血鬼たちに支配されて、はいどうぞって命を差し出すの、馬鹿みたいじゃないの?一回でも自分の頭で常識的に考えたなら、そんなふうに生きていくなんて、とっても耐えられたことじゃないと思うのだけれど。言い訳は無駄。吸血鬼が強いから動けない、逆らったら殺される。それは違う。あなた達が弱いだけ。肉体的にもだけど………精神的にも。」
群衆はどよめき、怒り、非難の言葉を浴びせる。しかし、それでも全く怯む様子のない少女に、私はほんの少しばかり感心した。どう人生を送ってきたら、こんな人間が生まれるのか知りたかった。少女は涼しげな顔で続ける。
「血を吸われるだけの人生なんて、他人に消費される人生なんて、そんなの最底辺でしょう?あなた達はそれぞれ人生がある。人間として生まれたからには、そのちっぽけな脳みそでも権利は主張できる。行動は起こせる。やってみせなさいよ。今変えなければいつ変えるの?横に居るでしょう?恨みの対象が。あなた達を虐げる悪魔が。最底辺なら、何をやっても下がることはない。さあ、お隣の人と意見交換でもしてるがいいわ。けど、今がチャンスということは考えておいてね。……」
そこで、演説は終わった。ふとこつり、私の頭に何かが当たった気がした。音のした方を向けば、怒りに顔が染まった人間が、私たち吸血鬼に向かって石を投げているではないか。まだ若い貧民街の人間だろうか、やはり、若いものが血気盛んなのは、どの種族でも変わらないようだ。怒り、というものはいとも簡単に未来を考えない行動の背中を押す。
怒りを与えられ、共通の敵を持つ集団というのは非常に厄介なものである。命の安全すら考えない特攻をかまして、何かしらの戦果を持ってくるのだから。
「ゲバルト、そろそろだろう?さあ、目的を果たしてこい。」
壇上から下がったシェリルは、台の陰で今か今かとタイミングを測っていたゲバルトにサインを出した。今こそ恨みを果たす時、そう思ってゲバルトはシェリルに笑みを向けた後、目的の場所へ走っていった。民衆は街に火を放ち、吸血鬼の私兵相手を蹂躙し、街の店を襲っていく。その混乱の中、狙いを定めていた場所に一直線に突き進む。
裏路地の火が回った場所、そこにあの男の拠点はあった。大慌てで逃げてきたであろう男は───ゲバルトを売った奴隷商人は───、自らを追ってきた人物の顔を見るなり、息が切れているにも関わらず、大きく後退りした。
「お、お前は!」
全身が疲れと恐怖でガタガタ震え、その男の口からは何も出てこない。そんな状況に陥った男を見て、ゲバルトは愉快な気持ちになった。確かに、このような状況の中で行う復讐は、やけに気持ちがよさそうだ。
「………そうだ、俺はお前が売った奴隷だ。久しぶりだな、ファイク。会いたかったよ。」
必死で逃げようと路地を走るも、そこが行き止まりと気付き、絶望する。ああ、そうだ、その顔が見たかったんだ。ゆっくりと歩み寄り、男の首に手をかける。なにも、窒息死させるわけじゃない。運びやすいから、この形を取っただけだ。
迂闊にも護身用の武器もなく、護衛もいなかった男は、一通りもがき苦しんだ後、罵詈雑言を並べたて、ゲバルトに食ってかかった。しかし、もうそんなくだらないことに時間をかける暇はない。もっと面白いことをしたいからだ。
火の海はこちらにやってきている。それを横目に見ながら、男の足、腕を一本ずつ折っていく。四本しかないから、たいした苦痛の時間にならないことが残念だが、それでも貧弱なこの男は泡を吹き出した。ざまあないな、非常に愉快だ。
身動き一つ取れなくなった男を、迫り来る炎の進行方向に放り投げる。男はそれでもまだ睨みつけるような目線を変えなかったが、だんだん暑くなってきて、自分の身にこれから何が起こるか察した途端、威勢の良さは消えた。
「や、やめろ!俺をここから逃げさせてくれ!頼む何でもする!いいから焼死だけは!絶対に嫌なんだ!お前の復讐もわかったし俺も生き方を悔い改めて、もう何でもする!だから助けてください………!」
低姿勢になる男の前にかがみ込み、もう一度言うように挑発する。それでも男は怒りをグッと押し留め、もう一度頼み込んだ。
「………なるほど、そうか、そうするのか。それはいい案だな。」
ゲバルトが納得したような雰囲気を見せたことで、男の顔がぱあっと明るくなる。
「だが駄目だ。お前はそこにいろ。」
ニヤリと笑う。全てが終わった、それを悟った男は涙目になり、なりふり構わずさらに好条件の取引を持ちかけた。もう、取引という時点で助かる見込みはないんだがな。
じわじわと近づく炎を前にして、男の顔はもうぐちゃぐちゃだ。汚らしいが、その表情が見れただけでも、お釣りが来るレベルの爽快感。何だかあっという間だったな、そう思っていた。だが、因縁の奴隷商人は、最後の悪あがきとして叫んだ。
「俺だけじゃねえ!お前がなぜ売られたか知ってるか!お前の村の奴らが、赤は忌子だって去ってもらおうとしてたぜ!格安で買ったのは俺だが、お前が村にいづらくなるようにしたのは村の奴らだ!全ての責任をお前になすりつけ、証拠をでっち上げたのは俺じゃない、村の奴らなんだ!さあ、ならお前の妹もどうなってるかわからんなぁ!地獄で待ってるってよろしく言っておいてくれ!できればお前も一緒に来いよ!」
半泣き半笑いといった様子で、半狂乱で叫ぶ。もう、この男は感情が駄目になっていた。笑うしかない、そんなふうに壊れた。ゲバルトはまだ笑い続ける男を尻目に、炎が覆い尽くし始めた路地を後にした。ただ、新しく宿った憎悪を胸に抱えて。
ルウィニーアートの中でも最大の屋敷、ブルベギーアド邸では、早くも人間による反乱が起こったという情報が届いていた。街の支配者、ブルベギーアドは血のワイン片手に窓の外を見つめながら、従者の報告を聞いている。
「………そうか、人間が反乱か………。」
神妙な面持ちで、焼かれていく遠くの街並みを見ている。ふと、その顔に笑みが溢れた。だがそれは一瞬のことで、すぐにしわがれた正気のない表情に戻った。
「まだ私は動かんとするよ。………ただ、革命を起こそうとした人間はいったいどんな奴なのか、一度見てみたいものだ。」
純粋な好奇心から出た言葉であり、嫌味は全く感じられなかった。ゆっくりと振り向き、従者に伝える。
「軍隊の派遣は承認しよう。ただ、その中で革命の主導者らしき人物を見つけたら捕らえてきてくれ。最悪会話さえできれば構わん。あの軍なら、人間などほぼ無抵抗のままに自由を奪えるだろう。それに………」
もう一つ付け加えようと思ったが、それはやめておいた。真に美しいものは語らずとも良いのだ。




