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第六話 吸血鬼の貴族

 夜になれば、この街は活気で満たされる。空を見上げれば、そこには大きな満月。これもまた旅商人から聞いた話なのだが、吸血鬼の生息する地域では満月の日が多いらしい。シェリルは、満月の日が多いところに吸血鬼が済むのではないか、順序が逆ではないかと訝しんだ。

 吸血鬼の時間になれば、それはそれは浮かれ騒ぐのは吸血鬼だけになる。人間たちは自らの家に閉じこもったり、血を吸血鬼に提供したり、貴族たちの娯楽のために命をなげうったりする。


 夜になると出店が出る。そこで売られているのは吸血鬼用の食品群。大抵は血液。人間のものだけでなく、見たこともないような名前の生物からとった血も、家畜からとられたであろう血も並んでいた。家畜から取れる血液は安価で、一応、人間の中でもわずかな者たちは、飲むこともあるらしい。確かに鉄分やタンパク質を取るのには便利だが、はたして美味しいのか。それに疑問は残る。そして、別に飲もうとも思わない。

 見たことのない怪物の血液らしきもの、とは言ったが、青色だったり黄色だったり、改造兵器の体液か何かか?と思わざるを得ない色のものだった。こういうのはヴェアティが詳しいだろうと質問をしてみたが、あまりよく知らないそうだ。だが、その血液たちの中で、人間の血液に近しいものがある、ということはわかった。


 吸血鬼たちが人間を娯楽にする、これはあまり珍しいことでもない。前の世界でも、無駄な金をだぶつかせている安全区住みのボンボンどもは、人と人の血生臭い決闘などを盃片手に眺めているものだ。さらに悪趣味なもので言えば、対処不可特別危険区域の怪物と人間の交配を愉快そうに眺めるD家の奴らだろうか。生体兵器の開発で金がバンバン入ってくるので、そのうち余分な金を娯楽に使っているのだ。

 吸血鬼たちも、あまり変わらないものであったが、どちらかといえば血の渇きを満たすだけでなく、血を見ることも快楽につながっているようで、流血沙汰になりやすいイベントを行なっているようだ。しかし、そのイベントに吸血鬼たち自身も参加することがあるらしい。普通、開催する側は見物するだけだと思うのだが、そうでもないらしい。相手が人間の場合、奴らは人間の生き血を独り占めできることに歓喜するらしいのだ。確かに、獲物が自分に自ら向かってくるというのだから、参加するのもわからなくはない。だが、打ち倒されるリスクもあるのだ、大抵の場合参加するのは、血気盛んな若いものたちで、長老と呼ばれる始祖のものたちは観戦に止めるか、そもそも見ないかだという。


 色々見て周りはしたが、どれもこれも吸血鬼のためのものが多かった。当然だろう、ここは吸血鬼の街なのだから。刺激的なものも多く、特に美術館───ブルベギーアド監修の───は、完成度の高い人間アートが数多く取り揃えてあり、そのどれもこれもは実に美しかった。一つ持って帰りたいところだが、目をつけられては敵わんので、まずは諦めることにした。どうせ、この街は支配下に入れるのだから、その時に所有権を確保すればいいと思った。

「どうだ、二人とも。なかなかに面白いものばかりだったな。いや、これほどまでに感動するのは一体いつぶりだろうか。夜というのは思考がハイになる時間帯でね、それも影響を受けているのかもしれんな。それにしても、あの骨の使い方、微細な血管の文様!あれを作ったのはどんな名匠なんだろうな!」

 暗い路地を歩きながら、シェリルだけがはしゃいでいる。年相応、といえばそうなのだが、そのはしゃぎの対象が余りにも非人道的である。一体どうしてこのような感性が芽生えてしまったのか。散々付き合わされた挙句、グロテスクなものばかり見させられ、心身ともに疲労しているヴェアティとゲバルト。彼女ら二人は、そろそろ眠気で意識が飛ぼうとしていた。

「……お前………今何時なんだよ………いい加減寝させてくれ………俺はもう寝たいんだ………。」

「わ、私はシェリル様について行きますからね!眠くなんてないんですから!」

 強く言い切ったヴェアティだったが、その後に大きな欠伸をしたので、説得力は無くなってしまった。


 そんな三人の元に、一人の吸血鬼が現れた。闇世に紛れてやってきたのだろう、シェリルは彼女に気づく様子を見せず、ヴェアティ、ゲバルトも実際に話しかけられるまで、そこに誰かがいるということすら気づかなかった。

「そこのお嬢さんたち、お話はいかがかしら?」

 高く澄んだ声が路地に反響した。シェリルは声を発した人物を両眼で捉えている。他二人は、突然現れた怪しげな人物に驚き、臨戦態勢をとっている。

「そうか、別に私は構わない。だが、名前も知らないまま会話などできようか?」

「そうね、確かにそれはそう。じゃあ、名乗らせていただくわ。私の名前はベハオプテン・エーデラーゲン、第二貴族の吸血鬼よ。じゃあ、あなたも名乗ってくださるかしら?」

「私の名前はシェリル・アロガント。便利屋をしている者だ。」

 ベハオプテンと名乗った令嬢は、敵対的な姿勢をとっているヴェアティ、ゲバルトに目線を向けると、手を振った。その行動に戸惑ったゲバルトが手を空中で彷徨わせ、どうしたらいいのかわからなくなったヴェアティは取り敢えずシェリルに抱きつきにいった。

 月明かりに照らされた彼女は、橙の短髪、細い瞳孔、整った顔立ちをしていて、上質な絹の装いだった。やはり、貴族なのは本当なのだろう。明らかに普通の吸血鬼ではない。気品が溢れている、と言い表せるオーラを滲み出させていた。

「そうそう、本題ね。私は面白い人間の噂を聞いてやってきたの。吸血鬼のお遊戯に混じったらしくて?たしかに、血生臭さに芸術を見出す人間も見てきはしたけど、まさか貴方のように若い少女が興味を示すどころか、それを満悦そうに眺めているなんて、とても驚きだったわ。」

「それは褒めているのか、貶しているのか、さっぱりわからないが、その本題とやらは何だ?今の貴様は自分が話したいことを話しただけだ、それでは相手との会話の題目にはならんぞ?それに、まだ話し足りないのだろう、口がちょっとばかし開いている。さあ、早く言え。私の従者が眠そうにしているんだ。」

 シェリルの言葉に少しムッときたようだが、すぐに表情を変えた。そして考えを読み取らせないような微笑みを浮かべたあと、どこかに目配せをした。シェリルは数歩下がり、いつの間にか抱きついてきていたヴェアティを体から引き剥がし、ゲバルトの背後に回った。一体何をしたいのか二人は分からず戸惑ったが、その後すぐに起きたことによって、考え事をしている暇はなくなるのだった。


 突然、ヴェアティとゲバルトの前に───先ほどまでシェリルが立っていた場所に───血の槍が突き刺さった。そして、その血の槍は変化をして、人型になった。しかし顔は"ふつう"、何も特徴のない、何も覚えられない、そんなカタチをしていた。

「実力もあるようね、いや、これだけではまだ分からないかしら。そうね、反射神経がいいだけかもしれないもの。行きなさい、操血偶(あやちぞう)。」

 その血で作られた人型の怪物は目の前に立つヴェアティとゲバルトに襲いかかった。それをシェリルは後方で見ている。手助けなど必要ないだろう?と言いたげな顔で、涼しげな表情を浮かべて立っている。

「なんだこいつら………殴っても全然効いた様子がねぇ!」

「そりゃあなたが剣士だからでしょ。剣も持っちゃいない剣士ってなんなんですか。…おっと!」

 ゲバルトは素手で応戦しているが、ヴェアティは持ち前の魔力で血液を分解して操血偶を崩壊させていく。ちょっとして完全に一体を消滅させると、ヴェアティはゲバルトを煽り出した。

「私の方が先に終わっちゃいましたよ。これで、一番の召使は私ですね!」

 誰が召使の中での一番が欲しいんだ、そもそも俺はシェリルの召使になった覚えはない、と思いつつも、負けているのはやはり嫌なので、怒りが湧いてきた。それはヴェアティにだけではなく、目の前のなかなか倒れてくれないしぶとい血の怪物に対しても向けられていた。

「ああッうっせぇぞ!この畜生!」

 ゲバルトの体に怒りの感情が満ちる。すると、全身が発火したような痛みと、体の奥底から湧き出る力を感じた。痛みに少し顔を歪めたが、これはチャンスだ、と本能的に察知し、振り上げた拳をそのまま操血偶に振り下ろした。すると、先ほどまで何のダメージも受けているそぶりを見せなかった操血偶が、体を形作っている血を弾け飛ばし、後方へ倒れた。

「やるじゃないか、ゲバルト。素手でそのよくわからん生物?なのか疑わしい存在を打ち倒すとは。しかし、その力をうまく操れていないようだな。もっと精進するがいい。」

 二人の少女が血の怪物と戦っている間、背後で何の焦りもなしにゆったりとしていたシェリルは、ことが片付いたのを見ると、二人を道の脇に寄せ、ベハオプテンへ歩いて行った。

「何の真似だったのか、教えて欲しいな。私を試すつもりだったのだろうが、そんな簡単な試験もどきに私が付き合うと思っておいでで?まあ、二人の力の片鱗は見れたから良かったものを、もし片方が怪我でもしていたら、どう責任をとっていたんだ、お貴族様。」

 シェリルの浮かべる薄い笑みからは、どんな感情も読み取れるものではなかったが、それでもベハオプテンは若干の悪寒を覚えた。むしろ、何も読み取れなかったから、背筋が冷えたのかもしれない。彼女は手をひらひら宙に遊ばせながら、シェリルに向き直った。

「私が生命保険屋とでも思っていらっしゃるのかしら?まあいいわ。だって、これは力試しであり、会話の糸口だもの。乱暴な話の導入で申し訳ないわね。でも、パフォーマンスとしては一級品ですことよ?血を操るのだって、何十年もの努力の成果ですもの。それで、貴方の部下の実力は十分にわかったから、これで安心して話せるわ。そして、貴方のその態度、行動から、貴方が本質は私と似通っているということがわかったのも、理由の一つかしらね。」

 ベハオプテンとシェリルはかすかな笑いをこぼしたが、ヴェアティとゲバルトの二人は、全く会話についていけなかった。目をぱちくりさせながら、それぞれ戦闘の後始末を行なっている。

「それで、効いて欲しいのだけれど───もちろん、そこのお二人も耳を傾けてちょうだいね。」

 服についた汚れを払ったり、付いた血を拭いたりしていたが、それはそうと話は聞いておこうかと思ったか、ベハオプテンの方を向いた。まだ、手は止めないが。

「この街の上位貴族たちはつまらないのよ。もちろん、この街を栄えさせていく、という方向性なら、間違っちゃいないのだけど、保守的、という言葉が相応しいかしらね、私にとって退屈な政治しかしない!そこで、貴方たちに協力してもらいたいの。見たところ、貴方たちはこの街をあまりよく思っていない。ならば、私と一緒に変えませんこと?貴方にとっても、面白い革命になると思いますわよ。」

 一人では難しいから協力しろ、ということだろう。確かにこの街の政治方針は───聞いたところによると───あまり土地も広げようとせず、経済も育てず、何か新しい取り組みをするでもない、保守的なものだという。だから、一部の貴族は暇を持て余し、夜の娯楽を求める、というわけだ。しかし、この女はその娯楽にすら退屈してしまったのか、はたまたもとよりあのようなものは好きではないのか。何にせよ、その誘いを断るわけがない。

「よしわかった。良いだろう、その誘いに乗ろう。だが、一つ条件がある。私はこの街が欲しいんだ。いや、この条件はもとより無いようなものか。街の自治体制を変えるのだから、リーダーは殺す。その後釜には、革命の中心人物となる私が相応しい。この街は私が貰う。いいな?」

「ええ、もちろん。構わないわよ。でも、それでつまらなかったら、その時は貴方も潰すわ。あと、こっちも条件をつけて良い?私ね、もっとチヤホヤされたいの。今の地味な暮らしなんて、もう飽き飽きだわ。だから、約束してちょうだい。私をもっと目立たせるって。いいわね?」

 両者とも、お互いに向かって右手を差し出した。そして、固い握手を交わした。契約成立、という意味だ。ヴェアティはシェリルの従者として、ゲバルトは協力者として、ベハオプテンをの方向を向き、軽く礼をした。


 夜の街に、月の光が降り注いでいた。それは表も裏も平等に照らしている。吸血鬼たちは月光を浴び、かすかな太陽の温かみを楽しみ、人間たちは月に吸血鬼を重ね、恐れ慄く。街の中心に建てられた最大の屋敷、街の統治者の要塞。これからの第一目標は、それを手中に収めることだった。

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