第五話 思ったより早く復讐対象を発見
シェリル、ヴェアティ、ゲバルトの三人は宿を出発し、次なる街へ向かっていた。その街とは、南部高原の最北端に位置する、吸血鬼の街。年がら年中夜に浮かれ騒いでいる街としても有名だ。そしてその街の支配者、ブルベギーアドは芸術を愛し、様々な芸術品を集めている。そのコレクションの中には、人を材料にしたものもあるとの噂だ。なかなかに、興味が湧いてくる。
「見えてきた。あれが吸血鬼たちの街、ルウィニーアート。噂通り、なかなか人気の多い場所のようだ。見ろ、ここからでもあの人間が並べられている刑場が見えるだろう。」
シェリルが指差した先には、確かに大理石で作られた刑場があった。そして、そこに設置された絞首台の周囲を取り囲むように人間が立ち並んでいた。執行人のような人物は遠目から見てもわかるほど青白い肌をしていて、あれが吸血鬼か、と予想した。
「公開処刑、と言ったところだろう。あんなふうに多くの人間が一度に処刑されるとなれば、それ相応に、町で暮らす人間も………いや、飼われている人間、と言ったほうが正しいかな?なんにせよ暮らしている人間は多そうだ。」
シェリルは小さな笑いをこぼしたが、ヴェアティもゲバルトもその言葉には乗ってこなかったので、少しばつが悪くなった。
ルウィニーアートに向かっていく三人。その途中で、大きな馬車を目にした。中からは、人の悲鳴が聞こえてくる。子供が多いようだ。
「………奴隷商人かよ、クソッ………。」
ゲバルトの表情が険しくなる。あの馬車の中にたくさんの人を詰め込み、しかも子供が多めとなると、まあ労働力としての確保が主だろう。長年使えるので、これは技術を必要とするものに割り当てられるのだろう。もしくは、体重の軽さを利用した高所作業か。
「いや、あそこが吸血鬼の街と考えると……………。」
腕を組み、顎に手を当て、考える人のようなポーズになる。
「若い人間の血を求める吸血鬼の餌かもしれないな。よかったな、奴隷じゃないぞ。」
ポンポンとゲバルトの肩を叩く。シェリルは笑顔だったが、ゲバルトは全く笑わなかった。ヴェアティはシェリルにドン引きした。
いよいよ三人は街に着く。街はとてつもないほど広く、高い塔が立ち、中心には城が構えている。ヒヤリとした風が首筋を伝った。
「………寒いです………おかしいですね、普通街ってあったかいものな気がしますけど………。」
キョロキョロとヴェアティは周囲を見渡す。たしかに街には火の気が全くなかった。誰か焚き火でもしているのが自然なのに、燃え残ったカスすらない。
「それはな、吸血鬼が火を嫌うからなんだ。昔っから人間は火を使って夜を生き延びてきた。夜ってのは恐ろしいもんだからな───。第一、吸血鬼は死体なんだ、普通はな。だから、火でよく燃える。この吸血鬼の街で火なんて使ったらそりゃあの処刑台に並べられることになるんじゃないか?俺も昔は火を使って吸血鬼狩りをしていたが………あああの奴隷商人め、もしかしてあいつ吸血鬼側だったか?クソッ───」
話していて途中で気分が悪くなったのか、唾を側溝に吐き捨てた。忌々しげにこの街の空を睨んだ。シェリルは何も思わなかった。いや、ちょっと考えたことはあった。この街でBBQしてみようかな、具材はもちろん吸血鬼たちで───と。頭のいかれた女である。
中央通りに差し掛かった頃、三人は何かを売りさばこうと声を張り上げる男の声を耳にした。一体なんだろうと───まあ察しはついていたが───覗いてみれば、十人ほどの奴隷が鎖を繋がれて、売り物にされているではないか。
「あの奴隷、ちょっと高すぎやしない?」
シェリルは並べられた奴隷の中から、一人の少女の奴隷を指差した。確かに、見た目もあまりいいとは言えないし、別に特徴的な箇所があるわけでもない。そもそも少女なんてどうやって使うのだ、力も将来性も無いではないか。それなのに、一ヶ月分ほどの食費で売られているのはおかしいのではないか。そうシェリルが疑問を持っているところを見て、ゲバルトが説明を入れた。
「ああ………あんな少女でも高く売れる理由か?気分のいい話じゃないが………、少女ってだけで箔がつくんだよ、特に金持ちのボンボンどもの道楽としてな。俺も前仲の良かった奴隷の一人が、ゴブリンみたいなデケェおっさんに買われていくとこを見たよ。そのおっさん、なんか怪物との配合うんちゃら言っていたから、そういう事をさせるんだろう。本当に、全く気分が悪い。」
舌打ちをして、不機嫌そうに眉を顰めた。しかし、ゲバルトが言ったことに対して何か意義があるのか、ヴェアティがシェリルに発言してもいいかと許可をもらいに行った。いろんな意見があるのはいいことだ、そういう心意気を忘れるなよ、と言ってシェリルは発言を許した。若干の笑みを隠しきれず、ニヤついたままヴェアティは言葉を発する。
「多分なんですけど、ここは吸血鬼の街だから、だと思うんです。吸血鬼は、ほら、若い女の血を啜るって言うじゃないですか。多分、そうだと思います。私も昔それで怖がってましたから。本当、あの姉たちのせいで夜トイレ一人で行けなかったんですよね、殺してやりましょう、そうしましょう。」
最後の方、ブツブツ一人で呟くヴェアティを尻目に、シェリルは奴隷を品定めしていた。あの男は体が細い、食事が不足している。あの女は傷が治っていない、乱暴な方法で奴隷にしたか。あの老人は歳だと言うのに達観した目線を持てていないのではないか、先ほどから暴言を商人に対して吐いては、蹴り付けられている。もう少し管理を徹底した方が売れると思うのだが………。あんな粗雑な扱いの奴隷では、使い捨ての鉄砲玉ぐらいにしかならないんだろうな、買わない方がマシだ。
そうしてしばらく眺めていると、一人の少年が買われていった。買ったのは背の高い痩せぎすの男。それなりにいい服装をしていたから、多分子供はキツい労働をさせられるのだろう。おそらくだが、あのような中途半端な金持ちは、非人道的な方法でしか金を稼ぐことができないのだ。哀れなやつ、買われた少年も、買った青年も。
そのようにシェリルが現実的な目線で奴隷売買を見ているのに対し、ゲバルトは不快感を隠そうともせず、およそ五秒おきに悪態をついていた。それのどれもこれもがおおよそここにお載せできないものだった。そこまでゲバルトの気分を逆撫でしたのは、奴隷売買に対する人々の目だった。普通、こういう裏の商売は、夜の時間帯、路地裏などでひっそりと行われるものだ。だが、今のこの状況を見よ。あんなにもお天道様は地上を見つめているというのに、まさに目の前でその裏商売は堂々と人目につくところで行われているではないか。しかも、それを全く異常だとも思っていないこの街の奴らに、ひどく憎悪が湧いた。
三人はさらに奥の広場へと歩いていった。より城に近づくほど、街から人間の気配は消えていく。いや、正確に言えば消えてはいないのだが、活気あるような人間はそこにいなかった。なるほど、吸血鬼の根城に近づくほど吸血鬼の世界が色濃く出るわけか、ならば、いい立地は吸血鬼どもに独占されているわけだ。これは、扇動の文句の一つの材料にできるかもしれない。
「………あ、あれ……。」
ヴェアティが広場に集まる血色の悪い者たち───察しはつくが、吸血鬼なんだろう───が取り囲んでいるものを指差した。そこには、荒い息を吐きながら衰弱していく人間の姿があった。
「生きたまま、血を吸われてますね。わざわざそうするのは、多分、そっちの方が美味しいからじゃないかな、と思います。だって、だいたいなんでも新鮮な方がいいですもんね。」
一体何を思い出したのか、ヴェアティは自らの唇を舐めた。当然、シェリルも一度、人間というのを口にしてみたことはある。それを食べたのは、シェリルが依頼で肉を卸している専門店で、予約が二年後まで埋まっているという超人気店でだった。特別に、いつもの仕入れのお礼だからと最高位シェフが腕を振るったフルコースを頂いてみたが、そこまで美味しいものでもなかった。正確に言うなら、好みに合わなかった。余計な脂肪が多かったり、逆に少なかったり、固いものも柔らかいものも混じっていて、確かにソースなど味付けは絶品だったが、安定感がない。それだけに、完成された環境で飼育されたものならば、美味いのだろうが、おそらくこっちの世界にはそのような文化が普及していないので、もう試すことができないのが残念だ。
「うっ、気色が悪い。いや、俺も一応、人間も生態系の一部だから、食われるってことは自然の摂理だと思っちゃいたが………あんな食われ方、ねえだろ………。」
「同意だな。生きたままなど調理の方法として相応しくない。やはり、血を飲むと言う目的ならそれ相応の味付けの後………」
「お前もそっち側だったのか!?」
「わ、私もそう思いますね………。やっぱり、血だけは淡白すぎると言いますか………。」
「お前まで!?」
ゲバルトが仲間だと思っていた二人にまさかの形で裏切られ、動揺しているところで、吸血鬼たちは血を吸い終わったカスをグシャリと潰し、地面に投げ捨てた。これぞこの世界のポイ捨て、だろう。マナーが悪い。しかし、人間は生物なので自然に分解されるのだろう。じゃあ、別に構わないか。
そしてまた、三人は歩き出す。今度は活気ある表の面ではなく、裏の面を求めて。この街ははっきりと貧民街らしきものがあるから、そういう面を見るのは簡単なことだった。広場、大通りと違い、薄暗い路地を歩いていくと、泣き崩れる男を目にすることになった。その男の前には、柄の悪そうな集団。そして、男から奪い取られたであろう子供二人。少年と少女、物心つく前の純粋な子供。先ほどから男はどうにかして交渉をしようとしているが、集団のうちの一人がきっぱり断った。借金を滞納しすぎだ、だからお前の子供は奴隷バザーか吸血鬼の食卓に並べる。と、その言葉を聞いて、男はさらに涙を流した。借金だなんて、この国の税金が高すぎるだけじゃないか、今の俺はまともな生活ができていないんだ、見ろこの有り様を、などと言ったが、その金貸しの集団はちょっとの情も見せず、去っていった。
また、この街の裏には研究施設がある。街に来る商人の話によると、まあそれはそれは怪しい実験ばかりしているとのこと。怪しい実験に関してなら、シェリルも負けていなかった。今持っている物品は、特殊な技術が使われた工房品が多かったからだ。人体改造技術も、もちろんそれに入る。
実験のために人が売買されている、との噂も聞いたが、前の世界は普通に暮らしてるだけで実験に巻き込まれるような物だったから、こっちの方がまだマシとさえ思った。それに、ここで研究されているのは食料問題に関してのものが多いようだから、人間を改造して生物兵器を作ったり、培養した怪物を人間と結合させたりするようなあっちとは違って非常に平和だ。もしこっちの世界でもそんな技術が使われているようなら、面倒なことになるところだった。しぶとい死を恐れない大群を相手にするのは、疲れるのだ。
この街には奴隷商人が多く集まる。いや、他の街にも多くいるのかもしれないが、奴隷など買ったこともなかったシェリルにとって、そんなことはさっぱりわからなかった。それは関係ないこととして、それだけ多く集まるのならば、様々な奴隷商人がいる。幼い子供専用の奴隷商人、魔族のみを販売する奴隷商人、完璧に調教を施した製品しか売らない奴隷商人など、実に様々だ。それならば、その奴隷商人たちの中に、ゲバルトを所有していた奴隷商人がいてもおかしくないだろう。
「………あ………。」
再び広場に戻り、柔らかな芝生のある公園のベンチで座っていたところ、ゲバルトが何かを見つけたようで、目を大きく開き、わなわなと震えていた。握る拳には力がこもり、怒りを体現したような状態になっていた。目線の先には、一人の小柄な男がベンチに腰掛けていた。横には太く、似合わない上質な皮のコートを羽織っていた。その男は手に持っている四角い何かに対して話しかけている。電話、のようなものだろうか。
「一体どうした、ゲバルト。まさか、貴様を売った奴隷商人を見つけたのか?」
シェリルは腕を組みくつろいでいた姿勢を解き、体を乗り出してゲバルトに詰め寄った。ゲバルトは言葉を発しなかったが、代わりに拳を膝に打ちつけた。それを見て、シェリルは握られた拳を手で制止し、訴えかけた。
「まだだ、ゲバルト。今はまだその時じゃない。」
「何故だ、俺の復讐が今この瞬間にも達成されそうだと言うのに、どうしてこの拳を収められると思うんだ!」
ゲバルトはシェリルを振り切り、走り出そうとした。しかし、シェリルが足を伸ばし、ゲバルトの足元を掬った。
「待て、と言っている。我慢もできないのか、貴様は。いいか、私は何も恐れから言っているわけでも、ただ怠惰だからやめろと言っているわけでもない。何よりも貴様のことを考えていっているのだ。今ここで貴様がその鬱憤を全て晴らしたとしても、満たされまい。何故なら、奴は絶望に染まらないまま死ぬから。きっとゲバルト、貴様の姿を見たとしたら、最大限の侮辱を言ってこの世を去るだろうさ。だが、それでは満足しないだろう?もっと、自分が受けた苦しみを全て返してから殺したいはずだ。なら、考え直せ。今やっても、わかるだろう?」
ゲバルトは何も言えず、ただ服についた土を払い、立ち上がった。そして、ひとこと、そうだな、と言って再びベンチに腰掛けた。そして、復讐に燃える心を一旦押さえて、大きなため息をついた。
夜になると、吸血鬼たちは街に繰り出す。人間はその時間を恐れ、自らの家に閉じこもり、無事を神に祈って夜を明かす。だから、日が沈み始めると、人間たちの気配はさっぱり無くなる。そして、街は完全に夜の宴に飲み込まれる。
「………そういえば、私たち、宿取ってなくないですか?え、まずいんじゃ………。」
その吸血鬼たちを避ける方法がないとわかると、ヴェアティは顔を青くした。逆に、ゲバルトは手頃な武器を探し始めた。血気盛んなのは良い事なのか悪い事なのか、今回は悪い方向に傾きそうだ。
「ヴェアティ、そんなに慌てるんじゃない。私たちなら必ず明日の朝まで五体満足で過ごせる。そう、私たちなら。そしてゲバルト、そのナイフをしまえ。まだ、戦いを起こす時じゃない。というか、それ果物ナイフじゃないか。」
そんな寸劇をしていると、周囲の気配が一変したことを感じ取った。先ほどまで話し声が響いていたのだが、しんと静まり返り、足音さえ無くなった。一体何が起きたんだ、そう思い、三人は辺りを見渡すために建物の上に登った。そして見た。この街にある一際大きな屋敷の中から、美しい女性が出てくるのを。鮮やかなオレンジの髪、陶器のように白い肌。そして、細長い瞳孔。吸血鬼、なのだろう。多くの執事、メイドらしき人物を引き連れて、街の中に溶け込んでいく。
「あれは、吸血鬼の貴族ですね。この街の噂で聞いたことはあったんですけど、どひゃー、まさか実際に見ることになるとは思いませんでしたよ。他の吸血鬼たちと違って、血を蓄えている量が段違いなんだそうです。」
「ヴェアティ、詳しい解説ありがとう。確かに、あの女は纏っているオーラが違う。」
シェリルは笑みを浮かべた。あの吸血鬼の女に興味が湧いたのだ。吸血鬼は前の世界にも居たが、もう絶滅したなどの噂で、実際に目にすることはできなかったのだ。だから、こうして───細かな違いはあるだろうが───実物を見て、とても興奮している。それはそれは、ひどく妖しい笑みだった。
屋根の上から、街を見下ろす。人の悲鳴が微かに耳に届く。奴隷売買はまだ広場で行われている。血をグラスに注ぎ飲む吸血鬼たち。
「ああ、やっぱり、目をつけたのは間違いじゃなかった!こう言う場所は、本当に好き。」
ヴェアティは眠い目を擦り、ゲバルトは大きな欠伸をしている。そんな中で、シェリルだけが興奮冷めやらぬ様子で、屋根の上を彷徨きまわっていた。
「この街を頂くとしよう、全ての足がかりとして。」
その笑い声は、夜の闇に消えていった。




