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第十八話 革命後の街

 私は暇を持て余していた。やることがない。いや、あると言えばあるのだが、それをやるにはまだ混乱が収まっていない。貴族議会は新参者の私を警戒している。その状態で大きく出るのは危険だ。ほとぼりが冷めてから、次へ移るのがいいだろう。よって、私はこの街を楽しんでいくことにした。せっかく手中に収めたのだ、存分に味わってやらねば損した気分になる。

 私はあの議会が終わってから数日もの間、ベハオプテンの屋敷に泊まらせてもらっていたから、少々同じ生活に飽きてきたところだ。貴族たちの娯楽は一切止まっておらず、むしろ、貧しい脳みその奴らが皆死んだおかげで、彼らは革命前よりいきいきとしている。まったく、誰のための革命だったのだろうか。

 ベハオプテンは保守的な政治を嫌っていたが、貴族たちの格式高い伝統娯楽は好むようで、連日出掛けている。ヴェアティもそれについていき、なんだかんだ楽しんでいるようだ。ゲバルトは二人に連れ回されているようで、昼寝が増えた。彼女は人間だから、吸血鬼であるベハオプテンや、魔族であるヴェアティのように夜の行動に慣れているというわけではなさそうだった。つい先日も私に愚痴をこぼしてきた。遊びに付き合わされるのはいいのだが、せめて昼間にしてくれ、と。私はアドバイスを返してやることができなかったが、聞いてもらえただけマシだったのか、そのまま寝た。ソファの上だったので、仕方なく私直々にベッドへ運んでやった。ベハオプテンの屋敷は広いから、そこまで横抱きで運んでやるのは骨が折れた。ベハオプテンとヴェアティのやつは、茶室で女子会を開いているようだったから、声をかけずにおいた。こんな些細なことで亀裂を生じさせたくはない。しかし、これで私の時間が奪われるのは、不本意なのだが。

 今日のベハオプテンは、どうも賭博場にいくらしい。貴族たちの嗜みみたいなもので、財産をかけてやるかなりスリリングなお遊びのようだ。私の元いた世界では、賭け事など愚人たちのやることで、私自身関わりたくないと思っていた。恨みを色々と作りそうな娯楽など、やる価値を見出せない。ただでさえ仕事で怨恨を買うのに、オフの日まで復讐の標的にされるのは敵わない。ただ、こっちの世界の賭け事は、貴族同士のカジュアルなゲームであるようなので、相手が突然顔を真っ赤にして掴みかかってくるようなことはないと思われる。そんな行為をした日には、そいつの名声はどん底に落ちるだろうから。

 ベハオプテンが屋敷を出る際、いつものドレスでなく、露出を抑えたオリーブグリーンのワンピースに着替えていた。賭け場というのは、私の認識と違い、とてもフォーマルな場のようだ。彼女はヴェアティにも黒のドレスを見繕い、着せていた。ふざけた格好で入店すると、比喩でなく、叩き出されるようだ。私の服装に問題はないか聞いてみると、「その格好なら……追い出されはしないでしょうね。追い出されは。」との言葉が返ってきた。彼女の言うに、私の格好である黒スーツは、男性が身につけるものであるらしく、好奇の目線で見られる可能性があるとのこと。

「先んじて言っておくけど、私は多くを好まない人なの。あとは──」

「ああ、理解した。そこまで長ったらしく話さなくてもいい。みなまで言うな。」

 ベハオプテンの煽りが発動しそうだったため、話を遮る。私たちが話している様子を、ヴェアティが首を傾げて見ていた。


 この街の夜は、革命前より静かだったが、それは閑散の静けさではなかった。落ち着いた、や、気品のある、と言った方が相応しいだろう静寂だった。市民たちが暴動を起こしたのは低級吸血鬼たちの住居までだったようで、貴族の居住地までは全く届いていなかった。もとから騒々しかったのは下民街のほうだったか、と今になって思い出す。まあ、あの時は貴族区画に入っていなかったから、比較などできなんだが。

 ベハオプテン、ヴェアティと並んで歩いているが、会話は弾まない。私含め、誰も話す必要性を感じていないんだろう。エーデラーゲン家の召使が先頭を歩いて、私たちを賭場まで案内している。その他の従者も五人ほど連れ歩いているが、誰も彼も顔が整っている。随分と面食いなのか、と私はベハオプテンを冷ややかな目で見つめた。

 そうして到着した賭博場は、派手さを演出せず、むしろクラシカルな落ち着いた雰囲気を漂わせていた。目に優しいぐらいの明るさで、色も少ない。巨大な看板はなく、ただ大きな宮殿らしきものが佇んでいるだけである。

 従者たちは私たちが到着した瞬間、ベハオプテンに一礼をして帰っていった。案内役は建物に入ることはせず、フロント係に何か告げると、すぐ帰った。私たちが入り口へ近づくと、フロント係が扉を開けた。

 中に入ったからと言って、私たちがすぐ賭け事に勤しめるわけではない。様々な手順を踏まねば、実際の鉄火場には入れないというわけだ。今更思ったが、この街はそれなりに文明レベルが高いようだ。私が最初見た時の印象と今の印象とでは、随分違う。現に、この建物には電気が通っている。そして、私たちはエレベーターに乗る。私の元いた世界よりは流石にレベルが下だが、予想外だった。

 赤いカーペットを辿っていった先には、ベハオプテンが選んだ賭け場がある。豪華な装飾の施された廊下の先、閉じられた扉の前に、二人の係員が立っていた。彼らはベハオプテンを見ると、深くお辞儀をして、華美すぎない装飾が施された扉を開いた。

「……あら。今日は随分と静かですわね。」

 その先の賭場には、あまり人がいなかった。テーブルが三つあり、そのうちの一つに三人ほど座っていて、ポーカーをしているだけだった。仕事がない残りのテーブルのディーラーは、台から抜けて喋りこくっている様子である。私たちが入ってきたことに気づいたディーラーの一人が、深く礼をして歩み寄ってきた。

「あまり活気付いていないのは仕方のないことでしょう。なにせ、これ以外にも娯楽はごまんとできてしまいましたから。もちろん、私にとっても喜ばしいことでして。感謝しております、ベハオプテン様。そして──」

 彼女は私の方に体を向け、もう一度礼をした。

「シェリル嬢。噂は予々耳にしております。」

「それはそれは。大変光栄です。」

 私も浅く礼を返した。ヴェアティも私の真似をして、小さく礼をした。ディーラーは頭を上げると、私たちを台へと案内した。先客の三名とベハオプテンとは見知った仲のようで、彼女が小さく会釈すると、その三人も手を振ったり会釈を返したりした。私たちが席に着くと、自己紹介が始まった。

「またご一緒できるなんて、喜ばしいことですわ。……あら、新しいお方。自己紹介いたします。わたくし、アネットと申します。」

 それから、残りの二人も続いた。左から順に、リュシー、アネット、ナタリー。ベハオプテンと同じ第二貴族なようだ。ひどく余裕そうな笑みを浮かべている。それはベハオプテンも同じだったが。金に全く困っていない超上流階級なため、勝負に負けたとして、損害など塩一粒にも満たないのだろう。

「みなさま、初めまして。私、シェリルと申します。本日は良い時間を過ごせること、嬉しく思います。」

 私も簡単な挨拶を済ませたあと、台へ向き直った。丸いテーブルを囲むように、私含む六人が座っている。ウェイターがワインを運んできた。

「血入りでもよろしかったかしら?」

「問題ありません。お気遣い感謝いたします。」

 アネットの質問に対し、私はなんてことないと返事した。私はこれを会話の糸口と判断し、続いて話題を振った。相手が用意してくれた会話の機会を見過ごすのは、失礼に当たる。これは当然だ。

「そもそも、それが無理だと言うなら、ここまで来れておりませんよ。むしろ、良い刺激です。……退屈なこの世界へのね。」

 私の言葉に、彼女らはクスッと笑った。

「その節はありがとう。おかげで随分と未来が楽しみになりましたの。」

 ナタリーのその言葉に、ベハオプテンは苦笑した。

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